第一章 悪役にも背景はある Adversity makes a lady wise.
よろしくおねがいします
「では、ここにバーバリ・ドールゴン皇太子とカスティーナ・ラスベル嬢の婚約を」
「え、私、レオンがいい」
こうして私の人生ハードモードは始まった。
第一章 悪役にも背景はある Adversity makes a lady wise.
「タイミングがとても悪い」
はっと全てを思い出した瞬間に、締結間際の婚約を破棄していた(締結してないのだから、破棄とは言わないのかもしれないけど……)。そこから、幸か不幸か、王様としてはどちらでもよかったらしく「そこまでカスティーナ嬢がレオンに好意を寄せていてくれていたとは!ではではそちらで!」と、バーバリ皇太子ではなくレオン王子との婚約が結ばれる超展開。いきなり巻き込まれたレオンは完全に『ふぁ!?』という顔だった。超可愛かった。……うん、やっぱり、幸いにして、だな!
天使を思い返しつつ、天蓋付きのベッドの上をごろごろと転がる。
「お嬢様?何をやっていらっしゃるのですか?そろそろお支度を」
「ちゃうん」
「ちゃうん?」
「……、なんだっけ、あんたは」
「あんたって……、お嬢様専属の執事でございます」
「なるほど。執事、聞きなさい」
「はい、何でも仰ってください」
「ここはゲームなの」
「はいー?」
私の名前は、カスティーナ・ラスベル。洗礼名は基本的に読まれることはないし、ラスベル以下の名前は、歴代の飲み込んできたお家の列挙だから、それも基本的に読まれることはない。正式な書類に書くときは全部書くのだけど、正直写さないと書けないぐらい長いので割愛する。
まあ、名前の頭に『カス』がつく時点で察しがつくだろうが、私の立ち位置は見事なカス悪役令嬢だ。何の立ち位置かというと、【恋の魔法と愛の言霊 魔法学校バージョン】という乙女ゲーム内での立ち位置だ。
この物語が始まるのは主人公が15歳のときで、カスティーナは17歳のとき。この国で唯一の魔法学校に、庶民の主人公(名前変更可能、デフォルト名は忘れた)が入学してくるときから始まる。主人公は様々なミニゲームをクリアしながら、様々なイケメンキャラとのルートを確立し、玉の輿に乗る、という、よくある乙女ゲームだ。
「魔法学校……旦那様が理事長をやられている、トリスタン高校でしょうか」
「そうそう、そんな名前だった」
「だったって……」
「名前なんか些細な問題でしょ?」
「さ、些細な……あの高校だとして、そこで、玉の輿にのる、と言われましても」
「いいじゃん!玉の輿!」
「お嬢様は乗るまでもなくこの国随一のお家柄ですよ?正直、王族よりも立場は上でございますし」
「カスティーナは最終的に死刑か国外追放です!」
「はいー?」
そう、カスティーナは悪役令嬢。バーバリ皇太子の婚約者であり、通称、氷姫。
「氷姫……お嬢様であれば、そのような印象を持たれても不思議はないですが、それにしてもなんという不敬を」
「髪の色が悪いのよね」
「いや、それはあまり関係は……。というよりも、お嬢様、お熱があるのではないでしょうか?」
「この銀髪が暗いのよ、というか目の色も暗くない?!そう思わない?!」
「お、お嬢様、ちょっと距離がっ」
「なんなの、この錆びた鉄みたいな色は!」
「鉄は錆びたら赤くなりますよ。お嬢様の瞳は闇夜に輝く星のように美しいです」
「闇夜では大概のものが輝くでしょ!昼間に輝かないと意味ないの!」
「え、ええ……?」
ペイっと執事のタイから手を離し、ベッドに戻る。
「はあ、金髪ならなあ……レオンとお揃いだしなあ……」
腰まで伸びた銀のストレートヘアー、冷え冷えとした鉛色の瞳、顔のパーツひとつひとつの主張もきつく、「跪け」という台詞がやたらと似合うのが、カスティーナだ。学園を牛耳っている裏ボスみたいな存在で、どのルートでも最終的には追放されるか死ぬ運命にある。
「何故、お嬢様が追放されなきゃならないのです?」
「悪役令嬢だからよ!」
「悪役?」
「牛耳ってるからよ!いけすけないでしょ!」
「ですからお嬢様のお家柄でしたら、必然的にどの場所に行っても、上に立つしかないでしょう?そもそも理事長は旦那様ですし」
「知らないわよ!そんな細かい設定!悪役に背景なんてないの!そもそも、私、レオンルートしかやってないし!」
「……レオンルートって……まさか……」
「レオン・ドールゴン王子よ!」
「殿下まで玉の輿候補に入っているんですか?!」
「当たり前でしょ!王道よ!庶民と王の結婚!シンデレラストーリー!」
「国の一大危機なのですが、それは!」
「むしろレオンは落としやすさで定評があるわよ!顔がもう落としやすいじゃない!」
「はいー!?」
レオン・ドールゴン。金のライオンヘアーに青の瞳。実にベタな外見をしていて、パッケージの中心に描かれている。つまり、とりあえずこいつから落としておけというキャラである。正直、三回食事をして、一回踊ればルート確定するキャラである。
「王子と三回も食事できる立場の人間など……」
「みんな高校生なんだから立場は一緒なの!」
「そんな馬鹿げたことはあり得ませんよ……お嬢様、やはり熱が」
「聞きなさい、執事!」
「はい、何でも仰ってください!」
「私はレオンが好きなのよ!」
「はいー?」
「特に顔!!」
「顔?!さっき落としやすい等と仰ってませんでしたっけ?!」
「そこが好きなの!」
私はベタな美形が好きなのだ。
その点、レオンは最高にベタだ。余計なものがない。目もきりっとしているし、鼻もしゅっとしているし、口元もにっこりだ。最高だ。変に暗かったり、垂れてたり、にやにやしたりしていない。横顔なんて最高に綺麗なのだ。そのライオンのような髪がさらさらと髪になびくスチルは私の待受画像だった。
「そうよ!だから、追放も死もごめんだわ!レオンと平和に年をとりたいの!」
「そ、それは婚約が結ばれた以上、国民全員の願いですが……」
「っていうかイチャイチャしたいの!」
「お嬢様やはりお熱があるのではないでしょうか!?」
「ところで私今何歳だったけ?」
見上げると、執事は呆れ果てたような、困り果てたような、とにかく疲れ果てた顔をしていた。
「……お嬢様は本日12歳のお誕生日を迎えられました。……ですから、本来であれば、皇太子殿下との婚約が結ばれ、旦那様と奥様との食事の予定だったのですが……」
「ご飯!え、誕生日なの!?ケーキ出るかな!」
「お嬢様……ご両親のお目通し叶うのは、去年のお誕生日以来でしょう?ずっと、楽しみにしていらしたじゃないですか?」
その言葉を聞いた途端、胸に、何かが広がった。
それは、感情というよりは、穴だ。ぽっかりと、何か、失った、穴。その痛みが蘇る。
「お嬢様?」
「……そうね……」
「……体調が悪いのでしたら……」
「いいえ、問題ありません」
自分の口から出た言葉は、私なら言わない言葉だ。しかし、この口にはよく馴染んでいた。その、記憶が脳を埋める。
「食事のために、呼びに来てくれたのですね」
「ええ……支度をしなくてはいけないでしょう?」
「そうですね」
手を伸ばすと、執事が恭しく私の手を取って、ベッドから起こしてくれた。
「はあ、めんどくさーい」
「お嬢様?!」