Cyber world
翌日、アイナは早速地図データに示された場所に行った。そこは、センボウの家がある場所とは異なり、活気があり、大勢の人々が暮らしていた。
この世界の中心地、最先端技術で構成された人とアンドロイドが共生する地区、通称Central city、ここでは日々様々な実験が行われている。その中心地には、世界中のネットワークやアンドロイド技術のトップシェアを誇る巨大企業、GoldenParadigm社がある。アイナが今日からお世話になるCybersurvivorはここの平和を守る特殊部隊だった。
アイナがCybersurvivorの事務所の中に入ると、隊員らしき少年が顔を出した。
「新入りか?」
その少年は、黄緑の襟が着いたシャツに赤色のスカーフを巻き、オレンジの半袖ジャケットを着て、左腕にはパネルが付いた青色の端末を着けていた。
「今日からお世話になるアイナです、よろしくお願いします」
アイナは深々とお辞儀をすると、少年のデータを読み込んだ。
「SU-12-Tk3…、タケルさんですね、よろしくお願いします」
タケルは、スティック型のヘッドホンを耳に当てると、アイナにこう言った。
「これでも俺は古株なんだ、ここの事を案内してやるよ」
タケルは、扉のセキュリティーコードを打ち込むと、実験棟の中に入った。
「ここはCybersurvivorが誇る実験棟さ、迎撃用のドローンやアンドロイドの研究とかをしている」
「私が知ってる研究室とは違うな…」
実験台には、耳掛け式の水色のイヤホンを着け、金髪を三つ編みにした女性が白衣を着て、熱心に研究をしていた。
「ミーシャ、説明してくれ」
ミーシャ、と呼ばれた女性は、アイナに気づくと空色の目を輝かせてグイッと前に近づいた。
「あなたが新入りのアンドロイドちゃん?!いやぁ…可愛いね!ちょっと見せて!」
ミーシャは眼鏡の横の機械を触り、アイナの胸元を見た。
「ミーシャの眼鏡には非破壊検査の機能が付いてるんだ」
「いや…、なんでこんな所見るんですか…」
ミーシャは、アイナと比べて身体の女性的特徴、特に胸の部分が大きく現れていた。それに驚き戸惑ったアイナは、後ずさりしたが、ミーシャはそれに構わず近づいてくる。
「な、なんでですが…、NM-16-Ms9…、ミーシャさん…」
「君の事、見させてよ!大学でもここでも見た事がない、凄いアンドロイドなんだよ!」
ミーシャは大学から出たばかりの若手の研究者だった。大学は今や何かを学ぶ為ではなく、高度な研究機関という役割が大きい。
何故かというと、この世界、特にCentral cityでは、人間は生まれた時に、アンドロイドは製造時に、脳内に個体識別用の極小チップを入れられ、そこからネットワークやビッグデータにアクセスする事が出来るからだ。利便性や人口減少の為、何かを学ぶ学校というものは無くなり、必要に応じて家庭教師を雇ったり、専門家に学びに行くというふうになった。
「いや…、CX-25-Ai10…、アイナちゃん…。ふんふん、なるほどねぇ…、機材とかは古くて、手作業で造ったような跡があるけど…、最新技術、それもGolden Paradigm社でも数台しか使われてないものが使われてる…」
「えっ…?」
「ねぇ、そういえばアイナちゃんには開発者コードが無いけど…、誰に造られたの?その人凄い技術力の持ち主だね!是非とも教えてほしいな!」
ミーシャはアイナに抱き着き、身動きが取れないようにした。
「えっ…、ええっ……、えっと…、私、あるアマチュア技師に造られたんです…」
アイナは圧を掛けてくるミーシャに戸惑ったが、センボウどの約束を守り、何とか誤魔化そうとした。
「そうなんだ…」
ミーシャがアイナを離して頷いていると、実験室の扉が開いて、少女が現れた。朽葉色の髪の毛を二つくくりにし、黄緑色の襟のシャツに、濃いピンク色のリボンをビーズで留め、大きい胸をピンクのコルセットで更に強調していた。また、耳には金色のヘッドホンをしている。
「RQ-17-Am8、アマネよ、あんたが新入りのポンコツアンドロイドね」
アマネはアイナと出会って早速見下した態度をとってきた。
「えっ…?」
「まっ、あんたを造ったアマチュア技師がどんな奴か全く知らないけど…、私はGolden Paradigm製のエリート様だからね、あんたとは比べるまでもないのよ」
アイナは、アマネに何も言い返せなかった。
「アマネ、口が過ぎるぞ」
「私は本当の事を言っただけだもん」
アマネは口を尖らせ、タケルに背を向けた。
「同じアンドロイドのはずなのに、二人は正反対だな…、せっかくアンドロイドの仲間が出来たと思ったのにな」
「アンドロイドだからって、こいつと一緒にしないでよ」
タケルは我が儘なアマネの対応に困っていた。その時、全員のヘッドホンやイヤホンから、放送が聞こえた。
「大至急、司令部まで」
隊員全員はその指示を聞いて、実験室から出た。
「よし、アイナも行くぞ」
突っ立ってる状態のアイナを、タケルは引っ張って司令部まで連れて行った。そこは、全体が白いドーム状の建物で、街の様子や指示内容が、そこに浮かび上がっていた。
実験棟と隣接している司令棟は、Cybersurvivorの核に当たる施設だった。そこからの指示により、隊員達はミッションを執り行う。そこの設備は、常に最新鋭のものであり、セキュリティーも、国家機密以上のものを施されていた。普段、隊員以外は出入りする事すら出来ない。
アイナは、ドームを見上げていた。すると、扉が開いて中から一人の女性と、年下らしき青年が現れた。女性は、焦げ茶の髪の毛を長く伸ばし、耳元には黒いイヤホンを着けていた。また、制服は他の人のものに比べ、袖が広がっていて、朱色のネクタイで締めてある。スカートは透明な素材で出来ていて、足にはタイツを履いていた。その冷たく、厳しい態度は、近づいただけで肉食に睨まれた草食動物のように、人々を黙らせる力があった。
一方、少年の方はおどけた顔をしていて、女性のまるで身体の一部のようにぴったり付いて来ていた。唐茶色の髪の毛に、マイク付きの片耳イヤホン、服装は、半袖の制服に青いベスト、襟元にはネクタイの代わりに四角いピンが着けられていた。
その女性の厳しい目を見ると、今まで喋っていたアマネやタケルは急に黙り、女性の方を見た。
「みんな、揃ったわね」
女性はアイナの何かを見て、一瞬驚いた顔になったが、咳払いをして表情を戻した。
「あなたが新入りね」
「えっ…、あ、はぁ…」
アイナは恐る恐る女性の方を見た。
「返事と自己紹介くらい出来ないの?あなた…、人間よりバカなの?」
アイナは背筋をしゃんと伸ばして身体ごと女性の方を向いた。
「はい!CX-25-Ai10、アイナです!今日からCybersurvivorにお世話になる事になりました!」
女性は腕を組んで溜息をついた。
「はぁ…、まぁいいわ。私はEZ-36-Ht5、ヒトミ、ここの隊長代理、準司令官、サイバー管理官補佐よ。」
ヒトミの横に立っていた少年が補足の説明をした。
「ヒトミさんは天才技師で、研究者でもあるんです…。あっ、僕はHY-10-Hy7…ハヤテ、ヒトミさんの助手をさせていだだいています…」
うやうやしく頭を下げるハヤテを、ヒトミは視線で黙らせた。
「あ、すみません…」
ハヤテは慌ててヒトミの後ろに引っ込んだ。
「SXY-IDの識別番号によると…、アンドロイドは私とアマネさんしか居ないのですか?」
SXY-IDの二桁の番号は、識別信号と呼ばれている。その数字が偶数ならアンドロイド、奇数なら人間だ。また、それとは別に個体番号、SXY-IDの最後にあるアルファベットと数字からなる番号があり、それは袖元や腕に縫い付けられている。最初のアルファベット二文字は無造作に与えられたもので、同名の人が混在する事を防ぐ為のものだった。
「まあね…、何しろ私達は反乱軍に立ち向かう特殊部隊だからね」
ヒトミがそう呟いた時、白いドームが赤く光り、警報音がなった。そして、爆撃音とともに街が吹き飛んでいる光景がモニターに写っだ。
『GT-2地区に反乱軍出現、直ちに出動せよ』
ヒトミはメインコンピュータを作動させ、一同に指示を出した。
「全員出動開始!」
「了解!」
するとアイナ以外の隊員は、ドアから出ていき、それぞれの乗り物に乗って行った。
「あの、私は?!」
「これを着て!とっとと行くわよ!」
ヒトミはアイナの制服を投げ渡すと、その場で着替えさせた。アイナの制服は、黄緑色の襟に、マゼンタのネクタイ、袖は透明になっていて、そこから腕に縫い付けられている個体番号が見えた。そして、透明なスカートに短パン、短いブーツ、小さい端末が着いた青い手袋をはめる。
「水陸空両用のバイクがあるから乗って!そしてみんなに付いて行くのよ!」
「了解しました!」
アイナは急いでバイクに乗ると、脳内の地図で指示された場所に向かった。
GT-2地区は、Central cityの端に当たる部分だった。この街は常に最新鋭のカメラで監視されており、何かあった時は迅速に対応出来るようになっている。反乱軍は、防犯対策が強い中心部には中々入って来ず、街の端の方で騒ぎを起こす事が多かった。
アイナはそこに降り立つと、先に着いた仲間達の元に向かおうとした。すると、反乱軍のものらしき黒いドローンが、閃光弾を撃ってきた。
「あっ!」
アイナは、武器らしきものは持ち合わせていなかった。ドローンは一台ではなく、次々に現われる。
「どうすれば…」
すると、アイナのヘッドホンからヒトミの声が聞こえた。
『腰に青い光線銃があるでしょ?それ使って!』
「これですか?!」
それは、腰のバングルに装着されていたもので、アイナの手にちょうど良い大きさの青い光線銃だった。
アイナは早速ドローンに光線銃を撃った。すると、ドローンは次々に倒れ、ショートした。
『これは機械にしか効かないように造られてある、間違っても人は殺せないから安心して』
アイナは目の前に現れた小型の自立稼働型の機械に光線銃を撃ち、仲間を探した。他の隊員達もそれぞれの武器を使って戦っている。
ハヤテはアイナよりも小型の両手銃、ミーシャは機械に有効な超音波を出すロケットランチャー、タケルは電磁波を放つ電子剣、アマネは小型爆弾、といった感じだ。
アイナ達はそれぞれ戦い、反乱軍の機械を倒しきった。
「終わりましたか?」
「ああ…、今回はな、だが…、こいつらを操ったであろう人物が居ない、全部自立稼働式だったから居ない可能性も有り得なくはないが…」
ヒトミから撤退の指示は上がらない。アイナ達が戸惑っていると、目の前に黒いバイクが通り、そこから黒い白衣を着て仮面のようなものを被った人物が現れた。
「あいつは…、暗黒博士…」
「えっ?!」
暗黒博士は一同を見ると、遠隔操作で機械から黒いビームを放ち、一気に倒した。
「うっ!」
「なんて強さだ…」
タケルは起き上がったが、立ち向かえる程の力は残っていなかった。
『みんな!撤収して!』
一同が倒れている地面にホログラムが現れると、ヒトミか居る司令棟まで強制転送された。
ヒトミは、隊員達を見ると、メインコンピューターから離れ、一同に掛けよった。
「みんな、大丈夫?!」
「はい…」
幸い、怪我人は居なかった。
「一般人が巻き込まれてなかったから良かったけどな…」
「あの暗黒博士って何者なの…無茶苦茶強いんだけど…」
息を切らし、倒れているのを見て、ヒトミは一人一人に飲み物を持って来た。
「機械は倒せたからまぁ…、よしとしよう」
「あ、はい…」
ヒトミはアイナに声を掛けた。
「アイナ、これからはあなたもCybersurvivorの隊員よ、これからこんな事はしょっちゅう起こる、覚悟しておきなさいよ」
「分かりました…」
アイナは壁にもたれかかり、もらった飲み物を一気飲みした。
今日の任務はここまでだった。アイナはセンボウのアパートまで戻ると、早速今日あった事を話し始めた。
「そうか…、楽しそうで良かったな」
アイナは帰宅途中に買って来たニンジン、タマネギ、豚肉を、何年も使わず戸棚にあった包丁とまな板で切った。そして、鍋の中に入れると、火をつけ煮込み始めた。
「でも…、ヒトミさん、あっ、司令官代理の人が厳しいんですよ…」
センボウは何故か笑っていた。
「ああ…、あの子がしそうな事だよ、まぁ、最初は当たりが強いけど、仲良くしてやってくれ」
「そうですか…」
アイナは、飾りに使うインゲンを切っていた。ヒトミは厳しく、優しく接してくるセンボウとは違う、そんな事を考えていたアイナは、鍋が横で噴きこぼれている事に気づかなかった。
「アイナ、鍋噴きこぼれているぞ?」
「ああっ?!」
アイナは慌てて火を止めた。
「料理してくれるのは嬉しいがな、失敗したら僕も食べられないんだよ?」
「すみません…」
「良いんだよ」
センボウは落ち込むアイナを励まし、頭を撫でた。
「私…、これからやっていけるのかな…」
「アイナなら出来るさ」
センボウは、アイナが作った煮物を取り分け、ちゃぶ台に座って食べた。