Metallic heart
眩い光を放つ市街地から離れた寂れた地区、住む人が居ないはずのアパートに一つだけ光が灯った部屋があった。そこには、その部屋とは不釣り合いの機材や巨大な機械、怪しい光を放ったボトルが何本もあった。研究所らしきその場所でほつれた作業着を着て、黄褐色の目と髪の毛をした男が一人、一つの機械に向かって語り掛けていた。
「もうすぐだ…これが、僕達の、希望の光…」
男はなにもない場所から電子線のキーボードを出現させ、打ち込み始めた。
「CX-25-Ai10、起動せよ」
男がそう言うと、機械が大きな音を立てて開いた。その中から、目尻が丸く、黄唐茶色の髪の毛を短めに切り揃えられた少女が出て来て、男の目の前に立った。
「CX-25-Ai10…、君の名前はアイナだ」
アイナ、と呼ばれた少女は、男の目を見た。
「認識しました、MO-64-Sb13…、センボウ、私の開発者ですね。開発者コードを確認して下さい」
アイナは腹に当たる部分から小さなコンピュータを取り出した。
「いや…、ちょっと待ってくれないか?古いCPUや部品を使ったせいか…ちょっとテコ入れが必要だな」
センボウはアイナの背中を開けると、新しいデータを次々に入力した。そして、再び初期化した状態にすると、腹の部分のコンピュータのパネルを押して再起動した。
「アイナ、君はアイナだ」
アイナは目を開けると、センボウの事に気付いた。
「センボウ、さん…?」
「よし、それで良いんだ。僕は”ロボット”を作った訳じゃないからね」
センボウは扉を開けると、アイナを居間に連れて行った。居間はこの時代には珍しく畳で、ちゃぶ台が置かれてある。襖は所々破れ、汚れていた。
「あの…、MO-64-Sb13…、センボウさんのSYX-IDは認識したのですが…、アンドロイドに必要なセキュリティーコードと、開発者コードのデータがありません」
「いや…、それはいいんだ。代わりに君には独自に開発したセキュリティを入れてある。君は特別な存在なんだよ、アイナ」
アイナは首を傾げた。
「あの、私は…」
「君は僕が開発した十番目のアンドロイドだ、前の九人は全て壊れてしまった。壊れた後分解して、まだ使えるパーツを集めて造ったんだよ」
確かに、アイナのパーツは、今製造されている量産型のアンドロイドの型よりも古かった。だが、全て綺麗に磨かれており、問題らしきものは見当たらなかった。
「私、キメラみたいじゃないですか…、どうしてそんな事を…」
「まぁ、心配はしないでくれないか?」
センボウは、ボロボロのジャージを着て、引き出しの中を漁った。
「君には…、特別な役目があるんだ」
センボウは、風呂敷に包まれた古い箱から、ピンク色のヘッドホンを取り出し、アイナに着けた。
「これは、昔僕が造ったもので、妹が着けていたものなんだ、アイナにあげるよ。そして、これからある仕事をして欲しいんだ」
アイナの脳内のチップに、地図情報と、ある組織の情報が埋め込まれた。
「Cyber survivor…、人々の暮らしを守る特殊部隊だ。明日から、アイナはその中に入ってもらうよ」
アイナは、その情報を読み込んだ。
「分かりました、ですが、どうして私がその中に入るのでしょうか?」
「それが君の役目だからさ」
アイナの処理能力と分析能力でも、センボウの脳内までは分からなかった。
「そうそう、Cyber survivorに入っている間は、僕に関する情報は一時的に消す事にする。それと、もし何があっても、仲間に僕の事を言ってはいけないよ。後…、開発者コードが無いから怪しまれると思うけど、もしその事について聞かれたら…、その時はあるアマチュア技師に造られました、って言うんだ。分かったね?」
アイナは、矢継ぎ早に色々な事を言うセンボウに戸惑ったが、とりあえず約束は守る事にした。
「そうですね…、分かりました。明日、そこに向かいます…。あっ、あの…私、充電したいのですが…」
「背中の所にコードがあるだろ?それをコンセントに挿したらいいよ」
アイナの背中のコードは、こたつのコードを再利用したものだった。
「しばらくはこれで許してくれ」
アイナは背中にあったボロボロのプラグを、電気配線剥き出しのコンセントに挿し込むと、壁に寄り掛かって充電し始めた。
「ご飯、作ってくるよ」
センボウは、台所に立つと、賞味期限が切れ、缶が錆びた缶詰と、容器の印字が薄れたカップラーメンを取り出して、アイナと自分の分と取り出した。そして、何年も掃除してないコンロでお湯を沸かしてラーメンに注ぎ、残ったお湯で缶詰を温めた。
「何年も出掛けてないから…、こんなのしかないけど…」
センボウはちゃぶ台にそれを置くと、アイナと一緒に食べた。
「温かい…、それに美味しいですね」
「こんなのしか用意出来なくてごめんな」
申し訳なさそうに言うセンボウに対し、アイナはラーメンを食べ切って、首を振った。
「いえ…、良いんです。あっ、脳内データの中に料理の事もあるので私が作りましょうか?」
「それじゃあ、そうしてもらおうかな…」
アイナは充電しながら笑い、センボウに敷かれた布団で眠った。
「君は…、”機械”でも、”ロボット”でもない…。身体は金属で出来た人工物だけど…、心は人間と同じように自由なんだよ」
センボウはアイナが眠ったのを確認すると、実験室に戻って行った。