Ep.1 神様だけど訴えられました
「先輩。大変です。訴えられました」
俺は地球の生命の流れの管理している神の一人。レブロン。
そんな俺に全く予想だにしない報せを持って来たのは後輩女神のメルリー・ヒナ。
ヒナというのはハワイ神話やニュージーランドを起源としているマオリ神話にも登場する月の女神の名である。
癒しの力を持つとも伝承されている女神ヒナは夜の虹で月へ移住しそこで働き暮らしているという逸話もある。
俺の眼前に居るメルリーはその月の女神ヒナの柱筋の女神だ。
神々の聖誕の在り方は千差万別ではあるが、人々が創り出した神話が愛され広まり、その土地の多くの人々から崇拝され強い信仰心を持たれた時、その神話の中の神が具現化して誕生するという事例もよくある。
要するに俺の後輩メルリー・ヒナはハワイ産の女神なのだ。
艶のある輝きを放つ、長い黒髪が一際美麗で十全十美な後輩女神は深刻な顔をしていた。
「訴えられたってなんで?俺が?誰から?」
「【チート・ハラスメント】だそうです。訴えは他の世界の神々の方達からです」
「【チート・ハラスメント】??なにそれ?」
万物を司り叡智の象徴とされる神々の一人である俺でも初めて聞く言葉だ。
「先輩って此処に彷徨ってくる異世界転移/転生を希望する仔達にいつも何か一つ願いを聞いてあげてますよね?」
「嗚呼。それが仕事の一つだからな」
何時からだろう。地球に住む人々が異世界ファンタジーに憧憬を抱くようになったのは。
ここ数十年で魔法が使えるファンタジーな世界に憧れ、次はそういった世界に転生したいと願う仔達が特に増えるようになった。
そして近年では日本を中心に異世界転移/転生希望者が顕著に急増している。
とても俺一人では対応できなくなってきたので、部下として黒髪の後輩女神メルリーが俺の下で共に働いてる。
月の女神ヒナと一緒に仕事をしているという事で容易く想像できるかもしれないが俺の職場は月にある。
俺達、地球を生命を管理している神々は主に月の裏側を仕事場、休憩場所として使用している。
その月の裏側を俺達神々は≪ルナテラス≫と呼称している。
そして転移/転生を願い、俺やメルリーが居る≪ルナテラス≫へ彷徨ってやってくる仔達は
最近ではもう異世界転移/転生をする際には≪特殊能力≫だったり神様がなにか一つ願いを叶えてくれる事まで知っている。
それでも俺は神であり、全知全能の能力を持っているのだからその仔達の願いを難なく叶えてあげる事が出来る。
ここへ彷徨って来る仔達はなにかしらの不遇の生涯を生き、辛い思いをして来た仔達が多いのだから
その仔達の次の人生がより良いものになるよう、自分の神としての能力を行使して願いの一つを叶える事に生命を司る神としての矜持を持っている。
「先輩ってT川大介君って覚えてますか?」
「T川大介君...??...ああ、あの仔か。たしか【経験値倍増能力】が欲しいって言ってた仔だ。なんか変わった要求する仔だなとは思ったよ」
「その大介君がですね...転生した先の世界の神様を襲ったらしいんですよ...」
「はぁ?」
後輩女神の言葉に耳を疑う。人間の仔が神様を襲った?
「そんな事出来る訳ないだろ?次元物理的にも神定概念的にも有り得ない」
「先輩...その仔の【経験値倍増能力】の倍率、何倍にしました?」
「え?...えーと、たしか1万倍?」
「その1万倍のせいで神様が襲われるなんて事件が起きたんですよ!!なんですか1万倍って!!!!!」
ヤバい。後輩女神が本気でキレてる。
「いや俺だってそれは流石にやり過ぎかなとは思ったんだよ。だけど...」
「『だけど...』なんです?」
「その大介君は学校生活に馴染めず不登校気味になって、そんな中重大疾患が発覚して辛い闘病生活の末、生涯を終えたなんて身の上話聞いたらどうしても願いを叶えてあげたくなったんだよ」
「それでも1万倍はやり過ぎですよ!スライム倒しただけで次はドラゴンが倒せるってクソゲーどころじゃ無いですよ!!!!!」
「女神なのによくクソゲーなんて言葉知ってるな。地球に馴染みすぎじゃないか?」
「先輩の方が馴染みすぎですよ!!!!なんで神様がスウェットパーカー姿なんですか?」
「いや尽善尽美な俺の場合、このくらいカジュアルじゃないと此処に来た仔達が悩みや想いを素直に打ち明けてくれないんだよ。お前だってなんでそんな恰好してるんだよ?」
「私のは職場着ですよ!」
眼前の黒髪の後輩女神は黒のリクルートスーツに眼鏡まで掛けている。
どう見ても地球のキャリアウーマンだ。
彷徨って来た仔達の前では神装束に煌びやかなティアラ、アンクレット、瑠璃色の指輪に白金ネックレスまで飾り付けて女神全開の姿なのだが、
上司の俺の前では堅苦しいキャリアウーマン姿だ。以前メルリーに何故そんな姿で俺と話すのかと問うたら
「私の本気の姿見たら先輩惚れちゃいますよ?職場恋愛は嫌なんで」と言われた。生意気な後輩だ。
「閑話休題、その大介君がなんで神様を襲うなんて展開になったんだ?」
「ですからドラゴン倒してまた1万倍の経験値を得た大介君はその異世界の【魔王】をデコピンで倒しちゃったみたいです」
「デコピンで倒された【魔王】とか1万年先まで語り継がれそうだな...ご愁傷様」
「そして大介君は楽勝過ぎて『俺、神様にも勝てれるんじゃね?』と思っちゃったみたいです。【魔王】をデコピンで倒したらそんな世界自体舐めて当然ですよね」
「しかしいくら≪特殊能力≫があるからって人間の仔が神様に勝てる訳...」
「【魔王】を倒して更に1万倍の経験値を得た彼にその世界の神様は窮地に追いやられたらしいです」
「それはその世界の神様が弱す―――ひぃっ!!?」
「先輩...それ以上言ったら本当に訴えられて神議裁判でこの仕事、罷免されますよ」
キャリアウーマン姿の黒髪の後輩女神のキラリと光る眼鏡越しの殺気すら感じる視線が俺の背筋を凍らせた。
「...そ、それでその仔はどうなったんだ?」
「仕方ないのでその世界の神様は大介君の転生者としての記憶を消去して平和な村へ移住させたそうです」
「そうなのか...」
記憶を書き換えるという事はある意味で『死』にも等しい。俺はあの仔にそんな次生を歩ませてしまったのか...
「じゃあその世界の神様に謝罪に行けば訴えは取り下げて貰えるのか?」
「いえ...それがですね...」
どうにも歯切れが悪い後輩女神。
「どうした?」
「他にも【チート・ハラスメント】の被害を訴えている神々が居まして...」
「え?...」
「なんでも『転移/転生者が試し打ちした魔法が強力過ぎてその世界にある2つの月の片方が吹き飛んで完全消滅した』とか
『【魔王】との最終決戦で放った極大魔法の所以でその世界の大陸の半分近くが吹き飛んだ』等の被害の訴えが他にもあるみたいなんです...」
あ、これ、本当に罷免になるヤツだ...
「要するに俺はこの仕事罷免って事か?」
「先輩はこの仕事続けたいんですよね?」
そう問われたら是だ。俺はこの地球の日本という国が好きなのだ。
人間と言う種は神とは違い不完全で短い生を生きる上で時には醜い姿を曝け出す欲という性をどうしても持ち合わせていてその欲と欲が衝突して爭いも生む。
一時は戦争という愚かな行為に走ったが、敗戦し焼け野原になった日本を不屈の努力で技術発展させ建て直して魅せた。それを教訓とし今では完全な非戦国だ。
豊かさを取り戻してからは様々な娯楽文化を生み出している。人々の無限の想像力に関しては神であっても驚かされる事がある。人々の信仰心が神すら生み出す事もあるのだから。
此の≪ルナテラス≫に彷徨って来る仔達も神でも救う術のない悪い仔は殆ど居ない。
「...俺がこの仕事を続ける方法はあるのか?」
「先輩も転移/転生希望の仔の願いを叶えてあげようと頑張ってただけで悪気があった訳じゃないですし今後注意すれば続けられます。ただ...」
「『ただ...』なんだ?」
「近年の異世界転移/転生者事情をしっかりと把握する為に一度『研修』を受けるべきじゃないか?と言う意見が最高神議委員会で取り上げられたそうです」
「『研修』ってどんな?」
「...先輩自身が異世界に行って冒険者を体験してみるという『研修』です。勿論Lv.1からです。」
「俺がLv.1の冒険者!?」
いやそれ普通に死ぬでしょ。