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グリフィカの確認の意味が分かったのは、ファーディナンドとイライアスだけだ。
他の者は、その確認が大きな意味を持つとは思っていない。
「これは、ヴェホル家に伝わる言葉で書かれた調合表です。先ほど確認したように交流のあるケルシー家ですら読むことはできません。お兄様の調合表が役に立ちましたわね」
「そうだろう。そうだろう。もっと敬っても良いんだぞ」
「・・・少し黙っていてくださいませ」
この緊迫した空気をものともせずにグレッグは軽く答える。
肩を竦めてスヴェルも軽い調子で答えた。
「そのようですね。ですが、読めたのは教わったことがあるからです」
「誰にです?」
「・・・・・・」
「答えられないなら代わりに答えましょう。毒の天才と呼ばれ、大罪人であるドゥーフェ・ヴェホルの流れを汲む者。違いますか?」
ドゥーフェ・ヴェホルの名は効果絶大だった。
グリフィカは流れを汲む者と言った。
つまりは、ドゥーフェと同じ考えだと断言したことになる。
「血を吐いて苦しんだ割りには元気ですね?」
「毒を飲んでいませんから元気ですわよ」
「どういうことです?」
「貴方がギムルに渡し、飲ませるように指示した毒です。これはヴェホル家にだけ伝わるドゥーフェ・ヴェホルが作った解毒できない毒。偶然、ギムルが落としたときに入れ替えました」
薬包紙に包まれた毒を見せた。
下手なことを言えば、揚げ足取りになると黙るという選択をしたスヴェルに構わず続ける。
「この毒は毎日厳重に重さを管理しています。ここ数年で減ったことは無いそうです。ならどうしてここにあるのか? その問いに答える前に、どうして『血を吐いた』と知っているのですか?」
「あれだけの騒ぎになれば嫌でも知ることができますよ」
「そうでしょうか? あのとき、わたくしは『血を』吐いていませんわ。ただ『赤いお茶』を吐いただけです。それなのにどうして血を吐いたと言ったのでしょう」
「・・・・・・」
「それは、この秘毒が血を吐いて死にゆくものだからです。わたくしが吐いたと聞いて、血だと思い浮かべたのでしょう」
己の失言に気づき、スヴェルは深く溜め息を吐いた。
今ここで言い逃れをしても追及の手は緩まない。
「貴方はドゥーフェ・ヴェホルが認めた“あの子”に育てられた“養い子”ですわね?」
「あの日記を読んだのですね」
「えぇ。昔話はあとにしましょう。今は貴方がしたことを詳らかにするだけです」
「・・・・・・」
「始まりは帝国の先代皇帝陛下が鉱毒を含んだ魚を好んだことです。このままいけば先代皇帝陛下は鉱毒に苦しむ。そして、それを懸命に看病する」
最初は偶然の出来事だったのだろう。
そして、悪魔の囁きに耳を貸した。
「貴方が求めたのは、薬師としての絶対的な権力。どんなことをしても許される神のごとく。そんな箱庭を求めた」
「まるで私が犯人のように言いますが、ヴェホル家の言葉が読めただけですよね?」
「そうですわね。わたくしが吐いたと聞いて、血を連想したことも、おかしくはありませんわ」
「それでは何か決定的なことを示していただけますか?」
「そう来ると思って、実は・・・と証拠を示せれば良かったのですけど、あいにくと物語の探偵とは違い、そこまで分かりませんわ」
証拠がないことに誰もが落胆し、スヴェルも話は終わったと思った。
これで幕引きになるとジュドアは安心した。
「でも状況証拠だけなら、いくらでも示せますわ。なぜモルビット王国の第二王子殿下と顔見知りなのですか?」
「先代皇帝陛下の容体でケルシー家に助言を求めた折に、紹介いただいたのですよ」
「それならば不思議ではありませんね。わたくし、第二王子殿下が飲んだ毒を手配したのだと思いましたの」
「グリフィカ! そんなはずないだろう!」
真っ先に反応したのはジュドアだった。
だが、どうして否定できるのだろうか。
そんな疑問が出てきたときに、ジュドアは自分の言葉の意味に思い至った。
「分かりませんわよ。今回、わたくしが倒れたのは帝国の者が亡き者にしようとした。そんなことを考えるくらいですもの。他国の者を暗殺しようとしたなど掃いて捨てるほど、ありますでしょう」
「だが、スヴェルはそんなことしない。私が保証する」
「保証できるほど親密なのですね?」
王族が他国の者を庇うことは、ほとんどない。
このジュドアの発言は、おかしかった。
「なるほど、最初からこれが狙いでしたね?」
「貴方ほどの方が相手では全て、はぐらかされてしまうと思い誤魔化せない発言を狙っていました」
グリフィカは追及していても、どこか逃げ道を用意していた。
これらは全てジュドアを焦らせるために、わざとしていたことだ。
「あのガーデンパーティで第二王子であるジュドア殿下は毒に倒れた。その毒は、スヴェル総医師がジュドア殿下に手渡したものだった」
「えぇ、素人にも扱えて即死しない毒。選ぶのに苦労しましたよ」
「なっ何を言っている。あの者を捕らえろ!」
これだけでジュドアの自作自演だということは、王と王妃にも分かった。
王妃は驚きはしたが、婚約を破棄するために騒動を起こしたジュドアが二度と王位継承者を名乗れないことに思い至り、何も言わないことにした。
王は、自作自演だということは分かったが理由が分からずジュドアを睨んでいた。
「グリフィカ嬢、一体どういうことだ? 説明をしてもらえるか?」
「全ては憶測に過ぎません。それでもよろしいでしょうか?」
「かまわん」
「これも偶然だったのでしょう。たまたま先代皇帝陛下の容体について助言を求めているところに、ルベンナとの逢瀬をしていたジュドア殿下を見かけた。そこで婚約者から毒を飲まされている。婚約破棄をしたいというような話を聞いた」
ジュドアとしては、いつもの愚痴のつもりだった。
だから軽い調子でスヴェルに話してしまった。
「ならば先に毒を飲み、そして毒を飲ませた罪を婚約者に着せてしまえば良い。常日頃から毒を盛っているのなら否定したところで誰も信じない」
「そんなことのために、毒を飲んだというのか」
「全ては憶測に過ぎません。ですが、大きく間違ってはいないと思います。詳しくは本人から聞いていただくのがよろしいかと存じます」
グリフィカは、そこで話を区切った。
犯した罪を裁くのはグリフィカの役目ではない。




