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第四章 世の中ある程度はお金です This is not Agape but Love.

視点 カスティーナ


「15歳の令嬢とは思えないって言われても、こちとらとっくにババアだっつーの」

「お嬢様?」

「米寿超えた大往生の挙句、小娘扱いなど」

「……髪が結い終わりましたが」

「あ、ごめん、気がつかなった」

 髪を結われているというのに、私を見失う。そのぐらい、彼女の視界に入っていないことが誇らしい。それにしても、米寿、とは……。主人は自分の髪を見て、「うん、ありがとう」と少し笑う。それは、いつもの貼り付けられた笑顔とは違う、本当の笑顔だ。

「これなら動きやすい」

「ええ、またしばらく戻らないおつもりでしょう?」

「うん、レオンには会いたいけど……」

「でしたら2週間後ですね」

「んー……今度は何をあげたら喜ぶかなあ……」

「……本当に口説かれているのですね」

「あったりまえよー、あんな可愛い子と私よ?ひれ伏すのは私に決まっているわ」

 楽しげに笑うお嬢様は、きっと、3年後にはこの国の一角を担うことになるだろう。若き実業家として、裏の女王として。そのとき、その隣にどんな男が立とうが、後ろに立つのはこの私だ。

「ねえ、執事だったら何が欲しい?」

「私は欲しいものはすでに手に入れておりますので」

「なにそれー、クッション?」

「ああ、新しいものはこちらに」

「もうちぎらないわよ!」






第四章 世の中ある程度はお金です This is not Agape but Love.






「おかえり、お嬢」

「ただいま、ナイト」

 部屋に入ると、書類整理をしていたナイトがこちらを見た。その傷だらけの顔を見ると、ああ、家に帰って来たなあ、と思ってしまうのだから、私も大概、『お嬢様』としてはアウトなのかもしれない。まあ、なんであれ、私は、私だ。

「学園はどうだ?慣れたか?」

「慣れないー」

 ナイトが首をかしげる。

「どろぐちゃよー」

「泥遊びか?」

「ああ、それ。言い得て妙」

 学校は、一種の社交界だ。むしろ、社交界よりも露骨ではない分、ひどいのかもしれない。もう、早く公立のように魔力さえあれば誰でも入学できるようにしたい。そう、そして、魔力。今の学校では、魔法も使えるようになるとは思えない。おざなりな教育だ。あんなところに3年間も時間使わなきゃならないなんて、本当に若さの無駄遣いだ。

 私が椅子に座ろうとすると、ナイトが私の肩を掴んだ。

「なに?」

「姿勢が悪くなってる」

「え、本当?」

「……だれかに会ったのか?」

「今日?生徒会の仕事をして……んと、バーバリ様に会ったわね」

「クソ野郎か」

 ひどい呼称につい笑ってしまった。ナイトは片眉をあげて、私を探るように見る。

「なに?」

「傷ついたんだな」

「え、そんなことないよ?」

「楽な格好に着替えて、横になれ。マッサージしてやる」

「……うん、お願いしようかな」

 暗闇の中で拾った男の子は3年の間に、この国随一の指圧師になってしまった。はじめは、私の肩を揉む孫みたいなもんだったのに。しかし、スリの神様と言われるだけあって、とても器用な指先は、本当に、とんでもなく気持ちが良いのだ。

「うああああー」

「おっさんみたいな声だな」

「にゃあん」

「変な声出すな」

「どうしろっていうのよ、ああ、気持ちいい……」

「……ん、おつかれ」

 本当に良いものを拾った。

「ナイト」

「ん?」

「お店出す話、考えてくれた?」

「……ん」

「やっぱり、いや?」

「……俺、もう少しお嬢と一緒にいたい」

「……私と?」

「お嬢が結婚して、幸せになるのを見送りたい」

「結婚して、幸せ、……か……」

 この三年の間に、私はレオンと何度も食事をしたし、何度も踊った。何度も愛の言葉を渡したし、手紙も認めたし、手をつないだ。それでも、レオンの心はこちらにはない、と分かる。なぜなら、レオンは好感度がマックスになると、手を振りながら、駆け寄って来るようになるのだ。でも、今のレオンは、やっぱり少し照れて、困ったように、こちらを見る。

 好感度は、低くはない。でも、マックスじゃない。だから、3年の間に、一度も、キスをしてくれないのだ。そのせいで、キスなんかされたら心筋梗塞で死んでしまうかも、などと思ってしまうぐらい、私のときめきセンサーは繊細になってしまった。

 逆に、女社長としてのセンサーはこの3年間で完全に現役に戻ってしまった気がする。

「お嬢はそれまでは女の子だから、心配なんだ」

「私はひとりでも、立てるよ」

「それでもだ。俺はお嬢に恩を返したい」

「……わかった。ありがとうね、ナイト」

「それはこっちのセリフだ。ありがとう、お嬢」

「んん、だめよ、お礼を言うのは私。あなたが私に頭を下げて、その上で、ここの筆頭に立ってくれるから、なんとか、ここは回ってるの」

 ぐり、と背骨を押された。

「いててっ」

「俺からお礼を奪うなよ?」

「……はーい」

「お嬢はもっと、俺たちに愛されているって自覚してくれ」

「愛されてる?ふふ、それは可愛いわね」

「まったく、もう……はい、おわり」

「ありがとう、ナイト」

 起き上がり、渡された水を飲む。

「お嬢、最近、ちゃんと婚約者に会ってる?」

「……三ヶ月前ぐらい?」

「俺は、お嬢がここにいるのは嬉しいけど、お嬢は庶民じゃないんだ。ちゃんと、バランス取れよ」

「……正直、お嬢様なんて、着飾ってられないのよねぇ、うぇ」

「ババアみたいな声をだすな」

「私にそんなこと言うのはナイトぐらいよ」

「どうだか」

 私の口元を拭って、ナイトはくしゃり、と笑った。





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