#02 確かに存在した過去
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねえねえ、もっとおもしろい話ないのー?」
「そんなにねえってば。話し出してみると案外、自分で思ってるほど覚えてねえもんだな。ガキの頃の話ってさ。」
「あはは、そうだね。ユボンはむしろよく覚えてる方だと思うよ。」
人間は実は生まれてからの全てを記憶しているという説も巷にはあるようだが、耳を疑いたくなるような話だ。幼年期の話を親から聞き、全く覚えのないかつての自分の行いを他人事のように笑ってしまうときさえある。
「そういえば、オリーゴのご両親の話私聞いたことないわ。どんな方達なの?」
「僕ね、両親とも、もういないんだ。」
「そ、そうだったの、ごめんなさい。」
ディレはバツが悪そうに俯いた。
「いや、いんだ。僕がまだ小さい時に亡くなってるから、正直あんまり覚えてないんだよね。」
オリーゴは決して自虐的にではなく、優しい笑みを浮かべた。
「母さんは、僕を産んで間もなく亡くなったって父さんから聞いてる。赤毛が印象的な、綺麗な人だったんだって。お前の赤い髪を見ると母さんを思い出すよ、ってよく父さんに言われたよ。」
「オリーゴの親父さんな、俺も一回だけ見たことがあるけど、本当に優しそうな人だったぜ! 髭なんかも綺麗に整えちゃって、ダンディな人だなーって思った記憶がある。」
「はは、ありがと。確かに僕はあんまり父さん似じゃないかもね。」
「いや、結構似てんぜ?鼻の穴が2つあるところとかな。」
思わず吹き出したオリーゴの唾がユボンに飛んだ。
「うわぁおい! 汚ねえな!」
「ごめんごめん、つっこむところだったよね。」
2人が笑い合うその姿は、当事者だけが知る記憶の中で、完全に童心にもどっているようにディレの目には映った。
「私もオリーゴのお父さん見てみたいなー。」
「いつか故郷に戻れたら、父さんの絵を見せてあげるよ。家に残ってるはずだから。」
オリーゴの故郷、すなわちイグニスの国に戻れる日など来るのだろうか。誰もがそう思わずにはいられなかったが、それを口にするものはいなかった。
「その父さんも、僕が7歳のときに死んじゃったんだ。魔物に襲われて。」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ねえお父さん、どうしてもうお家を離れないといけないのー?」
「それはねオリーゴ、最近ここらでも魔物がでるようになって、このまま暮らすのは危険だからだよ。」
「でもお父さんは魔物をやっつけてるんでしょー?」
「そうだ、父さんはお前だけでなく、この街に住む人たちが安心して暮らせるように、魔物を倒している。」
「じゃあお父さんが魔物を全員やっつければいいじゃん!」
「お父さんも頑張ってるんだが、なかなか厳しい状況なんだ。」
「でもこのお家を離れるなんて僕嫌だ!」
母親を知らないオリーゴにとって、母親を感じられるのは住んでいる家だけであった。家を離れるということは即ち、オリーゴにしてみれば2度目の母親の死を意味するようなものであった。
「どうかわかってくれオリーゴ。もうこれは変えられないことなんだ。出発は明朝7時、三角広場に集合だ。」
「やだやだ! 僕、このお家を離れるもんか! お父さんは平気なんだ!お母さんをこの家に残していくことなんて僕はできない!」
オリーゴはそう言い捨てると、二階にある母の部屋へと走っていった。
「オリーゴ…。」
「ヒクッ、ヒクッ…お母さん、僕はいかないからね…。僕がお母さんを守るから。」
オリーゴは寂しくなると、母親が寝てたと聞かされていたベッドの中で、顔も知らない母親と会話するのだった。母親が生活していたという形跡が残るその部屋こそ、オリーゴにとっての母の象徴だった。
傍から見ればそれは、まるで胎内にいる赤子のようでもあった。
「僕は行かないよ、お母さん…。僕が…守る…か…ら……。」
高ぶった感情に泣き疲れたオリーゴは、いつの間にか眠ってしまっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ガシャン!!!!!」
突然の物音に、オリーゴは目を覚ました。
なんの音だろうか、一階のほうでしたのか?ひょっとして寝ぼけてまだ夢の中にいるのではないか?
「お父さん?」
暗闇に問いかけるも、なにも返事はない。
お父さんは気づかずにまだ眠っているのだろうか。それともやっぱり僕が夢と勘違いしているのか。
「お父さぁん!」
さっきよりも大きな声で、今度は問いかけというよりも投げかけるようにして声を出した。
「来るなぁ!!! オリーゴォ!!!!」
鬼気迫る父親の声に、オリーゴはなにかよからぬことが起きているということを感じ取った。
「お父さん!」
オリーゴの耳にはもちろん、先ほどの「来るな」という父親の声は届いていた。しかし、悲痛な叫び声ともとれるそれを聞いたオリーゴの体は、父親の願いとは逆の行動をとった。
「お父さん大丈夫? 今いくよ!」
「だめだぁ!! 来るんじゃない!! 逃げろぉ オリーゴォ!!!!!」
オリーゴは同じ階の父親の部屋へ向かった。
部屋の前まで行くと、扉の下の隙間からオリーゴの足元の方まで赤い液体が這うようにして流れていた。寝ぼけた頭でも、その液体がなんなのか、すぐ理解することができた。できたからこそ、自分が次にすべきことはわかりきっていた。父親を助けなくては。オリーゴは意を決して扉をあけた。
「来るなと言ったろ…オリーゴ…。」
暗闇の中で、父親が倒れている。部屋に漏れて入る月明かりが照らす父の顔は、とても安らかに見えた。
「どうしたの…父さん。」
月光に照らされた父の顔だけが最初目に入って気がつかなかったが、よくみると体の傷がひどかった。全身に付けられた無数の切り傷は、膿んだようにぐじゅぐじゅで、傷口からは黒い粘液が流れていた。
「説明している暇はない…いいか、よく聞けオリーゴ。」
「い、今助けを呼んでくるからね。そ、そうだ、ユボンの家に行ってくるよ、あそこなら近いs」
「私の話を聞くのだ、オリーゴ。もう時間がない。天は私を待ってくれない。」
「でも、でも…」
状況をうまく飲み込めないオリーゴだったが、自然と溢れる泪を止めることはできなかった。
「その泣き顔も、お前の母親そっくりだ。 よし…いいか、今から俺が言うことを忘れるんじゃないぞ。」
「ヒクッ…うん…わがった…。」
「これも全てあいつのせいだ…。」
「ヒクッ…ヒクッ…え…?」
安らかだった父の顔が一瞬、別人の顔のように見えた。父のそのような顔をオリーゴは初めて見た。
「いや……。 オリーゴよ…、明日お前は、きっとウェントゥス行きを言い渡されるはずだが、それを断りアクアへ行け。父親を亡くしたばかりのお前はきっと同情されるだろう。ユボン君と一緒のところに行きたいと言えば、きっと役人も目をつむってくれるはずだ。」
避難先の国の選択権は住民にはなく、もともとの住んでいる区域で政府が勝手に決めていた。
「わかった…アクアの国に行けばいいんだね…ヒクッ。」
「そうだ。あそこには…ゲホッ!」
「父さん!」
咳き込んだ父の口から、赤黒い痰が出てきた。オリーゴと反対側の床に吐かれたそれは、割れた窓から吹き込む風にぷるぷると揺れた。
さっきのでかい物音はガラスが割れたものだったのだと、このときオリーゴは気づいた。
「あそこには…、とにかく、対抗できる…術を…研究しているところが…あるのだ…。」
「対抗って、魔物に…っ!? 父さんをこんなにした魔物にっ!?」
「頼んだぞ、オリーゴ。お前だけは、生き残ってくれ…。」
父の耳はもう聞こえていないようだった。オリーゴの言葉には反応せず、一方的に話し続けた。
「安心しろ、オリーゴ。父さんは強い…。これくらいじゃ…死…な…。」
「父さん…? 父さん…?」
安らかな顔のまま、父の顔は固まった。瞳孔がぐぐーっと広がったのがわかった。それが何を意味するのかオリーゴにはわからなかったが、微動だにしない父と対照的に動くそれに、ちぐはぐな違和感を覚えた。
「父さん…。ねえ…。ねえってば…。僕がわがまま言ったから…? それなら謝るから…。」
頭の中がぐわんぐわんした。呼吸をするたびに、さっきまでは気にならなかった血の匂いに酔いそうだった。それに混じって僅かにする腐乱臭は、この切り傷の膿のせいなのだろうか。
「父さん…。エグッ…。ウグッ…ウッ!?!?」
急にこみ上げてきた胃の中の異物感に耐えられず、オリーゴは嘔吐した。
吐瀉物には、家を旅たつ前夜だからと父親が張り切って作ってくれたオリーゴの好きなシチューが、まだ消化途中の状態で混じっていた。小麦粉の塊のような部分は、おそらくつけあわせとして食べたパンだろう。
「ウプッ…父さん…。………。」
そこからどういう思いで過ごしていたのか覚えていない。気がつくともう夜は明けていて、ひとしきり泣いたオリーゴはやけに冷静になっていて、そのまま三角広場へと向かった。
冷たく、重たくなった父をそこに置き去りにするのは少々ためらわれたが、母親と同じところにいられて、むしろそれがよかったのかもと、無理やり自分を納得させた。
せめても、と母親の部屋から枕と毛布を持ってきて、父が寝やすいようにかけた。
一番乗りで着いた三角広場だったが、徐々にひとが集まってきて、ユボンと合流したオリーゴは、彼の家に事情を説明し、同行する許可をもらうと、父親の言うとおり、役人をちょろまかしてアクア行きの了解も得た。
集まった市民たちは、その日のうちに港を出発し、アクアの国を目指したのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「それから何日間か船旅をして、アクアの国の港に着いて、ちょうどこの道を通って難民キャンプまで向かったんだ。」
「こいつすごかったんだぜ、船の中で何回も、『ユボンだめだー、気持ち悪いー』って、俺にゲロがかけてきたんだ。」
「ちょっと、勝手に話を変えないでよ!かけた覚えはないよ!」
重たい話に耐え切れずジョークをとばしたユボンであったが、真剣に話を聞いていたディレには聞こえないようだった。
「そう…。大変な思いをしてきたのね…。」
「んーまあ、そういうこともあって魔物を許せない、っていう気持ちが強くなって、今に至るって感じかな。」
「今のオリーゴは、そんな復讐心に燃えてる、って感じもしないけど…?」
「さすがに時間が少しは癒してくれたからね。でも、やっぱり怒りとかやるせなさとかはあるよ、まだ。」
現に、そう言うオリーゴの拳は無意識に力が入り、小刻みに揺れていた。
「そっかー、そうよね。…お父さんが言っていた、対抗する術を研究しているっていうのは、結局どこのことだったの?」
「それがまだわかってないんだー。候補生時代に教官に聞いたこともあったけど、そんなもんは知らん!って一蹴されちゃってさ。」
「でもオリーゴが7歳の時って、今から10年以上前でしょ? もしかしたらそこが大きくなって国営の研究施設になったんじゃない?」
「でもそれだったら、知ってる教官がいてもおかしくないはずなんだけど…。」
「んー…。ま、それはそれとして、ようやく、アクアの国に2人はやってきたわけね。」
「今まで避けてきた話題だったから、ディレが知らなかったのも無理ねえわな。実際、オリーゴの親父さんの詳しい話、俺も今初めて聞いたぜ。」
「私、2人のこと全然知らなかったんだなーって、少し情けなくなるよ。」
アクアの国に2人が着いてすぐの頃、ディレと出会った2人はよく3人で遊んでいたが、1年と経たずしてディレは2人の前から姿を消した。最初は不思議に思った2人だったが、理由はすぐに分かった。無垢な子供には酷なものだった。
「小さい頃に遊んで以来、ディレとはしばらく会ってなかったもんね。」
ディレの両親が、難民キャンプに住む2人と遊ぶことに反対し、目を光らせるようになったのだった。
確かに難民キャンプの近くは治安の悪化が懸念され始めており、近隣住民はナーバスになっていった時期でもあった。
「まあでも、そんな俺たちとディレが調査隊で再開できるだなんて、奇跡だよな。」
難民問題について勉強していたディレは、難民が対象となっていた募集枠に身分を偽って応募。もともと経歴不問の募集枠、少し裏金を渡すだけで入隊することができた。
「これをきっかけに、もっと2人のこと知りたいなー。ねね、そのあとの話も聞かせてよ!」
「そうだね、でももう発電所が見えてきてるよ?」
発電所の煙突とみられるものが、林の木々に遮られつつも姿を現していた。
「えー、せっかくいい機会だと思ったのに。」
口を尖らせるその仕草に、オリーゴはまた吹き出してしまった。
「うぉい! だからきたねえって!!」
「はいはい、ごめんごめん。僕の話ならまた追々話すよ。」
「はいはいって、お前なぁー…。」
呆れられたことが心外だと言わんばかりに、ユボンは不服そうな顔をした。
「これからは少し気を引き締めていこう。他の班がすでにまわったところだとは思うけど、今度こそ本当に魔物がでるかもしれない。」
3人が発電所を見やった姿は、時折見せる幼さを全く感じさせないものだった。
発電所にはなにが待っているのか。その緊張感が3人を足早にさせた。
今回の任務の第二の目標、発電所を調べ復旧再開を計画する材料を集める。その舞台は、もうすぐそこに迫っていた。




