#05 隊員に伏せられた情報
「鬼水特殊調査部隊より選ばれた精鋭諸君、この度のフクス地区への遠征、まことに大儀であった。」
94人の精鋭メンバーを前に、主任教官のオグレ教官より労いの言葉と今回の遠征の報告統括があった。
話によると、こういうことらしい。
フクス地区にはもともと大きな区営発電所があり、そこそこ経済的にも栄えている地区だった。
しかし魔物の出現により、発電所はメルトダウンを起こし、フクス地区全域に有害物質が広がってしまった。
今回の遠征はその詳細な原因と再稼働の目処をたてるための情報探しであったが、過去の調査から加わった目新しい情報といえば、例の巨大な魔物がいたという情報くらいであった。
その魔物も、高濃度の有害物質にさらされ続けた結果、突然変異を起こしてあのような姿になったのではないか、といのが分析班による見解らしい。
脅威も去り、発電所の現状もわかったことで、なんとか再建計画もたてられる、とのことだった。
「今回の遠征では、3人の死傷者、それから3人の行方不明者をこの隊から出してしまった。
非常に残念なことである。 生き残った者には、今まで以上に緊張感を持った行動を心がけてもらいたい。 これからの日程についてはまた各部屋に通達する。」
6人、失ったのだ。正確に死亡が確認されたのは3人であるが、ともかく、自分たちの仲間が名誉のうちに死んだ。
その事実が、残されたものたちに重くのしかかった。
「明日は全隊員に外出許可を与える。ゆっくり羽を伸ばすといい。次の訓練に備えてな。
本日の報告は異常だ。 …ひとつ言い忘れていた。ディレ・ホワイト、およびその班員のユボン・リード、オリーゴ・ハワード の三名は、この報告会が終わったあと私のところにくるように。 以上、解散。」
オグレ教官が敬礼をすると、ザッ と音を立てて、全員が一斉に敬礼を返した。
もちろん、オグレ教官が手を下ろすまで、誰も手を下ろしてはいけない。
険しい表情をしながら、オグレ教官が台から降りた。
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「オグレ教官、参りました。」
これからなにを言われるのだろう。そんな緊張が、ディレの声を少し上擦らせた。
「そう堅くならなくてもいい。 今日絞るつもりはない。」
「(それならそうとそんなに)険しい表情しなくてもいいのによぉ。」
「? なにか言ったか? ユボン・リード」
「い、いえ! 負傷した箇所が傷んで、思わず声が漏れてしまっただけであります!」
「そういえばお前は骨折したのであったな。ったく、無理をするなとあれだけ言ったにも関わらず ……だがお前らの活躍のおかげでいろいろなことがわかったんだ。」
「僕たちのおかげ……ですか?」
「ああ。これから言うことは、ここだけの秘密にしておくように。他言無用だ。」
険しかった教官の顔が、さらに険しくなった。
両眉が釣り上がり、あと数段階険しくなった縦に並びそうなくらいだ。
「先に行った報告会では、あの魔物は有害物質による突然変異が原因で巨大化したと言ったな。」
「そうでしたね、私たちも初めて見る魔物でしたが、あの説明には納得いきました。」
「じつは、原因はほかにあるらしいんだ。」
教官は続けた。
「そもそもあの有害物質は、人体に影響を与えるものであって、魔物には無害とされている。」
そう。それゆえ、フクス地区の一部地域には、人が去ったあと魔物が住み着くようになった。
「それに、人体に影響を与えるといっても、一定量を超えるとすぐ昏睡状態に陥るようなもので、もしそれが魔物にも効いてしまうのなら、例の魔物でも生き延びられなかったはずだ。」
「あの魔物は、今までの魔物とは異質だ。 今後あのようなものに出くわしたら、今回のようには行かないかもしれないぞ。」
全長4m、桁違いの大きさに、鋭い牙と爪を兼ね備えたあの異質な魔物。
あのようなものがまだ存在するのか。
肋骨を折ったユボンは、3人のなかでも特に教官の話を熱心に聞いていた。
「あの、それで、あの魔物が生まれた本当の原因とはなんでしょうか?」
おそるおそる、ディレが教官に話を伺った。
「すまんが、それはまだお前らに教えることができない。今言った、『突然変異というのは方便だ』という事実も、本来隊員は知ることができない情報なんだ。」
「そんな重要な情報、どうして俺..じゃなくて、自分たちに教えてくださるんですか?」
「あぁ、それなんだがな。
今回、あの魔物を倒したお前たちの実力を見込んで、ひとつ頼みたい依頼があってな。」
「依頼…ですか。」
「そうだ。 お前らには、アクアの国中心都市の、ミアヤ区にいってもらいたい。」
「ミアヤ区って…、あの超高級住宅街ですよね?」
「僕ら…、その、育ちとかが全然違くて…、その」
ディレはともかく、オリーゴとユボンは難民生活も長く、少年の頃には生きるために多少汚いこともやってきた。ミアヤ区どころか、都市部にすら行ったことがなかった。
「その件については心配しなくてもいい。あの場所に見合った”なり”をさせるつもりだ。あくまで、住民にばれないように潜入してほしいからな。」
「わざわざ身分偽って潜入って…。自分たち、一体なんのためのそこへ行くんです?」
「子供の連続変死事件についての調査をせよ、とのことだ。」
「その事件私知ってます。なんでも、新手の魔物のせいなんじゃないかって。」
「あくまで噂だがな。 だがもし都心部にまで魔物の手が広がっているというのなら、早めに対処しないと手遅れになる。」
「でもそれなら、わざわざ潜入なんかしなくたって、普通に調査すればいいじゃないですか。」
「そのつもりだったさ。だがな…。」
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「魔物の調査隊の支部を設置する、というのは一体どういうことですか?」
喋るたびに厚化粧の粉が落ちてきそうなほどきっちり顔をつくった婦人が、唾を口の角に溜めながら区長を糾弾した。
「ですから、万が一のことを考えてーーー」
「それだとまるで、このミアヤ区に魔物がでたみたいな言い方じゃないですか!」
口の角に溜まった唾が、いよいよ垂れそうになってきている。
「いや、ですから、それを明らかにするためにですねーーー」
「このミアヤ区で、一回の昼食がいくらするか知っているんですか? 750アクアエウロもするんです! それなのにそんな物騒な支部ができたら、この区の地価が下がるじゃないですか!」
そこまで一気にまくし立てると、限界まで溜め込まれた唾を、婦人は寸前のところで飲み込んだ。
ソウダ!! カエレカエレ!!!
コノクハアンゼンダ!! コノハゲーーー!!
さまざまなところから、婦人に賛同する声が上がる。
彼らはここ連日おきている子供の変死事件を知っているのだろうか。
知っていたのなら、そんなことは言えないはずであるが。
「…わかりました。 この話は一度持ち帰ります。」
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「え…それで、結局支部はできなかったんですか?」
「ああ。 住民の理解が得られなくてな。 だが、放っているわけにもいかん。」
「だから私たちが選ばれた。ということですね。」
「理解が早くて助かる。早速向かってもらいたいところだが、一昨日遠征があったばかりだし、ユボン・リードの怪我もまだ治っていないようだ。」
ちらりとユボンの方をみるオグレ教官。鬼教官と恐れられてはいても、やはりそれは隊員たちを思ってのことなのだ。
「出発はあさってにする。今日明日はゆっくり休むといい。 詳細はまた追って連絡する。」
「「「ハッ!」」」
3人が揃えて声を出し敬礼をすると、オグレ教官も期待の眼差しと敬礼で応えた。
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「よっしゃ、夜まで暇だし、部屋に戻ってひさびさにチンチロやろうぜ!」
「僕は秘学を少しやらないと…」
「そんなかてぇこと言うなよ!」
にかっと笑うユボンを、ディレが睨みつけた。
「…ちょっとはオリーゴを見習って勉強したら?」
「うぐっ…んだよ、いいだろー? 今回の手柄のご褒美だよこれは!」
冷ややかな視線はなおも向けられている。
「わかったよ、わかりましたよ。 ついてないぜ…ったくよぉ」
「それでいいのよ」
なぜか自慢げなディレを恨み、がっくりと肩を落とすユボンであった。
「あ、あはははー…. じゃ、また夕食の時にね!」
ディレは女子寮、他二人は男子寮へともどっていった。




