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#01 血に飢えた天才

  文後998年、1期生入隊から1年の月日が流れたとき、ついに初調査が行われた。この時オリーゴは21歳になっていた。

  調査隊結成から3年、魔物の生息域拡大はとどまる事を知らず、今回オリーゴ含む1期生が調査を命じられたのは、特に被害の大きかったフクス地区であった。


  フクス地区は、イグニスの国との貿易港からすぐ近くのところであり、オリーゴ自身もアクアの国に避難してきた時に通りかかった場所であった。人里離れたフクス地区には、アクアの国を支える巨大な発電施設があったのだが、住民および従業員が避難をしたために、その施設は閉鎖され、運転再開のめどはたっていなかった。

  当然、それによる経済に対する推定損失額はかなりのもので、今回の調査の目的は、一つに実態把握、そしてもう一つは再稼働までのビジョンを明確にすることだった。かくして、一期生のうち特に成績が優秀だった上位100人が現地へ向かった。


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「ふぅ、今日はもう秘術はつかえそうにないな。さすがのお前もきついだろ、オリーゴ」

  そう言いながら人一倍汗をかいている男の名はユボン。オリーゴとはイグニスの国に住んでいた頃からの幼馴染の仲であった。彼は戦闘術に長けており、見事上位100人に入ることができたのだった。


「それ本気で言ってるの?オリーゴがこれくらいでへこたれるわけないじゃない」

 そういってブロンドの髪を揺らしながらふふっと笑う女の名はディレ。彼女もまたオリーゴ、ユボンの友人と呼べる存在だった。ディレとはアクアの国に避難してきて出会ってから、年頃も近いことからよく話す仲になった。アクアの国の生まれで、3人のなかで唯一文字が読めるディレは、候補生時代に高度な医療知識を身につけており、それが認められて彼女もまた精鋭メンバーに選ばれたのである。


「あはは、そうだね、僕はまだ平気だよ。少なくとも汗だくのユボンよりはね」

  そう言ってユボンをちらりと見て悪戯そうに微笑む青年の名はオリーゴ。彼は一番難しいとされていた秘学で秀でた才を発揮しフクス地区行きのチケットを手にしたのだった。


「それにしても、ここからは3人1班で行動するように、って言われたときはどうしようかと思ったけど、お前ら2人と同じになって本当よかったぜー」

「私はこんな筋肉バカと一緒なんてごめんだったけどね。ここまでの移動だけで息切れしているようじゃ、この先が思いやられるわ。」

「仕方ねえだろ?零式クレイパーは秘術を原動力として動いてるんだから。足で漕ぐんだったら誰にも負けねえけどよー」


  零式クレイパーとは、鳥の形を模した乗り物であり、丁度鳥の頭のところに操縦席がある。そこで操縦士は秘力を運動エネルギーに変える術を使って飛ぶわけだが、秘学を落単スレスレの成績で突破したユボンはこれがたいそう苦手であった。


「まあまあ、実際に魔物にであったらユボンに守ってもらうってことで、ね、ね!」

「それはそうだけどさー。魔物が出そうなところはほかの班が行っちゃったし、なーんか暇よねー。あーあ、私も生で魔物見てみたいなー。」

「ならさ、あとで僕らも発電所の方に行ってみよっか!あの人数じゃきっと時間かかるだろうし。」

 3人が歩いていたのは、発電所から少し歩いたところの市街地だった。

「そうだなー。ざっと見、閑静な住宅街って感じしかしねえし。」


  そう、そこは閑静どころか、物音一つ聞こえず、まるで街全体が死んでいるように静かで、そして冷たかった。


「ここの町の住民も気の毒よね、魔物の被害もそうだけど、安全とされていた発電所から有害物質が漏れて、居住禁止区域になっちゃうなんて。」


  フクス地区の発電所では、高温で熱すると多量のエネルギーを得られる鉱物を使った鉱熱発電を行っていた。完全な高温で熱しないと有害物質が鉱物から出てしまい、これが人体に被害をもたらすとされていたわけだが、魔物が発電所を襲撃した際に、機械が損傷し完全な高温が出ず、その有害物質が市街地にまで広がってしまったのだ。

  タチが悪いことに、この有害物質はほかの物質に吸収されると、その後時間をかけて再度空気中に徐々に放出されて、この自然放出が終わるまでそこで人間が生活することが不可能になってしまうのであった。不思議とこの物質は魔物には効果がないのか、発電所付近にも魔物は依然として生活していたようだった。


「見てみろよ、あの家の庭なんか、作りかけの遊具まであるぞ。ああいう生活感がまだ残ってるのを見ると、なんだか急に寂しくなっちまうよな。」

  そう言ユボンの瞳の奥には、かつての平和だった暮らしを懐かしむ温もりがあった。

「あ、ほんとだ。その横にある犬小屋もなんだか手作りっぽいよ!すごいなー。ん…?」

「どうかしたの?オリーゴ」

「いや、犬小屋の中になにか見えた気がして。」


  瞬間、3人の顔つきが真剣なものとなった。ここはすでに魔物出現域。いつどこでやつらが出てくるかわからないのだ。

「俺、確かめてくるよ。」

  戦闘の得意なユボンは徐々にその犬小屋に近づいていった。小屋の中に潜む”なにか”は、丁度作りかけの遊具の影と被さって、近づいていってもはっきりとは見えなかった。


「ふー。…よし!」



  一度深く息を吐くと、ユボンは剣を握る手に力を込め、思いっきりその小屋の天井を跳ね飛ばした。


「っ!…これは…!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  少し離れたところで待っていた2人に、ユボンは神妙そうな表情を浮かべながら近づいた。

「ど、どうしたのよ、なにがあったの?」

  いつもはユボンと張り合うくらい威勢のいいディレも、その語調は普段のそれとはうってかわって弱々しかった。

「いやな、あの小屋の中には、大きさ的に子供のものと思われる死体があった。んで、その死体のすぐ近くに、こんなものも一緒に置いてあった。」

  2人の前に、ユボンはドス黒く変色した冊子を開いて見せた。



「ちゃんとクレヨンみたいなもんもあったぜ、そっちの方はいらないと思ってもってこなかったが。」

「これはなんの絵だろう…?」


  見開きのページには、黒い犬のような生き物が、なにやら赤い果物を貪っているような場面の絵が描かれていた。


「魔物…よね、たぶん。」

「ああ、俺もそう思った。2人、とくにディレに見て欲しいのは次のページだ。」

  ユボンがページをめくると、その弱い振動でほかのページが腐り落ちた。


「ここに書いてあるの、文字、だよな。ディレ、読めるか?」

「子供の字だからだいぶ崩れてるけど…ちょっとまってね。」

  ディレは一文字一文字、時に指でなぞるような仕草も見せつつ、慎重に文字を追っていった。


  「最初の方は腐敗もあって読めないけど、後半はわかるわ。



    『オトオサン オカアサン タベタ』


                  …」


  オリーゴの背中にぞわっとする心地悪さが走り抜けた。ねずみほどの小動物が、背骨を一本道に見立てて素早く移動したような、何とも言えない感触だった。


「さっきの絵の犬が食べてた赤いあれってまさか…」

「可能性は十分にあるだろうな。これまでに犬型の魔物も報告されているし、あそこの犬小屋で飼われていた犬が関係しているのかもな。」

「で、でも普通の生き物が魔物になるなんて聞いたことないよ?」

「……。」


  重たい空気が流れる中、ディレが口を開いた。

「さっきの犬小屋の中に、この子の死体があるって言ってたわよね?」

「ああ、つってももう白骨化してたけどな。」

「じゃあその子の骨、遊具のあたりに埋めていかない?」

「…そうだな、そいつぁ名案だ。」

「うん、僕もそれがいいと思う。」


  オリーゴは先ほど地面に落ちたページを拾い上げ、ユボンに渡そうとしたが、ディレがそれを制止して言った。


「待ってオリーゴ。そのページ、とくに汚れていて見づらいけど、なにか書いてあるみたい。」

「んまあなにか書いてあるようにも見えるけどよ、でたらめになんかの模様でも書いてあるんじゃねえか?」

「いいえ、文字のように見えるわ。単なる模様じゃない。オリーゴ、その紙180度回転させて私に見せて。」

「回転させてっと…。これでいい?」

「そう、それでいいわ。確かになにか書いてあるようなんだけど。」

  ディレはまた指で字をなぞり始めた。その指が左から右へすーっと移動すると、次の行に移った指はまた左の最初の方へ戻り、すーっと右へ移動した。


「なあもういいだろディレ。なにも書いてないって。」

「しっ、静かにユボン。」

  ディレに代わってオリーゴがユボン注意した瞬間、ディレの指がプルプルと震えだした。


「なにかわかったの、ディレ。」

「…この文章、普通の書き方と違うの。全部の文字が上下ひっくり返って逆になっているからぱっと見変な模様にしか見えないけど。」

「それでさっき紙を回転させてたのか。」

「そう。しかもね、普通文章を書くときは左から右に書いていくんだけど、この文章は右から左に読むと意味がわかるようになってたの。」

  ゆっくり、どもるような話し方で、ディレは少しずつ話し続けた。

「私も、べつに読めたからといってその意味まではわかっていないの。それでも一通り読み上げるから、よく聞いててね…。」


  2人が耳を傾ける中、ディレは落ち着いて続けた。





「殺してごめんなさい

 食べてごめんなさい

  食べ(てごめん)なさい


 殺してごめんなさい

 食べてごめんなさい

 食べてごめんなさい


 罪深い私を、アリクイド様、どうかお許し下さい。

 どうかお許し下さい。お許し下さい。お許し下さい。」





  オリーゴの背中を、さっきよりも強い悪寒が通った。と同時に、今度は一瞬喉を強烈な乾きが襲った。難民時代に、自由に水を飲めるインフラが整っておらず、充分水分をとれなかった時期もあったが、そのときの乾きとは比較にならないほどのものだった。


「途中一箇所、汚れで読めない箇所があったけど、おそらくは”てごめん”が入ると思うわ。その後に同じフレーズが出てくるもの。」

  努めて冷静を装ったディレであったが、筆者の生の声を直接読んだ彼女の胸の内は誰よりも血生臭くなっていた。


「き、気味悪いし、さっさと埋めて立ち去ろうぜ。」

「う、うん、僕もそれがいいと思う。」

  先ほどの重さに加え、淀みに似た感触が3人にまとわりついていた。

  今度はだれも口を開かなかった。ただ3人が黙々と埋葬作業を行っていた。


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  盛土まで作り終わり、誰が合図するわけでもなく皆が一斉に手を合わせると、じっとりとした淀みがいくらかマシになったように思われた。

「案外時間くっちゃったし、このまま発電所まで行くか?」

「そうね、今出れば夕方には着けるだろうし。」

 日は徐々に西に傾きつつあったが、厚い雲に遮られた空は、正確な時間感覚を狂わすようだった。

「うん、僕もそれがいいと思う。」

「オリーゴ、さっきからそればっかり言ってるぞ」

「え、そうだったかな、全然意識してなかった」

  その何気ないやりとりが、さっきまでの緊張で絡まった糸をほぐした。

「俺たちが難民キャンプまで歩いて行った時の道、途中まで通っていこうぜ。」

「そうだね、あそこはある程度舗装されているし、いいんじゃないかな。」

「なになに、2人が通ってきた道?私も歩いてみたいなー。案内役がいれば安心だしね。」

「よし、それじゃあ出発するか、この雰囲気ふっとばすためにも、俺らの思い出話に花でも咲かせますかね~?」

 にまーっと片側の広角をあげ、チャームポイントの犬歯を見せながら、ユボンはオリーゴに視線を移した。

 「残念だけど、僕はそんなに小さい頃のことを覚えてないよ。」

 そう言い合う青年たちは、青年というよりは少年という言葉がお似合いだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 こうして、 少々幼さも感じられる3人は、もと来た市街地の道を後に、発電所へと向かうのだった。


誤字脱字がひどい…。気になるところはそっと目をつむってください笑

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