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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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パラレル平安時代

 ゆっくりと重たい瞼を開けた。そこにあるのはどこか朽ちた天井。伝統的な日本の家屋とはまた違った木片でもパラパラと落ちてきそうな天井が視界に広がっていた。起き上がろうとすると背中が痛い。そして何より寒気を感じた。それもそのはず、俺は布団も敷かずに寝て、布団も掛けずに寝ていたのだ。今の平安京は春の終わり頃らしい。まだ寒いのは当然か。


 確かあの後、清にとりあえずはここで茜と一緒に住んでなさい、とか言われて……あ、そういやここどこ?見回してみるが、かなり狭い。二丈半もないんじゃないか、というくらいの狭さだ。ただ寝るだけの場所ならこれでも問題はないけれど、ずっとふとんもなしに寝ていればそのうち背骨と肩が凝ってしまう。実際にまだ一睡しかしていないのにもう背骨が痛む。


 俺の同居人、とでも形容すればいいのか茜は壁に背中を預けて寝ているし、僅かに格子の外から見える空はまだ紫色だ。察するに朝の五時とかそれくらいか。時計もない、スマホもない。あるのは東京の私立校の制服と使い所で迷う危ない刃と一般的な現代日本の知識くらい、か。改めて自分の状況に絶望してしまうな。唯一の救いは今俺が奉公してんのが()()平家、ということくらいだろうか。


 昨日、清が清盛を名乗ったときは驚いたし、やっぱりか、とも思った。そしてなんで清が自分の家名とか父親を嫌悪の対象として見ているのかも理解できた。やっぱり、清盛という人物の出生が原因だろうな。

 平清盛という人物の出生に関してはいくつかの説がある。そしてその中でも最も有名、かどうかはわからないがある程度有名なのが平清盛は白河法皇の子供なのではないか、という説だ。


 当時、都で流行っていた白拍子。その中の一人が産んだとも、祇園女御という白河法皇の寵姫が産んだとも色々言われている。はたまた狐が産んだとすら言われている。どちらにしろ、清盛という人物はその生まれからして呪われていたのだ。その呪いというのが生きる上での反抗精神の表れとなり、そして何より彼女――俺の知識では男だが――という人格を形成するうえで必要不可欠なファクターとなっているのだ。


 結果として平清盛は武士としては初めての太政大臣となり、『平氏あらんずば人にあらず』と謳われるほどの権勢を手にしたが、それがはたして本当に彼女がしたかったことなのだろうか。俺が思うに、清盛という人間はもっと自由に、ただ自由に、ただただ自由に、この世の中を回りたかっただけなんじゃないだろうか?


 「ほらぁ!いつまで寝てんの!今が何の(こく)だと思ってんのさ!」

 突如として盛大に木扉を砕いた音がしたっと思ったら清がその金髪をはためかせて登場した。うん、まぁ確かにこの髪の色と顔の作りからしてこの時代の人間とはまるで違うわけだし、狐が産んだとか言われてもおかしくはないよな。


 「おぉ、おはよ。にしても随分な起こし方だな。扉壊れちゃったよ」

 「あんたらがなかなか起きないからでしょ?もう卯の刻なんだけど。お天道様だってもうあがっちゃってるわよ!」


 清は何気ないことのように俺たちを起こしにかかるが、ふと疑問に思った。彼女は今卯の刻と言った。卯の刻というのは十二時辰における5時から7時くらいのことだ。別にそれ自体は特に問題はない。しかし、問題は今の平安の時間でその時辰を使っているということだ。本来なら室町時代以後から使われる時間の表し方。この時代で使われることはない、はずだ。


 すぐにその時辰をどこで習ったか知りたかったが、それよりも先に清が言葉を発した。

 「夕霧!あんたはとっととそこの居眠り娘を起こして、門前に来なさい!都に繰り出すわよ!」

 「えぇー。俺もう少し寝ていたいんだけど」

 「ちゃっちゃと支度しなさい!」


 はい。

 一喝されて俺は未だに寝ている茜の肩を揺すって起こそうとした。しかし、邪魔だと言わんばかりに俺の手を払いのけるばかりで彼女が起きる気配はまるでない。頬を叩いて起こす、文字通りに叩き起こすこともできたが、今後の関係を考えれば下策だった。


 仕方ないので彼女を背中に背負って俺は門前へと向かった。もちろん彼女の大太刀も背負ってだ。持ってすぐにわかったのが、この大太刀はとんでもなく重い、ということだった。軽く六キロとか七キロを超えて、十キロはするんじゃないか、と思わせる重さだった。こんなものを肩に担いで市中闊歩している茜の筋力というのは一体どれほどのものなのだろうか?


 彼女自身はそれほど重くはないが、とにかく大太刀が重い。それが痛む背骨への負荷へとなり、俺の身体を圧迫していた。そしてそんなものお構いなしとばかりに寝ている茜の寝顔を見ると無性に腹が立った。

 「おそーい。少女一人背負ってくるのにどんだけ時間かけてんのさ」

 そして何より俺の苦労などまるで知らずに文句をぶーたれてくる眼前の金髪娘にこれ以上のない怒りを覚えた。


 「もぉー、早くしてよね。都の市って朝早くに行かないと品切れになってるんだから」

 「市?物々交換か?」

 この時代の市と言えば都であれ、地方であれ物々交換が基本だ。貨幣制度が敷かれるのはこの時代から二百年近く経ってからだ。


 「いんや、これ」

 清は(きんちゃく)から巾着を取り出すと、中から円形の物体を取り寄せた。それは中心部分が正方形になっている茶色の物体だ。それはまごうことなき貨幣、コイン、マニーだった。現代日本の五百円玉程度の大きさで、厚さはその倍くらいある。


 「貨幣!?」

 驚きのあまりつい声を張り上げる。この時代、この日本に貨幣などが存在していることはおかしい。皇朝十二銭だってもう廃止されているはずだ。俺が習った歴史ではこの時代は農民から貴族にいたるまで例外なく物々交換。税は米や特産物、労役とかだ。


 その中に貨幣の二文字はない。

 いや、違うな。ここはイフの時間帯だとナカ=トガが言っていた。ならば、この時代の日本にすでに十二時辰が導入されていて、貨幣が存在していてもおかしくはない。歴史としての経済や暦としての流れが長いという時間帯なら、とそこで俺は一つ疑問が生じた。


 「その貨幣っていつ頃導入されたんだ?」

 「つい六年くらい前かな。それよりも早く市にいかなk……あ」

 言いかけて清は口ごもった。そして屋敷の方へと視線を釘付けにした。その彼女の目は昨夜見せた嫌悪の混じった瞳へと変わっていた。


 気になって俺も視線を向けると、そこには黒い衣冠を着た中年の男性が立っていた。昨日会った佐藤義清よりは背は低いが、それでも俺よりは全然背丈が違う。百七十後半に達すると思われるその身長、そして哀愁漂う整った顔立ちをした男は清に対して、哀れみや郷愁を感じさせる目を向けていた。


 「親父……殿」

 嗚咽が混じった声で清はそう発声した。

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