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帝国に置いたままにしていた苗木をアンジーが届けに来た。
送り主はファーディナンドだった。
「あの男は中々に見どころがあるぞ」
「えぇそう思いますわ」
苗木にはメッセージカードが付いていた。
『そちらに向かった』
「それにしてもヴェホル家に毒で冤罪をかけるとは王家も面白いことをするな」
「毒で人を殺すときは覚悟を持って、ヴェホルの名に恥じぬように」
「それにしてもジュドア王子はしぶといな。あれだけの毒を飲まされても後遺症もなく生きているのだからな」
「わたくしが毒への耐性がつくように選んで飲ませていましたもの。早々に死にはしませんわ」
「それはそれで不幸かもしれないな」
わざわざファーディナンドが知らせたということは今、動くには不自然な人物だということだ。
帝国から王国に来る必要のない人物だ。
再び王家から招集されるまでグレッグから依頼された秘薬を作り続けた。
メッセージカードが届いてから三日後に帝国からの来賓は現れた。
「・・・ユリスキルド帝国で総医師を務めていると言ったな」
「はい。スヴェルと申します。非公式ではございますが、ケルシー家に薬の助言を求めたこともございます」
「ほぅ」
「かなり有能な医師でございます。わたくしどもの薬の有用性もご理解いただきました」
イライアスが言っていたようにスヴェルはケルシー家に訪れていたようだ。
急な訪問ということで怪しむことはあるが、身分が確かであることと訪問目的がしっかりしているから邪険にもできない。
「先日はグリフィカ嬢の聡明な判断により、我が国の先代皇帝陛下の病状も快方に向かい、使者に成り代わり厚く御礼を申し上げたいと思いましたことと薬師の知識の一端を知ることができればと思い参った次第にございます」
「そうか。ケルシー家とは面識があるのだったな。帝国と良き関係を続けられるのなら努力は惜しまん。存分に学んでもらえるように取り計らおう」
「ご寛大なお言葉、感謝いたします」
正式な使者もなく来たスヴェルに違和感はあるが、面識のあったケルシー家が仲介人となっているので深く追求ができない。
グリフィカが薬師という立場で押し通したようにケルシー家も同様に押し通すことができる。
「グリフィカ嬢もスヴェル総医師が心置きなく過ごせるように手を貸してやれ」
「・・・かしこまりました」
スヴェルの滞在先はケルシー家であるから顔を合わせる機会は少ない。
グリフィカの気がかりはスヴェルを見たときのジュドアの表情だ。
何かを窺うような聞きたいことがあるが、躊躇うというような表情だった。
まだ外交もしていないジュドアが他国の医師と知り合いというのは不思議だった。
だが、それを確かめる術をグリフィカは持っていない。
薬師という立場を利用すれば可能だが、王国内では暗殺未遂をした薬師という立ち位置だ。
内密な話ができる状況にはなかった。
この不可解な状況を整理するために考え事をしたいのだが、グレッグが次々に持ち込んでくる調合依頼に忙殺されて何も考えられなかった。
その間もスヴェルはケルシー家で薬について学んでいたというくらいで目立った行動は何もない。
このまま適当な滞在で終わるのかと思い始めたときに、さらに頭を抱える来賓が来た。
「それで、ユリスキルド帝国の皇帝ともある貴殿が来られた用向きは?」
「先代皇帝である父よりグリフィカ・ヴェホル薬師へ感謝の品を届けるようにと言われ参った次第です。突然の訪問となり驚かせたことと思いますが、これも薬師への敬意を表するためのもの。ご理解いただきたい」
「ふむ」
「それに今回はヴェホル家への訪問であることから城での歓待はご無用にございます」
何が起きたか分からないままグリフィカは、なぜか王国に来たファーディナンドとイライアスとともに家に帰っている。
まだスヴェルが来たことも整理がついていないのに悩ましいことだった。
「いったい、どういうことですの?」
「言っただろう。薬師への感謝の品を届けると」
「それにしても使者を立てるなりすればよろしいではありませんか。今更、本人が来ないからと、へそを曲げるような狭量ではありませんわよ。二人そろって城を空けるなど、攻め込んでくれと言っているようなものです。帝国はどうなっているのです!」
「そのことについてだが、俺には弟がいてな。イライアスにも弟がいる。どちらかに何があっても国が傾かないように同じ教育を受けているんだ」
だから何だというグリフィカに苦笑しながらファーディナンドは続けた。
もったいぶった言い方にイライアスは深く溜め息を吐いた。
「そして先代皇帝は俺を後継にすると宣言していたものの、第二皇子にも機会を与えるべきだと言って、俺たちに外遊しろと言ってきた」
元気になったのは良かったが、元気にならない方が良かったのではないかと思ってしまう。
いくら次の後継がいると言っても皇帝が長期滞在できる国は限られている。
その点、ヴェホル家なら滞在していても薬師が望んでいるとでも理由はつけられる。
「それならそうと手紙でも送ってくだされば良かったのです」
「ん? 送ったぞ」
「・・・・・・あの苗木についたメッセージカード」
「あぁ」
タイミングが悪かったのだろう。
グリフィカにはスヴェルが向かったという意味に取れていた。
だが、あの短い言葉で分かるわけもなかった。
「帝国が弟様たちで大丈夫なのは分かりましたけど、我が家は薬師でも城とは違いますわよ。使用人もいませんし」
「最低限の身の回りはできるから安心してくれ」
「あと、滞在するのでしたら調合を手伝っていただきますよ。今ちょうど猫の手も借りたいのです」
「手伝えることならば」
乳鉢でひたすらに潰すという作業だった。
ギムルはグリフィカの父について薬草の手入れや毒の致死量や効能などを学んでいた。
グレッグは固定客のご婦人方に秘薬を売りに歩いている。
「マンドラゴラの粉末に、サラマンダーの丸焼き、ユニコーンの角」
「いったい何を作っているのです?」
「惚れ薬です」
思わず乳鉢の中の粉を見つめた。
惚れ薬。
意中の人に飲ませると惚れさせることができるという秘薬。
毒ではないが作っていいものかと悩んでしまった。




