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帝国の紋章を持つ馬車が何の前触れもなく、王城に現れたことで門番は慌てた。
乗っているのが、薬師のグリフィカであることで、門を開けると言う門番と、さすがに帝国の馬車を入れるわけにはいかないという門番とで意見が割れた。
そもそもが迎えが無かったということが原因で起きたことで、薬師であるグリフィカが希望すれば、他国の馬車で城に入ることは簡単なはずだった。
良くも悪くも、薬師という存在に慣れた王国での出来事だった。
「何をしている?」
騒ぎを聞いて、近衛第二隊の隊長が出て来た。
グリフィカへの迎えとして近衛第二隊は国境まで行っていたが、指定した期日に現れないから撤収していたという事情も持つ。
「王命を無視したのかと思っていたが、来たのか」
「そもそも薬師である、わたくしは王命に従う義務を持ち合わせておりませんわ。すでに第二王子殿下の婚約者でもありませんし、純然たる薬師であることをお忘れですの?」
「ふん」
近衛第二隊はグリフィカを嫌っていた。
今は王弟もいないため王に仕えているが、近衛第二隊は王の弟に付く部隊だ。
「まぁ良い。ついて来い」
「・・・わざわざ他国まで、わたくしを護衛してくださった帝国軍の方へのおもてなしはありませんの?」
「ちっ」
グリフィカは帝国の馬車で堂々と王城に入った。
ここまで付いて来た帝国の者たちは諦めるという悟りを開いた。
一晩、休んでから帝国に戻ることになった。
隊長に案内をされ、グリフィカは謁見の間に通された。
そこには王と王妃、そして第一王子と第二王子が揃っていた。
婚約破棄と国外追放を申し渡されるときには、いなかった第二王子が座っている。
生きていたということにグリフィカは気づかれないように安堵の溜め息を吐く。
「よくぞ戻って来られましたね。少々時間がかかったようですが、良いでしょう」
「旅に不慣れなもので申し訳ございません。王妃陛下」
「そなたを呼び戻したのは他でもありません。国外追放では生ぬるいということが分かったからです」
「それは、どのようなことでございますか?」
「グリフィカ、貴女のことは娘のように思っておりましたが、よもや恩情をかけたことを逆恨みするなど愚の骨頂です。わたくしのもう一人の息子とも言えるジュドアに、毒を再び盛るとは悪魔の所業だと思いますよ」
完全に身に覚えのないことでグリフィカは再び窮地に立たされた。
ジュドア暗殺未遂はジュドアの自作自演であるからグリフィカの咎ではないが、そのあとのことは誰かが仕組んだことだ。
自作自演を知っているローランドも疑わしい目で見ている。
ジュドアは自作自演の罪を負わせた腹いせに毒を飲まされたと思っている。
「王妃陛下、恐れながら、わたくしには身に覚えのないことでございます。お許しいただけるのでしたら、第二王子殿下は、いつお倒れになられたのでしょうか?」
「白々しいですが、答えてあげましょう。そなたに国外追放の罰が言い渡された日ですよ」
「それまで、わたくしは罪人として塔におりました。家族とも面会しておりません。いつ第二王子殿下に毒を盛ったのでしょう。神に誓って申し上げます。わたくしは第二王子殿下にガーデンパーティ以降、毒を盛っておりません」
「では、誰が毒を盛ったというのですか?」
「それは、塔におりました、わたくしには分かりません。第二王子殿下に怪しい者がいなかったか、お聞きいただくのがよろしいかと」
グリフィカの言葉に肩を揺らしたジュドアは、必死に悟られないように唇を噛んだ。
ガーデンパーティのあとに高熱が出るほどに毒に侵されたジュドアは、間違いなくグリフィカの仕業だと確信していた。
その場にいなくても毒を飲ませる方法を思いつくのがグリフィカだ。
「それが、何も言わぬのですよ。かつての婚約者を庇い立てしていると、わたくしは思っているのですけどね」
「毒を盛ったのがルベンナであれば、第二王子殿下は庇いましたでしょうが、わたくしは庇っていただけるほど情愛をいただいていたとは思えません」
「それもそうですね。まぁ今回は、グリフィカが犯人であろうともなかろうとも釘を差しておくことを目的としていましたから、この話はここまでにしておきましょう」
「お待ちください、王妃様」
「どうしたの? かわいいジュドア」
「私に毒を盛った罪人を野放しにするというのでしょうか?」
「罪人? グリフィカはすでに国外追放され罪を償っているわ。それに貴方に毒を盛っていないと神に誓ったのだから、これ以上、罪人扱いすることはできないわ。それともグリフィカが毒を盛ったところを見たのかしら?」
言葉遊びのようなものだが、今回の王妃の目的はグリフィカが毒を盛って誰かを殺すような女だということを印象付けるための茶番だ。
ほとぼりが冷めたころに、王が再びグリフィカをジュドアの婚約者にしてしまわないようにするためだ。
ジュドアもグリフィカが毒を盛っているところを見たとは言えない。
それなら、どうして飲んだのかと問われてしまうからだ。
「いえ」
「そうよね? この話はここまでにしておきましょう。グリフィカも疲れたでしょう。下がっていいわよ」
「お心遣い感謝いたします。またご用命がございましたらお申しつけください」
ジュドアとルベンナがあの時にいなかった理由が分かった。
ジュドアは毒に苦しみ、ルベンナは看病していたのだろう。
だが、毒に関しては誰もが注意していたはずだ。
そんな厳重な監視の目をすり抜けて飲ませるとなると、グリフィカでも難しい。
しかも高熱を出すような毒となると、さらにだ。
どうやって飲ませたのかを考えながらグリフィカは家に帰った。
通いなれた道で迷子にはならない。
「グリフィカ!」
「あら? お兄様」
「いいところに! これを作ってくれ!」
「これは・・・・・・」
「頼んだぞ」
ヴェホル家に伝わる言葉で、ある秘薬の調合が書かれた紙を渡された。
その内容を見て、深く溜息を吐いた。
グリフィカが毒の魔女と呼ばれているように、兄は毒の魔術師と呼ばれている。
「グレッグお兄様」
「どうした?」
「これは、半年前に作ったと思うのですが?」
「そんなもの、とうにないさ。これを求めるご婦人は多いからな」
グレッグが得意とするのは、毒にも薬にもならぬもので、一部の固定客からは秘薬と呼ばれている。
その固定客は全員が女性だ。
仕方なくグリフィカは調合を始めた。
「お兄様」
「どうした?」
「サラマンダーの丸焼きが棚にありませんわよ」
「倉庫から取ってくる」
材料を乳鉢で形が無くなるまで磨り潰した。
調合をする日々を一週間続けたころに、グリフィカに苗木が届いた。
 




