ジュドアの場合1
幽閉が決まったジュドアは身の回りのものの整理を始めた。
大きな騒ぎを起こしたが、誰かの命を奪おうとしたわけではないということとジュドアの持つ血の有用性から時間が与えられた。
「ノックをする扉がないので、これで失礼しますわ」
「あぁ」
自害や立てこもりを危惧して扉は外されている。
廊下から中の様子は分かるが、ジュドアも今更、足掻こうとは思っていなかった。
「俺を笑いに来たのか?」
「いいえ、幽閉となると言葉を交わすこともできないと思い参っただけですわ」
「そうか」
「気になっているのは、ルベンナのことです」
「あぁ」
「彼女はどこまで知っているのです?」
グリフィカの疑問に苦笑をしてジュドアは手を止めた。
テーブルはないが、ソファはまだ残っている。
ちゃんと話したことはなかったなと今になって思い返しジュドアはソファに座った。
「あのガーデンパーティのことを言っているならルベンナは何も知らない」
「なるほど、納得がいきました。あのときのルベンナの言葉は本心からでした。彼女は隠し事や演技ができる性格ではありませんから」
「あぁ。だが、泣かれたよ。どうして話してくれなかったのか、と。苦しみも全て分かち合いたかった、と」
「なぜ話さなかったのですか?」
「・・・・・・そうだな。グリフィカには話しておこう。どうせ、誰も気にしないだろうからな」
聞き取りがあると言ってもガーデンパーティでの騒ぎは自作自演であるということと帝国の医師と共謀したと認めてからは何も聞かれていない。
詳しく知って国際問題にしたくないのだ。
さらに長年仕えている薬師を嵌めたなど公にできるはずもなかった。
「いつものようにルベンナとお茶をしていたときだ。帝国の医師だとスヴェルから挨拶された。それで終わるはずだった。城に帰る途中にスヴェルから声をかけられた。毒を飲んでいることを医師として見過ごせない、と」
「お一人のときに声をかけられたのですね」
「そうだ。むしろ一人になるのを待っていたような気もする。今更だが」
「ルベンナが引き合わせたのかと思いましたが、違うのですね」
「あぁ。ルベンナも挨拶を受けただけと言っていた」
先代皇帝の容体について助言を求めたときに顔を合わせたのだろう。
そして、狙いを一人に絞っていた。
ケルシー家に助言を求めたのもジュドアに繋がるために選んだのかもしれない。
「いつか取り返しのつかないことになる。今すぐに止めるように婚約者に言えと、初対面なのに心配だと言われて絆されてしまったのだな」
「・・・体に影響が残るようなヘマはいたしませんけど、一般的に心配されて無下にできる人の方が少ないと思いますわ」
「結果として俺はグリフィカを信じずに、会ったばかりのスヴェルを信じた。そして、ガーデンパーティで毒を飲み、騒ぎをおこした」
「これは確認なのですけど、スヴェルからガーデンパーティで飲んだ毒以外に何か受け取りましたか?」
「あぁ。毒の影響を完全に取り除くための薬だとして受け取った。おかげで熱に魘されたがな。周りは毒を盛られたと騒いでいた」
毒を盛られたという周りの評価は正しいとグリフィカは確信していた。
ジュドアは解毒薬だと信じているが、おそらくは本当に毒だったのだろう。
ガーデンパーティで使われた毒を解毒するために使う薬では高熱はでない。
「ご自分で飲まれたのですね」
「あぁ」
「これは私の推測に過ぎません。きちんと検査をされるべきだとは思いますが、ジュドア殿下は今後、子どもを望めない体になっていることと思います」
「はぁ?」
スヴェルが渡したのなら目的はそれしかない。
ケルシー家の養女であるルベンナとの間に子どもができては困るのだ。
ジュドアが頼りにする薬師や医師はスヴェルただ一人でなければならない。
スヴェルは肩書としては医師だが、ドゥーフェの知識を受け継いでいるから薬師の知識を持っている。
「スヴェルとしては、ジュドア殿下に奥様がいて子宝に恵まれて、という未来を歩んでもらっては困るのです。何か悩み事があれば真っ先に相談される。そんな立場を求めたのです」
「なら、俺が生かされる理由は何だ? 兄上たちに子どもができなかった場合の予備だと言われた。なら相手はルベンナ以外は必要ないと言ったが、まさか子どもができないとはな」
「あくまで憶測ではありますが、可能性は高いです。それと、今回のことでケルシー家はルベンナとの婚約を解消すると思いますわよ」
「何だと?」
「ケルシー家としてはルベンナをそのままジュドア殿下に嫁がせる意味がありませんから」
ルベンナは事情を知っても傍にいると言った。
王家としても薬師との繋がりを持てるから承認した。
でもケルシー家当主だけが頷かない。
「ケルシー家当主が欲したのは王族と縁戚である薬師という立場です。幽閉された殿下の妻では、その効力は弱いでしょう」
「だが、ルベンナが望んでいる。ルベンナは薬師であろう。お前が薬師として王家に命令できるように」
「たしかにヴェホル家の薬師であるわたくしは命令できますわね。でもルベンナでは無理です。ルベンナはケルシー家の養女ではありますが、薬師ではありませんから」
グリフィカの中では当たり前だという事実をジュドアは理解できなかった。
理解していないということが分かったのだろう。
グリフィカは溜め息を吐いて重い口を開いた。
「ひとつ昔話をして差し上げます。事の始まりは、わたくしとジュドア殿下の婚約でした。それまでヴェホル家とケルシー家は同じ王家に仕える薬師という立場で同等であった。それが婚約ひとつで均衡が崩れた。ヴェホル家は王族と縁戚の薬師という立場になった。ここまではお分かりですか?」
「あぁ」
「国王陛下としては薬師に優劣をつけたつもりはなかったでしょうが、面白くないのはケルシー家です。今の当主は野心家ですから何とかして自分たちも縁戚になろうと考えました。でも王家には未婚女性はいない。ケルシー家には息子しかいない」
「待て! ルベンナは!」
「そこでルベンナが登場するのです。元々、薬師は血の繋がりに重きを置いていません。養子だろうが養女だろうが拾い子だろうが気にしません。だからケルシー家当主は第二王子殿下と同い年の女の子を用意したのです。それがルベンナです」
「そんな・・・」
薬師の中では当たり前で今更、話題にするようなことでもなかった。
そこまでしたのかと呆れることはあったが、ルベンナへ虐待をしているわけでもないし、ルベンナ自身、ジュドアに惚れていた。




