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#00 プロローグ

 

「お願いします…どうか、どうかこの子だけはお助けください。慈悲深いアリクイド様、どうか、どうかお助けください…」

 そう繰り返す女性の両手には、本能的な危機を察知してか、甲高い声で泣きじゃくる赤子の姿があった。

「ほう…どんなものかと様子を見に来たら、こんなところにまだ生き残っているものがいたか。」

 黒いローブに身を包み、三角帽子を目深にかぶったその者は、声から察するに中年の男性と思われた。


「ふむ、たまには気まぐれで動くのもおもしろそうだ。よかろう、かのテンプスが私にそうしたように、その願いを聞いてやろう。」


 中年の男がそう言うと、女性は泪をいっぱいに溜め込んだ目でその男を見上げた。一瞬、フッと風が通ったかと思うと、女性の目の前に男の靴が現れた。緑色のカーペットが黒ずんでいった。


「安心しろ、お前もこの子のなかで生き続けることだろう。」

 大口を開けて泣いている赤子のその口に、赤い流動体が運ばれた。

 そして女性に変わってその赤子を抱きかかえた男は、崩落する都市を背に、闇夜へと消えていった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「鬼水特殊調査部隊ノ入隊希望者ヲ募集ス 年齢資格、ソノ他経歴一切問ワズ」


 青年はそう書かれた張り紙の前で立ち止まると、じっとそれを眺めていた。いつからそこに張り出されていたのだろう。張り紙には見るからに勇ましそうな見た目の男性の絵が描かれてもいた。


 そのポスターを穴が開くほど目を凝らして見ていた青年の名はオリーゴ。難民キャンプが前身のスラム街で育った彼は文字の読み書きができず、自分の名の綴りもわからなかった。もっとも、その街では文字の読み書きができない者は彼だけではなかったわけだが。


 たまたまそこを通りかかった知識人(街のレベルではの話だが)に彼はポスターの内容を教えてもらい、ようやくその内容を理解することができた。


 ここ、アクアの国は、20年ほど前から現れるようになった魔物の被害に苦しんでいた。魔物がよく出るとされていた森の入口などには大掛かりな監視塔がつくられ、国に被害が及ぶことはなんとか免れていたが、魔物の出現範囲は拡大し、やつらの実態を探るための策が緊急に求められていた。


そこで政府が打ち出したのが、スラム街の難民を有志で募った調査隊を、魔物がよく出る場所へ派遣するという策だった。


 議会では、難民に限定して募集の対象にすることは差別的だとする反対意見もでたが、財政を圧迫する難民を少しでも排除したいという世論の後押しもあり、「入隊を希望するものは」という文言を付け加えることでなんとか同意に至ったのだった。


 海峡を挟んだ隣国、イグニスの国の難民が集合して暮らしていたスラム街にそのことを知らせるポスターが貼られたのは、つい昨日のことであった。


 青年は覚悟した。自分の祖国を崩壊させた魔物への復讐心を胸に、入隊を決意したのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 この世界は、「アリクイド」という超越者が創造した。原始、無から生まれたアリクイドは孤独だった。なぜならそこは、無にアリクイドがいることでかろうじで有が成立している、まだ世界と呼べるような場所ではなかったからだ。


そこでアリクイドは、その力でまずは自分以外の「有」を生んだ。臣下「アリクイス」たちである。彼らは毎日のように語り合い、楽しんでいた。この先は諸説あるが、いずれにせよ、彼らの働きにより、今我々が生きているこの世界の諸要素が揃っていき、今に至ったのだ。

 


 時はうんと下り、文後934年(アリクイドらの誰かが人間に「文字」を授けた時を起点とした年号)、ある出来事が世界中に波乱を呼んだ。


 テッラの国が政府推進で行っている一大事業である地下遺跡の発掘調査中、人間にとって未知の文字の書かれた石版が見つかった時分のことである。アリクイドらによって文字が人間に与えられる前、つまり文前の時代の遺跡のはずなのに、その石版にはなにやら情報伝えようとする文様が施されていた。

 

 アグノス文字と後に呼ばれるようになったそれが記された石版を調査員たちは国の研究施設に持って帰り、解読を試みたが、なにをどうしてもその解読は不可能だった。そもそもこの世界の住人は単一言語でしか情報のやり取りをしていなかったため、異言語を研究する術の蓄積がなかったのだ。



 それから間もなく国立の研究センターがその解析を諦め、民間の協力を仰ごうと石版が一般公開されるようになって、事件が起きた。その石版をひと目見ようと見物客が集まる中、それまでの喧騒としていた群衆が一転、急に静まり返ったかと思うと、次の瞬間、そこは血の海になっていたのだ。


 …いや、正確には、血の海になっていた「らしい」のだ。なぜ「らしい」という言い方をするかというと、それを実際に見たものはおらず、遅れてやってきた見物人の証言にもとづき調査報告がまとめられ、この情報が確かなものという証拠はないからだ。


この事件は「血海の大逆」として、この世界で知らないものがいないほど有名な事件となった。


 大規模な自爆テロ事件が起きたものとして最終的には処理されたが、次の3つの点で謎が残っている。


第一に、自爆テロとしか言いようのない惨状だったにも関わらず、爆弾を使った形跡がないこと。


第二に、仮に自爆テロだったとしても、どのような人物が何のために行ったかが不明であること。


そして第三に、そこに居合わせていたであろう人物の遺体が1人分だけ残されていなかったこと。


 石版はその爆発の衝撃で木っ端微塵になったと報道されたが、石版を盗むための爆破だったのではないかとも噂された。ともかく、この事件はテッラの国だけでなく、アクア、イグニス、ウェントゥスの国にも広まり、世間を騒がせた。


 我々人間とアリクイドらの間には越えられない隔たりがあり、頭の中で存在を認めることでしか彼らとつながりを持てない、というのが石版発見以前の通説だった。だからこそ人間はできるだけ彼らをよく知るために、力学や秘学を研究し、彼らの叡智へと近づこうとしてきた。


 しかし石版の発見が新たな説を生んだ。それは、解読できなかった文字はアリクイドらが使用していた文字であり、私たちの認識に加え文字を通して彼らとつながることができる、とする説だ。それまで見たことのない文字、奇妙な事件を呼んだ石版、それらの事象から、あの石版と書かれた文字はアリクイドらに近づく新たな方法として注目を浴びた。


 もっとも、肝心の石版は壊れてしまった(あるいは盗まれた)ため、残された資料をもとにしたレプリカがもっぱら研究資料として使われた。


 それからさらに時は下り文後967年、各地で奇怪な見た目をした生物の報告が相次いでされるようになった。報告数が増えるにつれ、その生物の被害にあったという事故も増えていき、その被害は大きくなるばかりだった。


 真っ先に崩壊したのはテッラの国。災害対策として用意していた巨大シェルターに国民を随時避難させている途中だったらしいが、どうやらそれも失敗したらしい。他国の偵察隊が文後978年に調査に向かったところ、巨大シェルターの唯一の出入り口は開いており、50m離れた地点にも鼻をつんざくような異臭が届いたということだった。


 次に崩壊したのはイグニスの国。テッラの国と地理的に近かった(大きな川を一本挟んだだけ)イグニスの国は、テッラの国の状況を素早く察知すると、アクア、ウェントゥスの2国と協定を結び、国民をその2カ国に避難させる許可をもらった。


もちろんその代償は大きく、イグニスの国はその経済力や研究資材など、国を国たらしめているもの全てを失った。 さらに、身1つで避難を余儀なくされたイグニスの国民たちは、避難先の国で迫害を受け、多くが飢えや民族間の衝突で亡くなっていった。これが文後984年のことである。


 残されたウェントゥス、アクアの国は、各地で出没する奇怪な動物たちに関する情報を共有し、お互いにこの危機に立ち向かうという条約を結んだ。もともと友好関係にあった2カ国のやりとりはスムーズに行われた。


 魔物と呼ばれたその奇怪な動物はさまざまな種類がいることがわかった。人型のもの、四足歩行のもの、蜘蛛の形によく似たようなもの。しかし彼らの生態には謎が多く残っており、それを解明するためにも調査隊が不可欠になったのだった。


 危険が伴う調査隊を進んで希望する国民は少なく、それまで虐げてきた難民を募集の対象に選んだアクア政府のやり方はいくらか外道ではあったが、国民の安全のためにはやむを得ない決断だったのだろう。


 そうして集まった入隊希望者の前で国王は調査隊の重要性を語り、激励の言葉を送った。

 オリーゴにとっては難解な単語が何回も出てきて、ありがたい国王のお言葉も、半分ほどは理解できないでいた。

 

 文後995年入隊、鬼水特殊調査部隊第1期生の誕生であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 隊では様々なことを教わった。その中でも特に重要だったのが戦闘術、医学、秘学の三つであろう。

 魔物にどう対処すればいいのかという戦闘術は、交戦が予想される調査隊には必須だった。

 そしてそこでもし負傷してしまった場合、適切に治療するために、医学もなくてはならないものだった。


 隊員たちを苦しめた一番厄介な科目が秘学だろう。アリクイドが人間に授けた最も偉大な贈り物、それが秘術だった。


 頭の中の認識として存在するアリクイドらと交信することで、その力の一部を借りることができるという、広義の戦闘術や医学にも相当する秘術は、理論がまだ完全に確立したわけではなかった。こうしたらこうなった、という経験則をもとに体系づけられた秘学は感覚的なもので、その感覚がわからない隊員はその習得に苦労した。


秘術は使い方によっては大変危険なため、この技術を教わるのは軍人に限られていた。また、その方法を許可なく外部に漏らすことも固く禁じられていた。

 


スラム街の識字率は低く、文字を使った説明が制限されていたことも隊員教育を難しくしていたが、調査隊一同は着々と調査のための実力をつけていった。



誤字脱字を見つけ次第修正しています。

見やすいように改行等の編集をあとでしなおすことがありますが、文章自体の改変は行いません。


2018.10.13.16:18 誤字の一部を修正しました。

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