Perfect hacker
ヒトミは朝から画面に向かってキーボードを打っていた。
「いつ終わりますか?」
「もうちょっと、だからちょっと待って」
ハヤテがうんざりした顔をすると、タケルが近づいてきた。
「ヒトミさんって…、凄腕のハッカーでもあったよな?」
「あぁ…、僕は、ヒトミさんの技術を手に入れる為に助手になったんだ。元は弟子入りするつもりだったけど、ヒトミさんは弟子はとらないって言ってたからね」
現地に赴き、反乱軍と実際に戦う事以外に、Cybersurvivorの役割がある。それは、反乱軍のハッカーなどから、国家機密のデータを守る事だ。それは、技術や知識が豊富なヒトミの仕事だった。ハヤテは、そんなヒトミを憧れと羨望の対象にしていた。
ハヤテとヒトミは、GoldenParadigm社付属の大学で出会った。大学では、ヒトミはコネで入学したとか、頭が悪い為その教育で来た、という悪い噂が立ったが、ヒトミは、自らの才能と努力で、科学者、サイバー技師、アンドロイド技師、ハッカーといったスキルを次々に手に入れていった。それを見て人々は驚いた。そして、自分達が悪口を言った事を後悔し、慌てたのか、ヒトミの周囲から人は居なくなった。
だが、ヒトミに一人だけ近づいたものが居た。それは、後輩であるハヤテだ。ハヤテは実力は持っていたが、光る才能は無く、それを求めて必死に勉強していた。その中でハヤテは、ヒトミに憧れを抱き、弟子入りしてもらおうと思った。だが、断られたのだ。
「どうしてですか?!」
「私はね、弟子は取らない主義なの」
「そんな…」
ハヤテは、カズヒコ教授から貰ったタブレットを持って、がっかりした。
ハヤテの家は、Centralcityから離れた工業地帯に位置し、親子三人貧相な暮らしをしていた。その為、ハヤテは両親を少しでも楽にしたいと考え、自力で勉強して、ここまで来たのだ。サイバー技術や、機械技術を学ぶ中、それを実践したいと思い、ヒトミの元にやって来た。ハヤテは、事情をこと細かく説明したはずだったが、断られるとは思ってなかったのだ。
「それは…仕方ないですが…」
「なんでカズヒコ教授じゃなくて私に頼むの?」
「それは…、ヒトミさんに憧れてるからです…はい…」
ハヤテは自信を無くし、ヒトミから目を逸した。
「そうなの…」
ヒトミはハヤテを見て、腕を組んだ。
「じゃあ…、私の研究室に来ない?」
「えっ?」
ハヤテは戸惑い、目を点にした。
「私に憧れてるんでしょ?」
「はい…」
ハヤテは俯きながらも頷いた。
「見に行ってもいいわよ、私に付いて来て」
「え、えぇ…」
ハヤテは、ヒトミにピタリと付いて行き、ヒトミの研究室に向かった。
ヒトミの研究室は、最新鋭の設備が整っており、天井は真っ白だった。だが、床や机は散らかっており、食べ散らかしたゴミらしきものも落ちていた。
「うわぁ…、ごちゃごちゃじゃないですか…」
ハヤテは、それを拾い上げると、ゴミ箱に捨て、雑巾で綺麗に拭いた。ハヤテは、家の中でずっと働いていた為、掃除には慣れていた。貧相な暮らしだったが、家の中はハヤテの常に綺麗に整っていた。
「綺麗にしないと、精密機械は作れませんよ?」
「誰も綺麗にしないと汚れるのよね…」
「だからと言って…」
ハヤテはロボットも何も頼らずに、部屋を舐めたように綺麗に片付け、自分が造ったヘッドホンを机に置いた。
「僕は、もっと自分の技術を磨きたいんです。さっきの片付けは、何も学ぶ環境のない中で、少しでも何か自分の腕を上げたいと思って、頑張った事なんです。」
「ハヤテは、自分を磨く為に勉強してるのね」
「はい!」
ヒトミは、ハヤテが片付けた部屋を見て、こう言った。
「じゃあ…、私の助手になれば?ハヤテの片付け気にいったし、側で色々手伝いすれば、勉強になるんじゃないの?」
「いいんですか?!」
ハヤテはヒトミの両手を、自分の両手で握った。
「是非、今後とも、よろしくお願いします!」
ハヤテは恭しくお辞儀をすると、ヒトミの横にぴったりとついて来た。
それから、二人は大学でも、研究室でもずっと側に居た。大学を卒業して、ヒトミがCybersurvivorの司令官代理として来た時も、ハヤテは同じようにCybersurvivorの一員となった。
ヒトミには仲の良い話し相手は居なかった。ハヤテの存在は、ヒトミにとっても大事なものになり、ただの助手とは思えない程に親しくなっていったのだ。
昼休みも、午後からもずっとコンピューターに齧り付いてたヒトミは、日が沈む頃、ようやくキーボードから手を離した。
「凄いですね、こんなに作業をしてて…」
「これは、私達にとって重要な事だから…」
そう言ったヒトミは、何処か悲しそうだった。
「僕には絶対真似出来ませんよ…、やっぱり、ヒトミさんは天才です」
目を輝かせてそう言うハヤテだったが、ヒトミはそれを見て首を振った。
「私は、全然凄くないわ」
「ヒトミさん、意外にも謙虚なんですね」
ヒトミは、小型のカプセルを取り出して、ハヤテに見せた。
「これは?」
カプセルの中にあったのは、二人の子供が写った写真だった。背の高い男の子と小さな女の子、そのうち女の子の方はヒトミにとてもよく似ていた。
「私がどんなに頑張っても、勝てない相手が一人だけ居る」
「えっ…?」
ヒトミはカプセルを強く握り締めた。
「それは…、兄さんよ」
ハヤテは、ヒトミに兄が居る事を今初めて知った。いや、男兄弟が居る事はカズヒコ教授から聞いていたが、ハヤテはてっきり弟だとばかり思っていたのだ。
「ヒトミさん、お兄さんが居たのですね…。僕はてっきりヒトミさんは姉とばかり思ってました…」
「まぁ、ハヤテには姉のように接してるからね」
ヒトミは、ずっと側に居るハヤテにも、自分の家族の事を話していなかった。
「カズヒコ教授から聞いたでしょ?卒業してから行方不明になった生徒が一人居るって、それが兄さんなのよ」
「そうだったのですか…」
ハヤテは、ヒトミの兄らしき男の子の写真を見た。
「でも…、ヒトミさんが憧れてるお兄さんだったら…、いつか、お会いしたいです!」
ハヤテはそう言ってヒトミを見た。
「そうね…、いつか会えるわ」
そう言ったヒトミの顔は、何処か寂しそうだった。