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近衛兵が学校に到着すると、グリフィカは捕らえられ護送された。
第二王子のジュドアの殺害の容疑者ではあるが、身分として婚約者であるから丁重に扱われた。
グリフィカ自身が暴れることなく、従順だったから兵も乱暴にはしなかった。
近衛兵が来るまでの間は、学校に常駐している医師によりジュドアは治療を受けた。
幸い毒が致死量に達していなかったため一命を取り留めたと報告され、すぐに学校中に知らされた。
「・・・牢屋の居心地はどうかな?」
「これは第一王子殿下、このような罪人のいるところに足を運ぶなど、御身が穢れてしまいます」
「何を言うか。罪人ではないだろう。グリフィカ嬢?」
「ご存じですのね。ローランド殿下」
薬師という身分から特例で王族が罪を犯したときに収容される塔に入れられている。
そこに入れるのは塔の管理にあたる軍人と王族だけだ。
王族のための塔であるからグリフィカの家族は面会できない。
「あぁ、全てを知っている。そして止めなかった。君は私を恨むかい?」
「いいえ、第二王子殿下の婚約者として謀に気づけなかった。それが第二王子殿下自身が企てたことだとしても。それならば冤罪であろうとも無実である証明ができない以上、受けるだけのことです」
「その潔さがジュドアにもルベンナにもあれば良かったのだけどね。さて、ここからが本題だ」
「本題?」
「そう。今回、ジュドアが自作自演で毒を飲むことは分かっていた。だが、その毒がとてつもなく苦い毒で簡単には飲めない」
苦い毒なら気づきやすいから毒殺には不向きだ。
薄めていたとしても独特な苦味は隠せない。
「だからあのお茶だったのですね」
「そう。苦くて渋いお茶」
「あのお茶はシルヴェリア様の領地の特産品。簡単に入手できますし、ガーデンパーティの参加者全員が飲む量を用意することもできますね」
「さすがだな。そしてジュドアの詰めの甘さが際立つ」
ジュドアは最初からローランドの手の平で踊っていたのだろう。
グリフィカを貶めるものであってもジュドアは自分の力でやり遂げたと思っている。
「あのお茶は苦いので砂糖を入れると甘苦い味になり、飲めたものではないですね。なのに第一王子殿下は、お代わりのたびに砂糖を入れていました。あれは用意した毒でしたのね」
「少しずつ飲み、効き始めるギリギリで止める。毎日のように毒を盛っている令嬢が近くにいれば、誰もが令嬢がいつものように飲ませたと思う。そして分量を間違えた」
「そう思われるのも当然のことですわね」
「婚約者殺害を企てた、いや、殺害未遂だが、どちらでもいいことだな。結果には影響がない」
ローランドはゆっくりと息を吐いた。
「婚約者を殺害しようとした罪により処刑が決定した。だが、婚約者であるジュドアは最初から別の女性を側に置き、不貞行為を働いていた」
「そうですわね」
「毒を飲ませ殺そうとするのは到底、許されることではないが、嫉妬にかられて衝動的に毒の量を増やしたのだろうと判断され、情状酌量が認められて国外追放に減刑された」
「国外追放? いかに咎人であれども毒の知識を国外に流出させるとは思えませんけれども?」
グリフィカの毒の知識はヴェホル家の中でも群を抜いており、複数の毒の組み合わせを考えだす天才でもあった。
もし婚約が解消されていても王家はグリフィカを手放すことはしない。
「そう。そして条件がついた。国外追放の処罰を大人しく受ければ、今回は衝動的に、かつ単独でおこなったこととしてヴェホル家には罪は問わない」
「大人しく受ければ、というところが引っ掛かりますわね」
「その聡さがジュドアにもあれば良かったのだがね。もし不服だと申し出た場合は、令嬢を処刑し、ヴェホル家も同様に処刑する」
グリフィカの知識は欲しいが、毒の知識を持っているのはグリフィカだけではない。
グリフィカの父も兄も同様に持っている。
時間はかかってもグリフィカの調合表を解読し、再現することはできるだろう。
その二人すらも処刑というのは国として損失が大きい。
「第二王子殿下殺害となれば一族を処刑するのは妥当な処罰ですわね。でも薬師の一族を断絶させたとなれば・・・」
「そう。諸外国からの批判と爪弾きは免れない。時として貴族や王族よりも価値のある一族だ。そんな一族を断絶させたとなれば、この国は緩やかに衰退し、民すらも周りの国に受け入れてもらえないだろう」
グリフィカが国外追放しか受け入れられないように鮮やかに逃げ道を塞ぐ。
その手腕は見事だとしか言えず、次期王として申し分ない判断力だった。
毒の知識を持つグリフィカを国外に出すことが目的である。
グリフィカひとり、失ったところで毒の研究が遅れるだけだ。
ヴェホル家としては、娘が王族殺害未遂をしても変わらない扱いを受けることに恩義を感じ、より強い忠誠を誓う。
「・・・おそらく父も兄も今回のことに気づいていないのでしょうね」
「あぁ、手元が狂い毒の分量を間違えたと二人とも思っていた。どんなに天才でも人である以上はミスはあると思い、同じく沙汰を待つつもりだったようだ」
「そうですか。そのことには何も思いません。わたくしも同じように思うでしょうから」
「だから、私が真実を教えた」
「えっ?」
娘が婚約者を殺害しようとしたと思ったままにしておき、恩情で一族取り潰しはしないとすれば裏切らない薬師が出来上がる。
薬師は喉から手が出るほど欲しい一族だが、いつ寝首をかかれるか分からない危険な薬師を側に置きたくはない。
ヴェホル家というだけで白い目で見られることは必須だ。
「今回のことはジュドアの自作自演でグリフィカ嬢は嵌められたのだ。ただ、ジュドアにはヴェホル家に恩義を感じさせる意図はなく、ケルシー家のルベンナ嬢を正室にするためだけの茶番だ。そう説明した」
「なぜ・・・」
「なぜ? 恩義を感じてジュドアに仕えてもらっては困るからだ。私の治世になったときに安心できる薬師を手元に置きたい。その役目をヴェホル家とケルシー家のどちらにするか、見極めていただけのことだ。ジュドアの自作自演は好都合だったから利用させてもらった」
よっぽどのことをしでかさない限り、ローランドの次期王の座は揺るがない。
今回のことも事前に知っていたが、自作自演などという馬鹿なことを考え実行したのはジュドアだ。
周りがグリフィカが犯人だと思っていても変えることのできない真実だ。