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ドレスから囚人が着る白い服に着替えて、謁見室の一番下で大人しく声がかかるのを待つ。
両側を固める騎士はグリフィカを縛っている縄を持って逃亡しないように見張る。
「グリフィカ・ヴェホル薬師、婚約者であるジュドア・モルドスキュー殺害未遂により国外追放とする」
「・・・謹んでお受けいたします」
「追放先はユリスキルド帝国」
「一週間後、皇帝が迎えに来られる」
頭を上げることが許されていないから俯いたまま話を聞いていたグリフィカは耳を疑った。
国外追放ではあるが、実質は帝国への嫁入りだ。
この一晩で何があったのか、そして、何が動いたのか、知るすべがないから混乱を極めていた。
グリフィカからは見えないが、宣言をしている王は苦い顔をしており、王妃は楽しくて仕方ないという顔をしていた。
「顔を上げなさい、グリフィカ」
「はい、失礼いたします」
「このたび、ユリスキルド帝国より国交の証として薬師を一人、派遣して欲しいと申し出がありました」
王はそれが事実だとして黙っているが、本意ではないと顔に書いてある。
その申し出から全て王妃が面白くて仕方ないとばかりに話している。
「王家に仕えている薬師はヴェホル家とケルシー家のふたつ、皇帝は派遣と申しておりましたが、実質は嫁入りを希望されている。皇帝と年が近いのはグリフィカとルベンナだけ、でも相思相愛であるジュドア殿下とルベンナを引き裂くなど心痛くてとてもできませんわ」
ルベンナにはジュドアと恋人同士ではあるが、婚約者はいない。
本当ならルベンナを嫁がせる方が話は早いし、王はきっとそうしようと考えていたに違いない。
それが今回のジュドアの自作自演で暗礁に乗り上げた。
「それにユリスキルド帝国と言えば、領土を拡大している真っ盛りではありませんか。そんな強豪国になりつつある国に生半可な薬師を派遣することもできませんでしょう。だからこの国一番と謳われているグリフィカを推挙いたしましたの。受けてくれるかしら?」
「はい、それがこの国のためになりますならば、お受けいたします」
「ほら! 言ったでしょう。グリフィカならきちんと考えて了承してくれると。わたくしの目に狂いはありませんでしたわ。ねぇ陛下」
「・・・そうだな」
グリフィカが国外追放になるのなら、そのまま帝国へ嫁がせようと考えたのは王妃だ。
いや、国外追放に減刑して、帝国に嫁がせると考えたのが正しい。
王はルベンナを嫁がせて、グリフィカには殺害の意思はなく分量を間違えたため起きた悲劇として終わらせようと考えていた。
だが、王の考えを実行するにはルベンナでは問題があったため断念せざるを得なかった。
「皇帝陛下がいらっしゃるまでに荷造りを完了させるように」
「かしこまりました」
「これで我が国も安泰ですわ。いつ宣戦布告を申し出られるか不安な毎日でしたけど、グリフィカなら安心ですわね。陛下」
「あぁ」
今まで自分の邪魔をしてきたグリフィカを公式に外に出せて、帰ってくる可能性の低い状況に王妃は喜んでいた。
王としては国と第二王子を天秤にかけて、まだ揺らいでいた。
グリフィカとしては謁見室にいないジュドアとルベンナのことが気にかかった。
まだ毒の後遺症が残っていて大事を取っているのかと思ったが、言い知れぬ不安が過ぎる。
「グリフィカも忙しいでしょうから下がっていいわよ」
「それでは御前を失礼いたします」
縛られていた縄を解かれ騎士に誘導されて馬車に乗せられた。
服は着替えていないが待遇は罪人では無くなっていた。
「これよりご実家にて荷造りをしていただきます。当日、迎えに上がりますので、それまでにご準備をお願いいたします」
「わかりました。お手数をおかけしますが宜しくお願いいたします」
口調は丁寧だが、騎士たちは第二王子を殺害しようとしたのに帝国に嫁入りということに納得はいっていなかった。
グリフィカとしては冤罪なのだから堂々としていたが、周りからは罪の意識を見せないグリフィカの評価は下がっていた。
家の前に立つと深呼吸をして門を通った。
「ただいま戻りました」
「お帰り、グリフィカ」
「お父様、今回のこと、わたくしの至らなさによりご迷惑をおかけして申し訳ございません」
グリフィカの父と兄はローランドから真実を伝えられている。
それを知ってなお二人は黙ってグリフィカを抱きしめた。
「いいや、謝ることはない。気づけなかった我らにも責ある。グリフィカお前だけに全てを任せていたことを謝罪しなければいけないな」
「お父様」
「グリフィカ」
「お兄様」
「第一王子殿下から事情は聞いた。おそらくは王妃陛下はお前を国王陛下の手の届かないところにやりたいのだろう」
国王と王妃の水面下の仲の悪さは近しい者なら知っていた。
表面上は仲のいい夫婦であるし、王妃も表立って側室と第二王子を嫌っているようには見せなかった。
「それならば処刑してしまえば宜しいのに。誰もがわたくしが殺し損ねたと思い、嫉妬に狂った女を処刑したとすれば薬師ひとり処刑にしたとしても諸外国にそこまで睨まれなかったでしょう」
「王妃陛下としては第二王子の妻にルベンナを据えたいのだろう。彼女では色々な面で足りん」
「帝国からの申し出と第二王子の自作自演はタイミングが良かったのですね」
今回のガーデンパーティのことはすぐに箝口令が敷かれた。
だが、今までジュドアはグリフィカに毒を飲まされ続けていることは多くの者が知っていることだ。
このまま無罪放免となったとしても、今回は毒の分量を間違えただけとされ、思いのほか毒が良く効きルベンナが大げさに騒いだのだと言われれば疑惑は多少残るが、ジュドアの命が助かったことで不問になってもおかしくはない。
グリフィカが一時的に塔に収容されたのも反省を促すためのものだと表明しておけば、面と向かって王家へ批判する者はいない。
それに薬師は王家よりも価値のある一族だ。
簡単に処刑することはできない。
「一週間とはいえ、あまり時間はない。持っていけるものは多くないだろうが準備をしなさい」
「はい、お父様、お兄様、今までありがとうございます」
今回、持っていけるものは着替えくらいのもので、他の物は検閲で捨てられてしまうだろう。
名残惜しいが研究の内容を書いたノートは置いていくしかない。
部屋に戻ると旅行鞄に着替えを詰めていく。