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 薬師の一族は貴族ではないから身の回りのことは自分でするようにしている。

だが、ときどき寝食を忘れて研究に没頭してしまうから申し訳程度に執事や侍女を雇っている。


「お嬢様! 何を詰めていらっしゃるのですか!?」


「何って、ハーブティーよ。これなら持っていても怪しくないでしょ?」


「えぇえぇ、確かに怪しくありませんよ。長期の旅行のときにはお気に入りの茶葉を持つこともあったりすると聞きますから」


「そうでしょ?」


「それは()()()()()の茶葉の場合でございます」


 服が入っている旅行鞄よりも大きい鞄に瓶詰の茶葉が隙間なく入っている。

瓶には蓋ギリギリまで茶葉が詰められていて開けたら、そのまま吹き出しそうな感じだ。


「だから()()()()()の茶葉を鞄に入れているのよ」


「だいたい、そういうのは、ひとつかふたつの話です。誰が棚にある茶葉全部を持っていくのですか」


「仕方ないじゃない。どれかひとつなんて選べないもの。どれもわたくしが年月をかけて最高級のものを世界各地から集めた選りすぐりの茶葉なのよ。帝国でも同じものが手に入るなんて保障はどこにもないわ」


 その鞄の中の茶葉だけで家が建つと言われるくらいに高価なものが揃っている。

財力だけで言えば帝国でも十分に手に入るが、それを手に入れてくれるかどうかは別問題だ。


「これは何があっても持って行くわよ。命にも等しいものなんだから」


「はいはい、分かりました。没収されるかもしれませんけど荷物に入れときますね」


 最終的には服を詰めた鞄の数よりも茶葉を詰めた鞄の方が多くなってしまった。

本当なら手塩にかけた毒草たちも連れて行きたいが、さすがにそれは無理だと言うのは分かっている。

そんなものを持っていたら皇帝を暗殺する気かと疑われてしまう。


「・・・・・・お迎えに上がりました」


「荷物はこちらになります。よろしくお願いいたします」


 グリフィカの父と兄は今生の別れになるかもしれないのに、研究で手が離せないということで見送りには出ていない。

仕方なく執事と侍女で形ばかりの見送りをした。

自身も薬師であるから分かるが、上手くいきそうなときに手を離すなど死んでもしたくないものだ。

騎士の介助で馬車に乗ると、窓から家を眺めた。

荷物だと用意されている鞄を持ち上げようとして、あまりの重さに騎士たちが呻いた。

持ち上げられないということはなかったが、この鞄の重さに心当たりがなく、しばらく騎士たちの間で噂になった。

順調に馬車は進み、王城の正門に着くと、見送りのためにローランドとシルヴェリアがいた。


「思ったより顔色が良くて安心いたしましたわ」


「あぁ、これで心置きなく送り出せるというものだ」


「わざわざお見送り感謝いたします」


「今回のことは急に決まったことであるから国王陛下と王妃陛下も公務で都合が付かなかった。国のために帝国に行くというのに見送りが私たちだけということになり申し訳ない」


「第一王子殿下が謝罪されるようなことはございません。このように国を挙げて送り出していただけることに万感の思いがこみ上げてまいります」


 帝国の馬車が到着すれば荷物を積み替える必要があるから一度、馬車から降ろす。

経験しているからか呻き声は聞こえなかったが荷物の重さに辟易しているのは手に取るように分かる。


「本来ならば謁見をしてという手筈だが、皇帝陛下より一刻も早く国に戻らねばならないという書状をいただいているため、ここで別れとなる。何か伝えることがあれば聞いておくが、あるか?」


「伝えることではありませんが、池に新しい鯉をお願いします」


「鯉? 分かった。手配しよう」


 他に何も話さずに皇帝の到着を待った。

静かな時間ではあったが、必要な時間でもあった。

王でも王妃でもない第一王子ができることも、その婚約者ができることも、たかが知れている。

そのまま処刑の流れを止めるだけでも大変なことだ。


「・・・来たようだな」


「グリフィカ様、お元気で」


「ありがとうございます。シルヴェリア様」


 馬車から降りた皇帝は簡単にローランドへ挨拶をして、馬車にグリフィカの荷物を運ぶように指示した。

見た目からは想像できない鞄の重さに騎士は怪訝な表情をして皇帝に確認を取る。


「お話し中、失礼いたします」


「どうした?」


「はい、グリフィカ薬師のお荷物に不審な点がございますので中を改めさせていただければと存じます」


「だ、そうだ。どうかな? グリフィカ嬢」


「構いませんわ。どうぞ、全ての荷物を改めてくださいませ」


 不審な点と言われてもグリフィカには焦る様子はない。

それでもローランドとシルヴェリアは毒など持ち出せないことは、分かっていると知っていても不安は隠せない。

グリフィカの道中の世話のために帝国より連れて来た侍女立会いの下、鞄は開けられた。

重さの正体は異様な数の茶葉だ。

量は凄いが、侍女も見慣れた茶葉で、これが危険であるとは言えなかった。


「確認ができました」


「それで? どうだ」


「はい、中身は服と茶葉でございました」


「茶葉?」


 正体が茶葉だと知ってローランドとシルヴェリアは深く溜め息を吐いた。

きっとあれもこれもと詰めているうちに、とんでもない数になったのは手に取るように分かる。


「グリフィカ様」


「はい」


「茶葉は()()()()()のものだけを厳選するのですわよ」


「えぇだから泣く泣く戸棚の半分の茶葉は諦めましたの。これ以上は鞄に入らないと言われてしまって」


 どこかの行商かと思えるくらいの量に眩暈を起こすが、本人にとっては少ないらしい。

見た目が完全な茶葉であるから量はともかく危険なものを持ち出そうとしているとは言い切れない。

仕方なく全部、持ち出すことを許可した。


「では、時間もないことなので、ここで失礼する」


「我が国まで迎えに来ていただき国王に代わり感謝を述べさせていただく」


「行くぞ」


 馬車に乗り込もうとしてグリフィカを乗せていないことに気づき戻った。

グリフィカとしては、それに何の思いも抱かなかった。

号令と共に馬車は動き、王国を出発した。

ユリスキルド帝国までは馬車で二週間という道のりだ。

領土を拡大している最中に一か月もの期間、城を空けるというのは危険だった。

馬車の速さは皇帝の焦りを表していた。

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