マイ・ハート
夕刻、家貞さんが俺に儀礼刀の細工が済んだことを知らせてくれた。本来なら喜び、笑うところなのだが、あいにくと俺は素直に笑うことも、喜ぶこともできはしなかった。その理由は家貞さんもすでに知っているようで、俺が特にありがたいとも思っていない礼を口にしても咎めることはなかった。むしろ、褒めてくれたほどだ。
俺としてはその逆、罵倒されたかった。Mとかじゃなくて、ただ罵倒されたかった。自分たちのお姫様を泣かせ、放逐した男がなんで褒められるのか俺には理解ができない。……いや、違うな。理解はしているんだ。理解はできるけど、それはあくまでは頭の話だ。感情は理解せず、また心も俺が褒められるのを理解してくれようとはしなかった。
それはある意味では当然のことで俺はただ立つばかりだ。この時代を適当に変えてもいい、とナカ=トガは言った。それは結局俺が歴史に大きく影響を与えれば本来はなかった時代、文化、経済、政府をつくるきっかけをつくることもできるわけだ。実際、なぜかは知らないがこの時代には本来ないはずの「銭」という通貨が存在する。
だから俺は本当に平清盛による新しい世の中が作れる、と思った。だけど、それは俺の夢想だった。人は歴史書通りには動いてくれないのだ。清のあの反応を見ればそれは一目瞭然だ。俺が突き放すつもりで言ったとはいえ、あそこまで拒絶的な反応をするとは思ってもみなかった。あのままでは清は自滅する。俺が殺してしまったことになる。
謝罪、すべきなのだろう。しかし、さっき叱りつけたばかりでこっちがすぐに謝罪をしに行くというのもちょっと外聞に悪い。ただでさえ清には手を焼かされているんだ。こっちが謝りに行く道理はないんじゃないか?うぅ、でもそれだと清に忠盛公を見せる、という約束が守れなくなってしまう。ああ、一体いつから俺はこんな面倒な正確になってしまったんだ?昔は口約束なんてよく破っていたのに、一体いつからこんないい子ちゃんになってしまったのだろう。
理由は決まっている。環境だ。環境として嘘がまかり通る場所ではなくなってしまっていたのだ。今、気軽に嘘をつけない。俺には気軽に嘘をつける友達もいないしな。めんごめんごで済ませられるようなクソ甘い環境じゃないんだ、この時代は。
「結局、あんたはやっちゃったわけだ。あんたは清ちゃんに期待して、彼女がそれとは真反対過ぎて、反発しちゃって。それで今悩んでる。清ちゃんも悩んでるんじゃない?自分は何もできません。茜様の大太刀を防ぐことしかできませーんって!」
こんな時でも茜はマイペースだ。自由気ままで情け容赦なく俺の中に踏み込んでくる。それがどうしようもなく嫌いで、嫌いで、嫌いだ。
「で、どうする?あんたはここで悩んでる。あたしはこれから清ちゃんを慰めに行く。そういう役回りでいいわけ?」
「お前さ。変に頭のいいこと言うよな」
「はぁ?あたしに喧嘩売ってるわけ?怒らないけど、今あたしの中でこのままあんたを殺してもいいかってくらいに煮えているんですけど」
「怒りが?」
「そう」
それは、怖いな。
さっきまで真面目に考え事していたのが馬鹿みたいに思えるくらいに茜は心からの本音をさらけ出して生きている感が目に見えていた。とても羨ましくて、俺には真似出来ない生き方だ。彼女は俺に比べればいい人だ。だから彼女の言葉は俺に、ズキリとくる。
改めて見れば俺と彼女、どちらもこの時代とは大きく外れた人間だ。イフの過去に来たんだから当たり前、と思うかもしれないがそういう問題じゃぁない。元々の頭のネジの締まり方が違うんだ。
彼女は武力に優れ、誰とでも簡単に話せる気軽さがある。反面俺は無力で、歴史の知識にしか頼れないコミュ障だ。男として、俺はあまりもてはやされず、茜は女としてこの時代ではもてはやされない。そんな二人の凸凹コンビ。片方の言葉はもう片方への毒になるんだ。それを呑んで俺は。
「なぁ、茜」
「はいはい、なんじゃろな。清ちゃんを慰める気になった?」
「いやぁ?そもそも、なぁんで俺が謝らなきゃいけないわけ?」
「え、そりゃー。女の子を泣かせたら男としちゃまずいでしょ」
笑ってしまうな。そんな原始的な女性配慮、レディーファーストの文句を説かれても俺の心には何も響かない。それどころかただ笑うだけだ。
「なぁ、茜。それはこの時代では通用しない。明治、いや終戦まで日本には女性の権利というものは認められていないんだ。それはこの時代でも同じ。じゃぁさ。俺が女を泣かせたらなんだっていうんだ?俺はただ清を迎えに行くだけさ。決して謝罪なんてしない」
「悪党!ここに悪党がいるよ。もぉ、この人最っ低!これが男ですか?ひどいですねー!」
何が面白いのか茜は笑いながらまくし立てた。しーらーねー。
「いいんだよ、悪党で。俺はただの歴史好きさ。それで、他人に無責任に責任を押し付ける、普通の人間だ。そんな二律背反の生き方しかできない俺だからこう言うね。――くだらないことで悩むことこそがくだらない、と!」
「うーわ。変わり身早。てか、悩んだ原因あんたなんだけどさ」
意気揚々と語る俺に、茜は後ろからグサリと刺してきた。
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