ファーディナンドの場合
スヴェルの護送の日取りが決まり、あとは帝国での聞き取り調査となっていた。
ファーディナンドが一緒に帰るには護衛の数が心許無いということでヴェホル家に引き続き滞在している。
「面倒をかけたな」
「いいえ、これで解決と言っていいでしょうから良かったです」
「・・・スヴェルがあんなことを考えていたとは思わなかったな。いや、思いたくないというのが本当だな」
信じたいという思いはグリフィカも理解できるから何も言わない。
あとは当人たちが自分の中で折り合いをつけなければいけない。
ただ、スヴェルも目的のために選んだだけだ。
「ギムルはどうだ?」
「大丈夫ですわ。お兄様に頼んでいますし、お父様もギムルのことを気に入っていますから、時間がかかっても自分の中で折り合いをつけられると思いますわ」
「温室の薬草を全部枯らす兄だったな」
「・・・あれでも毒の魔術師と呼ばれていて優秀なんですのよ。一部のご婦人方からは絶対的な信頼を得ていますから、それにお兄様はギムルの気持ちを痛いほど理解できると思いますわ」
まだ二人が幼かった頃だ。
グレッグは仲の良かった酪農の友人を人質にされ、妹に致死量を超える毒を盛れと脅された。
どちらの命を選ぶのか、悩んだグレッグは毒をグリフィカに盛った。
致死量を超える毒であるとグリフィカも気付いて、そして何かを覚悟したグレッグに妹としてグリフィカは応えた。
「それに誰に何を言われようと、どう生きるかは自分次第ですもの。ギムルはわたくしが認めた後継ですから大丈夫ですわ」
「そうか」
薬師のことは薬師に任せるのが一番だ。
グリフィカが大丈夫なのだというのなら何も言わずに任せようとファーディナンドは判断した。
致死量の毒を飲んでグリフィカは一時的に昏睡状態になったが、それをグレッグを脅した犯人たちは死んだと早とちりをして友人を解放した。
薬師を脅すというのは中々に危険を伴う行為だ。
毒のヴェホルに言うことを聞かせたということで気が大きくなっていた犯人は自分がしたことを武勇伝のように酒場で話していたところを捕まった。
大人に相談せずに突っ走ったことをグレッグは両親から叱られた。
グリフィカにも謝ってきたが、分かっていて飲んだことと兄に何度も毒を盛っていたことでお相子だとした。
今回はグレッグが脅されたが、グリフィカだったかもしれない。
そして、グリフィカも友人が人質になれば、同じようにグレッグに毒を盛っただろう。
「それで気になっていることがあるんだが?」
「わたくしに答えられることなら何なりと」
「あの毒の魔術師が作った惚れ薬の中身は何だ? 漢方のようだったが、幻覚を見せる依存性のあるものだと看過できないのだが?」
「あぁ・・・あれは、ただの精力剤です」
「せっ・・・」
そんなものを一生懸命に作らされていたのかと思うと少しだけ悲しい気分になった。
ここにイライアスがいなくて良かったと心から思う。
一応、スヴェルに付き添って帝国に戻っている。
「そんな素人が扱うのに危険なものは渡しませんわよ。せいぜい動悸息切れが起きて、もしかしたら恋に落ちたのかも? と錯覚させるくらいの軽いものです」
「いや、それも問題なのでは?」
「だから一部のご婦人方に人気なのですよ。意中の人の飲み物・・・赤ワインに入れると効果があると謳っていますから」
赤ワインと聞いて納得がいった。
アルコールによる酩酊状態に加えて精力剤による動悸息切れで恋をしている状態に錯覚させるのだ。
惚れ薬に手を出すご婦人なら婚期の年齢も後半になっているだろうから切羽詰まったところだ。
「それに据え膳食わぬは男の恥とも申しますでしょう。既成事実でもあれば醜聞を嫌う貴族のことです。あれよあれよと縁談がまとまりますわ」
「王国の貴族じゃなくて良かったと心底思うよ」
「あら? 惚れ薬の常連は帝国にもいますわよ。魔術師が作った薬は、魔術師シリーズと言ってヴェホル家の売り上げの半分を占める優良商品ですわ」
「・・・帝国での流通を禁止していいか?」
「そんなことをすれば、闇で粗悪品が出回ることになりますわよ。何事も需要と供給です」
体に害のない精力剤であることは試さなくても分かるし、ヴェホル家の物が安価で手に入るのなら粗悪品に手を出す必要もない。
禁止すれば本当に幻覚を見せる危険薬物が出回ることになるだろう。
それは帝国としても避けたいところだ。
「・・・シリーズと言ったな」
「えぇ言いましたわ」
「他には?」
「・・・・・・何事も需要と供給です」
魔術師シリーズは夜の営みに関連するものが多い。
定期購入している固定客もいるし、固定客が新規客を紹介してくれることもある。
グリフィカが何度も言うように全ては需要と供給で成り立っている。
それから特に話すこともなくファーディナンドが帝国に戻る日がやって来た。
道中で毒に怯える危険性はほとんど無くなったが、グリフィカは念のためにと解毒のお茶を調合した。
「世話になったな」
「これくらい何でもありませんわ。一人くらい食い扶持が増えたところで傾くような家じゃありませんし」
「そうだったな」
「帝国に来ることがあれば連絡をくれ。可能な限り案内をしよう」
「楽しみにしていますわ」
ファーディナンドと入れ替わりのようにグレッグが戻ってくる。
また温室の水やりの論争が始まると思うと気が重いが、これが兄妹の在り方だと諦める。
馬車が見えなくなるまでグリフィカは立っていた。
ここ数か月は怒涛の日々を過ごしていた。
「そう言えば、もうジュドア殿下の婚約者ではありませんのね」
毎日のようにジュドアの体調を気にかけて毒を調合する日々だった。
新しい毒を研究しようにも意識が上滑りしてしまう。
それは季節が二つ廻るまで続いた。
 




