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 薬を貰いに来た年寄りたちに丁寧に説明をしているギムルが苦しんでいるようには見えなかった。


「だから、これは朝に飲むの。こっちは夜! 聞こえてる? おばあちゃん」


「あぁ聞こえてるよ。わたしゃ昔から耳だけは良いんだ。これが朝で、こっちが夜だろ?」


「だぁ、違うって! こっちだよ。朝飲むのは!」


 元気な声が聞こえる。

毎日がこんな調子だということだ。


「薬師の気まぐれで城に通うとなった時はギムルを殺す気かと思った。だが、宿題だと言う漢方薬はギムルのために調合されたものだった。その夜は発作に悩まされることもなく寝ていた。久しぶりだった。あの子が苦しまずに朝を迎えていたのは」


「診療所の手伝いをしているとのことでしたから出過ぎた真似だと思いましたが、ギムルの症状が思っているよりも重いようでしたので、漢方薬を調合しました」


「なぜ、重いと分かったのですか? 咳など城ではしていなかったと思いますが?」


「胸の中心あたりを何度も擦っていましたので、おそらくと予想したまでです。あとは肺を患っている者特有の特徴がありましたから」


 先代皇帝の症状も診ただけで当てた。

グリフィカなら喘息を見分けることも造作もないことだ。


「城に通うたびに新しい漢方だと言って調べていた。その内容はひと匙で庶民が一年暮らせるくらいに高額なものもあった。どんな酔狂な薬師だと興味はあった」


「毒の魔女で申し訳ございません」


「いや、むしろ納得がいった。だが、どうして初対面のギムルにあれほど高価な漢方を処方した? 貴族相手なら商売ができるぞ」


「まぁそうですけど、お金なら困っていませんし、それに漢方は棚に並べて観賞するものではありません。観賞したければ絵画や皿でも眺めていればよろしいのです」


「皿は違う気がするぞ」


「それで、わたくしは師匠のお眼鏡に適ったでしょうか?」


 急にギムルの職場見学と言ったのは、ギムルの師匠に会うためだった。

グリフィカが調合した漢方薬はギムルの知識だけでは見分けられないほど複雑だ。

必ずギムルから師匠に助けが入る。

そうなれば、漢方が何の目的で調合されているか一目で分かる。


「あぁ、十分だ。十分すぎるくらいだ」


「それは良かったですわ。師匠」


「師匠というのは止めろ」


「お名前を存じませんし、それに名前を覚えるのはすごぶる苦手でして、皇帝陛下のお名前もつい最近、覚えたところなんです」


 グリフィカの言葉はあまりにも不敬ではあるが、薬師だから許されるかと考えたところで、人としてどうなんだろうと考えが行き着いたところで、無言を選んだ。

ギムルは相変わらず、耳の遠い方を相手に奮闘している。


「ギムルの両親は娼婦と博徒だ。ただ娼館の主人が産まれた子には真っ当な暮らしをと、あの姉弟たちは学校も通った。パーシェはギムルのために少しでも給金の良い仕事を選んで城勤めだ。ギムルも貴族に産まれているか、医者の家系に産まれていれば、もっと教育を受けられたはずだ」


「子は選べませんもの。それも定めですわ」


「そうだな。お前さんは薬師のヴェホル家に産まれて良かったと思うか?」


「良かったこともあれば、良くなかったこともありましたわ」


 毒のヴェホルというだけで薬師からも白い目で見られることもある。

師匠がグリフィカの素性を知ったときに毒の魔女と呼んだのも蔑称になる。


「・・・この風邪薬の調合だが、一体、いつ作った?」


「王国で暇つぶしに。王国では、薬はケルシー家の縄張りですし、気候的に風邪が流行る時期が短く、薬も貴族などの富裕層が飲む物ですから庶民受けする安価なものは開発されませんわ」


「そうか」


「ケルシー家は野心家ですから貴族の優越感を刺激する薬ばかり作っていますわ。そのことを考えると王家に仕えるに相応しいですわね」


「・・・・・・この調合を知っているのは?」


「わたくしと師匠とギムルだけですわ。それがギムルを守る盾になることを祈っています」


 医者と薬師は相いれないものと思いがちだが、その知識の希少性から命を狙われることも多い。

だから多くの医者は貴族のお抱え医師になり、身の安全を図る。

医者に独身者が多いのは、そのためで結婚しても相手は同じ医者ということが多かった。


「あの子が医者になれると思うか?」


「間違いなく。医療学校に通えば主席で卒業できるくらいに賢い子ですわ」


「考えておこう」


 学校に通わせるくらいなら、どこかの貴族に援助させれば良い。

その先はお抱え医師という道しか無いが、年を取れば師匠のように診療所で働くこともできる。


「ついつい話が弾んで長居をしてしまいましたわ。お邪魔しました」


「今度は調合を手伝わせるぞ」


「わたくしに調合できないものはありませんわ」


 グリフィカの用事は済んだからファーディナンドから貰ったお金で買い物をする。

道を知らないはずなのに目的を持って歩いた。


「どこに向かっているのです?」


「薬屋ですわ。だいたい路地裏に店を構えていることが多いのです」


「どこも同じなんですね。あと二つ角を過ぎたところにありますよ」


「・・・予算は?」


「金貨五枚です」


「それでは、小瓶ひとつ分も買えないですわね」


「いったい何を買うつもりですか?」


 その問いには答えずにグリフィカは薬屋の店主に望みの品の名を告げた。

その名を聞いて店主は訝しげな表情を見せる。

町娘が買うようなものではない。


「・・・あんた、ナニモンだい?」


「・・・・・・毒の魔女」


「ヴェホルか。いいだろう金貨五枚で売ってやるよ」


「話が早くて助かるわ」


「毒の魔女がマンドラゴラの粉末を求めるとはね。いい毒薬ができたらウチに卸してくれよ」


「いい毒薬ができたらお願いするわ」


 望みの品を手にすると用は済んだと城へ帰ることを告げた。

もっと色々と連れ回されると思っていたイライアスは拍子抜けする。


「もうよろしいので?」


「えぇ、もともとギムルの師匠に会うことが目的でしたし、薬屋の質というのも分かりましたから」


「そのマンドラゴラの粉末ですか? よく呪術に使用するとは聞きますが現存するのですね」


「へっ? 何を言っていますの? マンドラゴラとは、高麗人参の隠語ですわ。昔むかし、滋養強壮にいいとされる漢方を庶民が口にすることを嫌った貴族が取引を禁止しましたの。だから貴族には分からないように物語の魔物の名を使ったのです。そんな御伽噺の生き物が現存するわけありませんわ」


 グリフィカの常識が、常に世間の常識であるとは限らない。

イライアスはわずかな殺意を覚えたが、何も言わないことを選んだ。

忍耐力が試される視察だった。

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