#03 久々にありつけたご馳走
<フクス鉱力発電所前>
「管理棟もさっき見かけたけど、まだ新しい感じだったね。」
「確かになんていうか、思ったより綺麗だな。」
「そうね、もっと廃墟、って感じだと思ってた。」
目の前にそびえ立つそれは、市街地と同じように、事故を境にまるで時が止まったかの如く、当時の姿のままそこにあった。
発電機周辺には防波堤や管理棟、その他事務所らしき建物もあったが、途中すれ違った班に、発電機の調査を手伝うように言われて来たのだった。
「入口はあそこかな。ほかの班員の姿も見えないし、中に入って探してみようよ。」
「手伝って、って言われたのはここで間違いないし、きっともう中で調査を始めてるんだわ。」
「…うし、いっちょ行ってみっか!」
3人は武者震いをしながら、建物正面の大きな扉から中へと進んでいった。
元職員がそうしたのだろうか、出入り口には鎖が何重にも巻かれてあったが、先に入った班員が切断したとみられる形跡もあり、すんなりと中に入ることができた。
狭い廊下を少し歩くと、視界に収まりきらないほどの壺状の炉がおいてある部屋についた。
「うわー、すっげえなあ!」
―すっげぇなあ.
-すっげぇなぁ
思わずそう叫んだユボンの声が反響した。やはりこの部屋はかなり広いらしい。
「ちょっとうるさいよユボン。」
「あーいや、すまねぇ、ついな。」
そんなやりとりを見て、はー、っとディレは大きなため息をついた。
「ええと、事前に配られた館内マップを見ると、今私たちがいるのが鉱炉建屋。目の前に見えるのが鉱炉格納容器ね。」
「コーロカクノーヨーキ? 初めて聞いたぞそんなん。しかもマップなんて俺持ってねえ。」
「マップは文字がわかる隊員にだけ渡されたのよ。それに事前に館内については説明があったじゃない。」
「あはは、ユボンはずっと寝てたからね。」
「呆れた。この3年間の訓練で簡単な読み書きができるようになった隊員もいるってのに、少しは頭も使いなさいこの筋肉バカ。」
「ディレがいるからいいだろ、べつに。あ、っていうか筋肉バカってまた言ったな!」
不貞腐れたユボンに、真剣な眼差しでディレは言った。
「私がこの先もずっと一緒にいられるかなんて、わからないじゃない。今回もたまたま班分けが一緒になっただけだわ。」
「ま、まあ、この調査から戻ったらしっかりユボンも勉強するよね、ね?」
場を取り繕うとするオリーゴも未だ字を発音することすらおぼつかない状態だったので、その言葉はブーメランのように彼自身の心にも刺さっていた。
「…悪かったよ。それで、コーロカク、なんとかってやつ、結局なんなんだ?」
「鉱炉格納容器、よ。鉱物発電は、特殊な鉱物を高温状態にしたときに放出される莫大なエネルギーを得る発電方法なんだけど、高温状態っていっても火を使ったりするわけじゃないの。この格納容器の中にある圧力装置で、装置内にものすごい圧力をかけることで高温にする、ってわけ。これを鉱炉圧力容器っていうんだけど、う」
「ちょっとストーップ! もう、頭がこんがらがっちまって…。」
「仕方ないわね、ったく。それでね、魔物が損傷させたのがこの中の圧力容器。そこに亀裂が入って、中の圧力が完全には高まらずに、結果として有害物質が漏れてしまった、ってことなの。」
「あーそういえば、この建物も、外観は綺麗だったけど中に入ると結構傷が目立つな。」
「せっかくこういう施設をつくっても、魔物が一瞬で破壊していくんだね…。」
「でも、どうしてこの施設が狙われたのかしら。市街地を見たでしょ?やつら、普通の家は荒らした形跡がなかった。」
「そりゃお前、ここが電力を供給する特別なところだからじゃねえか?」
「ええ、確かにそれはあると思うわ。発電所を襲撃すれば、ここでつくられる電力に依存している国家に打撃を与えられる…。でも、やつらにそんな知能はないはず。生存本能に従うだけの下等生物だって教わったじゃない。」
不可解な点はそれだけではなかった。床には魔物のものと思われる足跡もあったが、それは圧力容器の方へと向かっていくばかりで、”帰り”の跡が見当たらなかったのである。
「それらの真相を調べるのも僕たちの任務だよ、さ、圧力容器の方にも行ってみよう。」
「んー…。腑に落ちないけど、とりあえずは進むしかなさそうね…。」
魔物の足跡が進む方に、彼らも歩いた。
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そうして3人は、円状のハンドルを何回転かさせてロックが開くタイプのノブがついてる、とても頑丈そうな扉の前に立った。
「よし、じゃあ開けるぜ。」
きつく締められたハンドルを力強く握り、ゆっくりとそれを回すと、徐々にその感触は軽くなり、10回転ほどしたところでカチッ、っとそれ以上回らないところで止まった。
「まあ、ほかの班員もなかにいるだろうし、今朝ぶりの再会っつーことで…。」
重い扉を手前に引くと、残った鉱物のものだろうか、鉄のような匂いがふわっと、気圧差によって吹く風にのって彼らの鼻腔をつついた。腐卵臭のような匂いも混じっているそれは、彼と彼女が初めて嗅ぐ匂いだった。
「…ってなんだよ鉄臭ぇなあ。」
「…硫黄みたいな匂いもするわね。」
眉間にシワを寄せる2人はまだ気づいていなかった。一方、その匂いに嗅ぎ覚えのあるオリーゴは一人、きっとその先に待っているだろう光景に、一人足をすくませていた。
「ちょ、ちょっと待って。中は暗いし、松明つけようよ。せっかく持ってきたんだし。」
「んぁ? あぁ、そりゃいいけど、お前足どうした? めっちゃ震えてんぞ。」
「あーえっと、さ、寒いから! さんかさっきよりひんやりしてるしさ!」
確かに、圧力容器の中からは冷たい風が吹き出してきていた。
「そっか? 具合悪かったら言えよ。にしても、こんな暗きゃ調査なんてまともにできんだろうに。」
「私たちもはやく協力しなきゃね。」
場を持たすための会話をしつつ、各々が持ってきた松明に火を点け、左手にそれをもった。
「こっからは念のため、剣も鞘からだしておくぞ。」
「そ、そうね。」
片手で剣を持ち続けるのは、女性のディレには多少つらいものであった。
気を取り直して、3人は扉の中へと歩を進めた。
「おーい、5班がきたぞー。お前らどこにいるー?」
「手伝いに参りましたー!」
…ドコニイルー? イルー?
…リマシター! シター!
ただ、力なく反響した声が帰ってきた。
「ねえねえ、あそこに見えるの、隊員じゃない?」
ディレがそう言って松明の先を向けると、確かに見えづらいが、人がうずくまっているような姿が見えた。
「本当だ。怪我でもしてるのかな、もっと近づいてみよう。」
「おおい、大丈夫かー?」
「救急処置なら任せて。私ちょっと行ってくる」
歩調を早めて、彼女はその人影に近づいて行った。
ぐにゅ
「きゃっ!」
なにかを踏んだ拍子にバランスを失い、慌ててついた足の先が滑りやすくなっていたのだろう。まるで体術で投げ飛ばされたかのようにディレは見事に転んだ。
「いたたた…。」
「ぷっ!」 「ディレ、大丈夫?」
「ちょっとユボン、今笑ったでしょ! あいたた、私は大丈夫よ、オリーゴ。」
ディレの持っていた松明は壁際の方へととんでいってしまい、彼女は自分の周りがよく見えない状態でなんとか立ち上がろうとした。
文字通り手探りで、手をついても良さそうな場所を見つけようとしたそのとき、先ほど自分が踏んづけたものに手が当たった。
掴んで持ち上げると、それは柔らかい感触のワインボトルのようなものであることがわかった。ボトルで言うところのコルクに当たる場所まで手を動かしていくと、その先は枝分かれしているようで、ほんの少し生暖かかった。
「ぷはははっ、ありゃ笑うって。 わりぃわりぃ、手ぇ貸そうか、って…え…?」
ユボンが近づいたことで、彼のもっていた松明の明かりが彼女と彼女が持っているそれを照らした。
「手ぇ貸す必要…、なさそうだな…。」
ディレが持っていたのは、肘から先の、人間の、腕、だった。
「きゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
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「さっさと亀裂の状態調べて帰るぞ、なんだかここ、気味悪いし。」
「だね、さっきから誰かに見られてる気がして寒気がするよ。」
「事前説明のときは、亀裂は正面扉の対角線上の壁にあるって説明されたよ。」
男たちは気だるそうに歩いた。一人があくびをすると、もう二人もそれにつられて口を大きく開けると、目やにのついた目を無造作にこすった。
「ここまでの道で魔物になんか遭遇しなかったんだ。そもそもこの地区にゃいないんだよきっと。」
「このあたりには有害物質が漏れてんだろ?魔物もどっかいっちまったのさ。」
「その有害物質っての、魔物にはきかねえらしいって話聞いてなかったのか?」
男たちも魔物に祖国を追われたものたちだ。奴らに対する怒りはあるだろう。しかし、もう何年もその姿を見ていない。決して忘れないと誓った、あの下劣なやつらの目。そんなものも、記憶の片隅に追いやられていた。
調査部隊に入れば、国の軍隊と同レベルの衣食住が確保される。男たちが入隊を希望したのは不純な動機だった。
今回の初調査のメンバーとして選ばれた上位100人の選考基準やその順位は、隊員たちには明かされていなかった。が、きっとこの男たちはぎりぎりの成績で入ったに違いない。そう言われても仕方のないメンバーだった。
「にしてもこんな大事なとこ、なんで俺たちに任せたんだろうな。」
「あえて一番やばそうなところ行かせて、捨て駒にされたとかじゃね?ぷひっ」
「もう適当な報告でっちあげるか! なーんてな。ぶはははは!」
冗談に聞こえない冗談を話すその男の口から、アルコールの匂いがぷーんとした。
「俺そういうのなら得意だぜ、ぷひひひひひひ。」
「………。」
「うるさいし臭いし、おまえら最悪だよ。」
鼻くそをほじり、それをデコピンの要領で同期の背中に飛ばすその男も大概最悪だ。
「魔物がでてきても、こんな連中に出くわしたら魔物の方から逃げ出すかもな。ぷひひひ。」
「………。」
「………。」
「なんだよお前ら、急に無視か?」
「………。」
「………。」
「んだよおい。」
「………。」
「………。」
「いつまで続けんだよ。いい加減にs…。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
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「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
ディレが放り投げた腕は、図らずもオリーゴの方へと飛んでいった。
びちゃっ
床に吐き捨てられたガムのようにおかしな格好のまま、腕はオリーゴの足元に転がった。
その手の人差し指の先には、ゴミがつまっているようだった。
「あ..あ,あ.......あれ......あれをみ.......見て.......。」
オリーゴは震える指で人影の方を指さした。
影はゆっくりと体を起こした。全長4mほどだろうか。全身を黒い粘膜に覆われたそいつは、まさに魔物というにふさわしい、おどろおどろしい姿をしていた。岩肌のようにごつごつした体表を、松明の火に照らされて黒光る液体がつたっていた。さっきまで見えていたのは影ではなく、この液体だったのだ。
腰の曲がった老人のような格好でそいつは立ち上がると、赤い目で3人を見据えた。獲物を見定める眼だった。




