検非違使、佐藤義清
その役人はこの時代の日本人にしては長身ですらりとした体型で、見まごうばかりの美丈夫だった。黒い武官束帯を着ていて、見事に武官していた。
長く、整えられた顎髭が男のチャーミングポイントになっていて、それにも合った朗らかな顔で俺を見つめていた。美丈夫で朗らか、何より男らしい。
「で、貴様らはなんなんだ?」
その美丈夫イケメン武官に今俺たちは取り調べを受けていた。現代日本の取調室のような綺麗で清潔な部屋ではなく、どこかすす臭くて、埃っぽい。あばら家のような兵舎にも似た場所で、ろうそくの灯りが灯っているのにとても暗い。
そんな場所で俺と茜は二人横に並ばされて、目の前に美丈夫イケメン武官があぐらで座っている形をとっていた。どこか説教されている生徒に気分になった。これまでの人生で一度も教育指導室とかに呼ばれたことはないけれど、呼ばれたことのある生徒というのは今の俺のようなどこか胸の奥底が煮えくり返るような気持ちなのかもしれない。
「手形もない、戸籍表も持ち合わせなんだ。おまけにその異国の装束。宋国の服装とも契丹のものとも違う。異国の人間か?」
乾いた空気が流れていた。男は名乗りもせず、ただ質問攻めを繰り替えすばかりだ。実際に犯罪をオカシてケジに責め立てられている気分になる。
男の服装から察するにおそらく彼は検非違使だろう。確か嵯峨天皇の時に成立した役職のはずだ。現代日本で言うところの警察みたいな立ち位置で、都の警備をしている。彼らは一様に武官の集団で、平安時代中期からは武士などが率先してその役職にあてがわれた。
「ちょっと、夕霧。あんた歴史詳しいんでしょ。検非違使の対処法とか習わなかったの?」
正座をすることにしびれを切らしたのか、茜は刺すような声で俺に助成を求めた。しかし、それは無理なことだ。そもそも、
「学校で検非違使に絡まれたときの対処法なんて習うわけ無いだろ。お前は習ったのかよ」
「はぁ?あたし?あたしのせい?ちょ、お前表出ろや!」
「あー、ごめんなさい。俺腕っ節からっきしなの。だから許して」
茜は怒り出して俺の胸ぐらを掴み上げる。高度5000メートルからの自由落下でも死ななかった体の単純な腕力は凄まじく、成人男性よりも少しある俺の体を軽々と持ち上げるほどだった。
「おい、貴様ら。俺の目の前で勝手はするなよ。特にそこの女。女子の分際でなんだ、その素肌を見せに見せた服装は。なんと淫らな!」
俺たちが自分を無視して勝手に話初めたのが気に入らなかったのか、男は腰の刀に手をかけて俺たち――特に茜――を諌めようとした。
「女子って。あんた女性差別主義者?しかも女性に刀を向けるとか、マジでウケる」
「貴様、この佐藤義清を侮辱するか。そこに直れ、成敗してくれる!」
佐藤義清?その名前にピンときた。たしか某大河ドラマでも有名なメインキャラクターの一人だ。文武両道の美丈夫と知られるスーパースペックマン!
でもおかしい。
疑問があったのは、なんで佐藤義清が検非違使なのか、ということだ。史実では佐藤義清はもとは北面の武士だったはずだ。検非違使になった、という記録はどこにもない。いや、ここはイフの時間帯だからそういったこともあるのだろうか。
「おい、茜。ここは謝っとけ。この人あの佐藤義清だぞ。西行だ、西行!あの超有名なスーパーブディスとの西行!」
「だれ、それ?」
必死に止めようとするが、しかして茜の耳には届かない。西行を知らないとか、お前それモグリだぞ?いや、俺も西行についてはそこまでのことは知らないけどさ。
「いいからとにかく座れ。でないとお前は今から歴史をダイナマイトすることに……」
「何を世迷言を言っている!さては貴様ら鬼か妖かしの類だな?都に来て何を企む?さてはこの世にまた災厄をもたらすか!」
佐藤義清はもう鬼の形相で俺と茜を睨む。兵舎に連れて行かれる途中で茜の大太刀は取り上げられてしまったから、今の俺たちには武器がない。茜なら別に武器がなくても切り抜けられるだろうが、俺は無理だ。佐藤義清が史実通りの文武両道の美丈夫なら、俺が殺されない保証はどこにもない。自慢ではないが、ドッジボールの時はいっつも真っ先に当っていた。
「し……」
「佐藤殿!また例の娘が……!」
しかし、その佐藤義清の怒りの矛先はぎりぎりでへし折られた。何も知らずに部屋に入ってきた一人の中年男性臭い検非違使によって、だ。
九死に一生を得るというのはこういうことを言うのだろう。今、俺は行きていることに初めて感謝していた。
「また、あの女か!クソ、どれだけ捕まれば気が済むのだあの高平氏は!」
佐藤義清は俺たちに向けていた怒りとはまた別の怒りの形相で地団駄を踏む。それほどまでにその「女」が彼の頭髪の原因かもしれない。後ろを向いたらちょっとだけハゲていた。
「ここにしょっぴいてこい!あの腐れ高平氏を!」
激昂した佐藤義清の剣幕に押されて、怒鳴られた検非違使は飛ぶようにさっそうと部屋から出てゆき、ものの数分もせずに着崩した着物を着た金色の髪の少女を連行してきた。