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ようやくグレッグが欲しいと言っていた惚れ薬を作り終えたグリフィカは、ようやく自室で考え事ができた。
とくにすることもないファーディナンドとイライアスも一緒だ。
「スヴェルは先代にモルビット王国に薬師派遣の礼を言いに行きたいと進言しました。一理あると判断されて王国へ向かいました。ただ、それを知ったのは出国したあとでしたけどね」
「そうなのですね。気になるのは突然、来たことよりも第二王子殿下と面識があることですわね」
「第二王子と言いますと、グリフィカ嬢の元婚約者でしたね。名前はジュドア殿下」
「そうでしたわね。呼ぶことがないと忘れてしまいますわね」
最近まで呼んでいた名前をそう簡単に忘れるものだろうかと思うが、グリフィカだからということで納得することにした。
スヴェルがモルビット王国の第二王子と面識があるという話は聞いたことがなかった。
「どこで知り合ったのか分かりませんけれど、第二王子殿下は何か聞きたそうな顔をしていました。かなり密接な関係なのかもしれませんわね」
「スヴェルが国を出たのはケルシー家に薬のことを聞きに行ったときくらいですね」
「可能性としては、ルベンナを介して顔を合わせたということですけど、それでは何か密会をしているような関係にはなりにくいと思うのです」
直接、確認したところで答えは返ってこない。
スヴェルたちの動きを黙って見ているしかなかった。
そんな中、動きがあったのはスヴェルだった。
ヴェホル家に来たのだ。
「突然、申し訳ございません。皇帝陛下が滞在されているとお聞きしましたので挨拶をと思いました」
「そうだったのですね。わたくしの方からお招きすればよろしかったですわね」
「いえいえ、そのようなご配慮には及びませんよ。・・・・・・これは、また、惚れ薬ですね」
「えぇ兄が調合したものですわ」
本当にファーディナンドに挨拶だけをしてスヴェルは帰って行った。
グリフィカは何か見落としている不安を覚えた。
その不安が的中したのは食後のお茶会だった。
調合を手伝うと言っても調合表を見ても素人には分からない。
現物を渡して磨り潰してもらっていた。
「ついに黒魔術でも始めたのか?」
「今、何と?」
「えっ?」
「忘れていましたわ。見慣れ過ぎて当たり前でしたわ」
ファーディナンドが見たのは、グレッグが黒魔術の魔方陣の文字を調合表に置き換えたものだ。
書かれた文字の意味を知らなければ、魔方陣としか思えない。
「どういうことだ?」
「それは」
説明をする前にドアが叩かれてギムルがお茶を持って来た。
今は漢方の調合を練習しているらしく反対にグリフィカに何種類混ぜているか問題を出してくる。
今のところ負けなしだが、グレッグが後ろにいるために分かりにくいものだけが選ばれていた。
「今日は難しいですよ」
「今日もでしょう」
「へへ」
手慣れた様子でポットにお湯を入れる。
本当は煮出して効能を上げるのだが、味が薄いと判断がしづらいと、グリフィカが漏らした言葉から薄く淹れるようになった。
「ギムル、何か落としたわよ」
「あっ」
薬包紙に包まれた何かをギムルは落とした。
ギムルが淹れた漢方茶は真っ赤だった。
「さて、今日は何種類かしらね? ぐっ・・・ふっ」
真っ赤なお茶を吐いた。
水色の服が染まった。
「グリフィカ!」
「グリフィカ嬢!」
「あっ・・・・・・」
「ギムル!?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
グリフィカは胸を押さえて蹲り、ギムルはそれを見て叫び声を上げて気を失った。
騒ぎを聞いてグレッグも部屋に飛び込んで来た。
グリフィカが吐いたということは王家にも知らされて、ギムルが淹れたお茶だということも分かった。
王家では帝国の人間だけのところで起きたということで、グリフィカを亡き者にしようとしたとファーディナンドとイライアスに嫌疑がかかった。
気を失ったままのギムルはグレッグが看病をし、目を覚ましたら王城に連れて行くということで落ち着いた。
「弁明を聞かせてもらおうか」
「何かの間違いだ。私たちはグリフィカ嬢を傷つける意思はない。先代皇帝陛下のことで感謝をすることはあっても恨むことなど、あり得ない」
「だが事実、帝国の者が淹れたお茶を飲んでグリフィカ嬢は倒れた。これはどのように説明する? 我が国の損失とも呼べる」
このままだと国際問題に発展するというところに目を覚ましたギムルと付き添いのグレッグが謁見の間に入って来た。
顔色が悪く、今にも倒れそうだった。
そして、その後ろから、しっかりした足取りのグリフィカがいた。
「グリフィカ嬢、体は大丈夫なのかね?」
「えぇ問題ありませんわ。毒のヴェホルが毒殺されるなど洒落にもなりません」
「今回は帝国の者が毒を盛った。その責を帝国に問うているところだ」
「そのためには真犯人が分からなければいけません。確かにギムルは毒を盛ったでしょう。でも、それは唆されただけ。子どもの将来を奪うようなことは許されることではありませんから」
ギムルが驚いたようにグリフィカを見た。
その肩をグレッグは優しく叩いた。
グリフィカの告白に驚き、一番驚きを示したのはジュドアだった。
「どう、どういうことだ!?」
「順番にお話ししますわ。ですが、その前に見ていただきたいものがございます。ケルシー家当主に伺います。これは何に見えますか?」
グリフィカが示したのは、グレッグが書いた調合表だった。
「黒魔術の魔法陣か? たしか意中の人を振り向かせる呪いとか何とか言ったな。ヴェホル家は黒魔術に手を出したのか?」
この答えに静かに反応したのはスヴェルだった。
同じものをグリフィカの部屋で見たときは、しっかりと調合表だと答えている。
ケルシー家当主の答えを受けてグリフィカは正面からスヴェルを見据えた。
「これを見た人は黒魔術の魔法陣だと言います。でもヴェホル家では違う意味を持ちます」
「違う意味?」
「はい、これは毒の魔術師が作った調合表です」
調合表と聞いて誰もがグレッグを見た。
腕組みをして何度も頷ているから間違いはないのだろうが、魔法陣にする必要はあったのだろうか。
「ヴェホル家の人間以外で、これを調合表だと言った方がいます。そうですわよね? スヴェル総医師」




