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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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高平氏

 その少女はこの時代の日本人にしては珍しく、金色の長髪を後ろで結んだポニーテールで、瞳はビー玉ほどに大きい。煌々と輝く金色の瞳、白砂よりも白い肌、少し幼さを残した顔立ちをしていて、背丈は茜よりも少し大きいくらいだった。着物は朝色の女性用のもので、検非違使が言っていたとおりに右袖に手を入れない、という着崩し方をしていた。


 しかし、中に布切れを下着代わりに着ているから胸元や乳房が見えることはない。ちょっと口惜しかったが、隣の茜の視線が痛かったので、これ以上はノーコメント。とりあえず、すごく美人さんだった、ということだ。来ている服がもっときれいだったら、さぞかし宮中の花になっていたことだろう。しかし、それを台無しにしているものがあった。それは、


 彼女が腰に帯びている一本の長剣だ。鞘の形からして中国系の両刃剣と思われるそれは、柄からして古ぼけていて年代物であることを伺わせたが、しかしただの骨董品としか見えなかった。柄がボロいのだから、中の刀身は刃こぼれなどがひどいだろう。


 「おい、この高平氏!貴様何度俺の厄介になりゃ気が済むんだ?貴様のせいで俺は、北面の武士から免責されたんだぞ!」

 「知ったこっちゃないわよ!あんたの失態はあんたのものでしょうが!大体、あんたら検非違使が使えないからこの(きよ)様が都の悪人どもを成敗視点でしょうが!」


 ものすごい剣幕でどなる佐藤義清に対して、少女――清と名乗った――も負けじと大声でどなり返した。彼女の眉間にはシワがより、憎悪の目で佐藤義清を睨んでいた。佐藤義清も小娘が、と悪態をつく勢いで腰の刀に手をかけたままで彼女を凝視していた。


 「いっつも、言ってるだろ!都の警備は検非違使の仕事だと!お前が暴力事件を起こす度に俺が始末書を書かされるんだ、もういい加減に控えてくれ!もっと平氏の息女としての自覚を持ってくれ!」

 「はぁ?なんであたしがあの成金親父の家を継がなきゃいけないわけ?あたしはもっと面白く、自由に生きてたいの。家督なんて平次(ひらつぐ)にでもくれてやるわ!」


 その言葉に頭痛でも覚えたのか、佐藤義清はこめかみに左手を添えた。彼は苦悩している賢者のような趣でうっすらとした瞳を彼女に向けた。


 「なぁ、清。お前一応改名したんだろ?それにもう17なわけよ。そろそろ大人になれよ。普段からそのようなはしたない格好では嫁の貰い手もない」

 嘆くようにため息をつく佐藤義清を他所に清と呼ばれている少女は忌々しげに鼻を鳴らした。そしてなんの因果か、俺たちへと視線を向けた。


 「ねぇ、義清。そこの変な格好の奴ら何?」

 変な格好とは失礼だな、と顔をしかめてみせる。これは現代日本の正式な服装だぞ?これを切れば結婚式や葬式、公的な場にだって参加することができる。年齢制限はあるが、どこに出しても恥をかかない、という点では超便利グッズだ。


 「そいつらは、都に手形もないのに入ろうとした奴らだな。普段は気にもとめないが、服装が変わってたからとりあえずとっ捕まえた。日ノ本の言葉は通じるようだが、時々おかしなことを口にする。なんだったか、すぅぱぁぶぎすとだとか、だいなまいとだとか。奴らの国の言語か?」


 「なぁに、それ。すっごく面白そうなんだけど」

 清はやんわりとした笑みを浮かべて視線を再び俺たちに向けた。

 「ねぇ、あんたら。あたしの家人にならない?衣食住昼寝付きで飼ってあげるけど?」

 「はぁ?あんた何言ってんの?そんなのr……」


 「是非もなくそうさせていただきます!」

 すぐさま反射的に茜が全方位敵対外交を取ろうとしたので、俺はすかさず清の申し出を受け入れた。茜は不満げな目を俺に向けたが、どこ吹く風とばかりに無視してやった。


 「そ。じゃあたしの屋敷まで行こっか。一応あの成金親父にあんたらを家人にした、て言っとかなきゃだし」

 ちなみに家人というのは武士の棟梁、あるいはその親族なんかに仕える武士のことで、有り体に言えば直属の部下のみたいな感じだ。


 それと今が平安時代のどこらへんかという問題だけど、佐藤義清がいる、ということは今は平安時代後期も後期。院政を極めた白河法皇が死んで、今は鳥羽上皇の治世か。1130年代後半、と見るべきだろうな。佐藤義清が北面の武士を辞めて隠遁生活を初めたのが大体それくらい、昔の人は年取って見えたとしても、今の佐藤義清は20やそこらっぽく見えるし。


 「ほらほら、そこの黒髪の()も立って、立って!さっさとこんなとこ出てっちゃおうよ!」

 清は佐藤義清をどかして、茜に触れる。その手の使い方もまた柔らかいもので、とても腰に差している物々しい武器を使うような人間とは思えなかった。


 「おい、こらちょっと待て!そいつらにはまだ聞きたいことがあんだよ。清。お前はよしみと腐れ縁ですぐに釈放してやるが、そこの二人はだめだ。特にさっきから汚い言葉を使う小娘、お前は特に、だ。この痴女が!」

 しかし納得のいかない佐藤義清ががなりたててしまった。そしてその悪態に茜が反応してしまった。


 「あぁ?人が甘い顔してりゃ調子に乗りやがって、この腐れ芋虫がぁ!このあたしが痴女だぁ?あたしの国じゃ基本学生はこういう服なんだよ!いい加減ぶっ潰すぞ、われぇ!」

 「やはり鬼の類だったか!よしよし、角はないが貴様の首を手土産に院に戻らせてもらうぞ」


 ひしひしと錆びた空気が流れる。空間に亀裂が入りそうな嫌な空気だ。しかし、その空気はすぐさま破られた。

 「あのさ、義清。あたしの成金親父に口利きしてあんたのこと院に戻らせてあげようか?」


 それは清から放たれた悪魔のような一言だった。その言葉に一瞬ではあったけど、佐藤義清の顔が震えた。そして本当か、と問うような視線を清に向けた。その視線に対して清は無言でこくりと頷いた。

 院に口利きできるのだからさぞかし清の親父さんはすごいんだなぁ、と俺は関心した。実はどこかの大貴族の娘、とか言うのではないだろうな?


 「行け。俺は何も見なかったし、聞かなかった」

 「そうそう、そう言ってくれればいいの。じゃぁお二人さんあたしの後についてらっしゃい。屋敷まで連れて行ってあげるから」


 清は満足げに頷いて、自分を先頭に検非違使の兵舎から外へと踏み出した。



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