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穏やかに翌日を迎えることはできないようだった。
ローランドと入れ替わりに、シルヴェリアがやってきた。
シルヴェリアは王族ではないが、第一王子と婚約していることと、グリフィカの身の回りのことで同じ女性でなければ分からないことを確認するためだ。
「一度だけ、という約束で参りました」
「わざわざありがとうございます」
「明日には出られるとのことですが、何か不自由はございませんか?」
「お気遣いいただきありがとうございます。ご温情を賜り罪人の身でありながら快適に過ごしておりますわ」
この塔に入れた理由は第二王子の婚約者だからというだけではなく、グリフィカの家族が会えないようにするためだ。
毒に詳しいのなら身体検査すらも誤魔化して毒を持ち込み自害させることができる。
「・・・罪人の身などではありませんでしょう。今回については冤罪ですわ」
「それでも罪と名の付く以上は罪人ですわ」
「顔を合わせてお話できる機会もないでしょうから手短にいきますわ」
グリフィカよりも悪い顔色のシルヴェリアは静かに話した。
「最初はルベンナに王家に嫁ぐためのマナーを教えるためにお茶会に呼びました」
「彼女には必要なことでしたから間違っていませんわ」
「側室として嫁いだあとに困らないように、ジュドア殿下は公の場でもルベンナを同伴させることは目に見えていましたから」
婚約者がグリフィカであると公表されてもルベンナを側に置いていた。
結婚したからと言って態度を改めるとは思えなかった。
「婚約前からルベンナが恋人だと言っていましたし、わたくしとの婚約破棄については毎日のように言っていましたから知らない人はいないでしょう」
「第二王子という立場とグリフィカ様の薬師という立場を考慮すれば推奨されることではありませんが、仕方ないと目を瞑ることはできます」
褒められた行為ではないが、政略的な思惑が強いため国益を損ねなければ黙認はされた。
グリフィカが早い段階でルベンナを側室だと認めていたこともある。
「そのお茶会でルベンナはジュドア殿下が毒を飲まされていると話し、グリフィカ様がいかに非道な女性か涙ながらに語るようになりました」
「知っていますわ。そして、第一王子殿下も、名前を呼ぶことをお許しください、シルヴェリア様もルベンナの言動を諫めていらしたことも」
「諫めてもジュドア殿下が同じく話してしまえば止められませんでした」
「第二王子殿下はご自分がどのような状況なのか知らないのですもの。実験台にされているとしか思えなかったはずですわ」
何度か毒を盛られていることを伝えようと考えたことはある。
だが、王族である自分が同じ王族から命を狙われているなどと露程にも思っておらず、父である王に気に入られている自分は全ての者に愛され、慕われてると思っていた。
その王からの寵愛を疎ましく思う者がいるなど考えもしていない。
話しても危機感を持ってもらえないと思い、生涯、真実を隠したまま守ろうと誓った。
「自作自演をすると知ったとき、ローランド様と止めるべきか相談をしました。でも、今回止めたところで別のところでまた行うだけのことだと結論付け、秘密裏に手を貸しました」
「そうですわね。失敗に終われば毒が少なかったのだと思い、取り返しのつかない事態になっていたことでしょうね」
「そうなれば、国王陛下は誰かが第二王子殿下の暗殺を企て、その者は王妃陛下に連なる者だと早合点し、その責を王妃陛下そして第一王子殿下に取らせ、婚約者であるわたくしも同罪でしょう」
「国王陛下は自作自演だと知っても誰かが仕組んだことだとお思いになり、信じてはくださらないでしょうから」
今の王が第二王子のことになれば冷静でなくなるのは誰もが知っていた。
「シルヴェリア様、話してくださり、ありがとうございます」
「冤罪が罪だというのなら、わたくしもまた、罪人です。ただ、この国に住まう民を思えばグリフィカ様の犠牲で安寧が得られるのならと思ってしまいました」
「為政者は綺麗事だけでは務まりません。それにわたくしは薬師です。国外追放されても、その身ひとつで何とでもなります。薬師は喉から手が出るほど欲しいものなのですから」
シルヴェリアも国外追放の処罰は聞いていても詳しいことは知らない。
普通の貴族よりも生き残る可能性は高いだろうが、そんなに甘くはない。
国境まで連れて行かれても、無事に他国に入れるかどうかは分からないし、生きていくことができるかどうかは分からない。
「最後にご家族と話す時間が裁きのあとにあると思います。図々しい願いとは分かっています。どうか、ご家族にも黙っていていただけるようにお話ください」
「父も兄も分かってくださいます。第二王子が婚約者を変えたいがために毒を飲み自作自演をしたなど言えるはずもありませんわ」
国を揺るがすほどの軽率な行動をしたなどとは思っていないジュドアはグリフィカの前には現れなかった。
自作自演をして冤罪で一人の少女を国外追放にしたことに何の罪悪感も抱いていない。
そればかりかルベンナとともに婚約者に殺されそうになり、奇跡の生還を果たしたとして周りに自慢していた。
「こういうときに自害できるように毒でも仕込んでおけば良かったわ。薬師失格ね」
罪の意識に苛まれて命を絶ったとすれば、ジュドアたちの話す内容に信憑性を持たせることができる。
ただ、それをすんなりとしてやるつもりは毛頭ない。
「わたくしの領分である毒で仕掛けるのなら、それはわたくしへ喧嘩を売ったも同然のことだと気づいていらっしゃいます? 毒は扱い方を間違えると怖いですわよ、第二王子殿下」
国外追放なら命があるだけ方法がある。
ルベンナにはできないが、毒は用法用量を守れば薬にもなる。
身包みを剥がされても生き残る自信がグリフィカにはあった。
「本当にわたくしが要らないのなら国外追放ではなく、処刑を謳うべきでしたのよ。それか、わたくしに毒を飲ませるか。詰めが甘いというのは間違いないですわね、第二王子殿下」
独り言でジュドアに届くことはないが、グリフィカの中では少しずつ恨み言が増えていった。
静かに夜は更けて裁きの朝を迎えた。