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 消化に悪い話が続く食事風景に慣れて来た給仕たちは、グリフィカの話にときどき感嘆の声を上げながら水を注ぐ。

感情を表に出さないようにしているが、それでも無理なときはある。

それをファーディナンドも特に咎めないし、グリフィカはその声に反応して熱弁することもある。


「・・・庶民の方は薬をあまり飲まないのですか?」


「えっと」


 食後の口直しに果物を出した給仕はグリフィカに訊ねられて戸惑った。

その戸惑いに気づいたグリフィカはファーディナンドを見た。


「構わない。答えてやってくれ」


「はい。・・・・・・薬は高価なのであまり飲みません。胃薬か二日酔いの薬くらいです」


「答えてくれて、ありがとう。皇帝陛下、お願いがあります」


「・・・・・・・・・・・・・・・なんだ?」


 たっぷりと間を開けてから聞いた。

面倒なことしか起きないという天性の勘が働いた。


「ギムルの職場を見学したいです」


「却下だ」


「まぁ! 薬師の行動を制限できないという法典を皇帝陛下、御自ら無視しますの?」


「・・・必ずイライアスを連れて行け」


「言われなくても、そのつもりでしたわ。帝国には不慣れですもの。案内係が必要です」


 微妙な力関係があるが、グリフィカは要望を伝えてから行動する。

そのおかげで、誰かが振り回されるということはあるが、問題になるというところまでは行っていない。

隠し通路を通っていることは完全に秘匿だ。


「あと、もうひとつ」


「まだ、あるのか?」


「帝国金貨をお貸しください。ちょっと買い食いというものをしてみたいのです」


 皇帝に面と向かって金を貸せと言えるのもグリフィカくらいだ。

グリフィカは帝国で何かをするつもりもなかったため、荷物は本当に服と茶葉だけだ。

貴重品と呼ばれるものは何も持っていない。


「町で買い食いに金貨は要らんだろう」


「ついでにちょっと薬屋にも行きたいのです」


「イライアスに預けておく。グリフィカ嬢に渡すとスリに遭いそうだ」


「失礼ですわね! これでもお金をスられたことはありませんのよ!」


 その答えにファーディナンドだけでなく給仕たちも目を開いて驚いた。

腰に手を当てて胸を張る姿に、そこまで主張することではないというのが共通の認識だ。

子どもがする様子にうっかり納得しそうになったファーディナンドは追及してみることにした。


「そのとき、財布にはいくら入っていたんだ?」


「ゼロですわ」


「それはスられたことがない、とは言わないな」


 もともと財布を持っていなければ盗られるお金もない。

考え事をしていれば、とんでもないところに迷い込むこともあるので、王国ではヴェホル家の名でツケで生活していた。

お金には困らない生活をしているので、支払いが滞ったこともないため自然と受け入れられた。

ケルシー家はきちんと財布を持って支払う生活をしている。


「・・・どうしましたの?」


「えっと、その」


 グリフィカが町に出るということが分かってから給仕係の女性が何かを言いたそうにした。

その様子にグリフィカは気づいて声をかけた。

ファーディナンドが何も言わないのを確認してからグリフィカの問いに答える。


「その恰好だと、目立つと思います」


「あら? そうなのね」


「はい。そのドレスは帝国のものではないのが一目で分かりますので」


「目立つのは本意ではありませんわね」


「・・・はぁ、用意させるから少しだけ待て」


「できるだけ早急にお願いしますね。診療所がわたくしを待っているのです」


「待っていないと思うぞ」


 こんなやり取りも増えてきたことで胃を悪くする者が少なくなった。

おとぎ話のように薬師の恐ろしさを聞かされていた者たちはグリフィカが突拍子もないことを言うが無理難題を言う人物ではないと分かり、少しだけ打ち解けてきた。

ツルカが専属だったが、その合間に他の侍女たちがグリフィカの世話をするようになった。


 話を聞いたイライアスがお忍びの恰好と金貨をいくらか用意してグリフィカの部屋にやって来た。

服はグリフィカに助言した者の一着を借りた。

少しだけ丈が長いため手直しが必要だった。


「待ちなさい!」


「えっ? 何かありまして?」


「何かありまして? ではありませんよ。男の前で服を脱ごうとして、何かあったらどうするつもりです!?」


「大丈夫です。わたくしは気にしませんわ」


「私が気にするんです。良いですか? 私が外に出てからにしてくださいね」


 イライアスの剣幕に押されて扉が閉まるのを確認してから服を脱いだ。

薬師をしていると、実験中に薬品を被ったときに服を脱がないと大惨事になる。

異性の前だからなどという恥じらいは捨ててしまっていた。


「そう言えば、貴族令嬢は伴侶の前でしか裸にならないんだっけ?」


 今更ながらに思い出し、廊下で待っているであろうイライアスに声をかける。

表面上は平静を取り戻しているところはさすがだった。


「申し訳ありません」


「何がですか?」


「淑女は伴侶にのみ肌を見せるということを今、思い出しました」


「思い出していただけて何よりです」


 素性を知らなければ町娘に見えるグリフィカはイライアスをお供にギムルのいる診療所へ向かった。

何も知らされていないギムルはグリフィカを見て、ガラス瓶を落とした。

ギムルの師匠はグリフィカを見て、嫌そうに舌打ちをした。


「グリフィカ・ヴェホル薬師と申します」


「・・・毒の魔女か。そこに座れ」


「失礼しますわ」


「ギムル、お前は表で爺婆どもの相手をしとけ」


「うん」


 落としたガラス瓶は割れずに済んだ。

名残惜しいことを隠さずに表に出る。

近所の年寄りがいつもの薬を貰いに来ていた。


「まず、これだ」


「この間、ギムルに出した宿題ですわね」


「いつ気づいた?」


「最初に会ったときですわ」


「なるほどな。毒の魔女は医学にも精通しておったか」


 二人だけで分かる会話にイライアスは眉を寄せた。

口を挟むべきか考えあぐねているらしい。


「・・・あの子は生まれつき肺が弱い。夜は必ずと言っていいほど発作に苦しんでいる」


「ギムルは今年いくつですの?」


「十二だ」


「それでは完治は難しいですわね」


「お話し中、すみませんが、一体何の話をしているのです?」


 イライアスを忘れて会話を進めていたことにグリフィカは思い至った。

知らないのなら黙っていろという考えの師匠は小さく舌打ちをした。


「ギムルのことですわ。ギムルは喘息を患っているのです」


「喘息・・・ですか?」


「えぇ、それも日常的に悩まされているようですわね」


「成長して、ようやく昼間は発作に悩まされなくなった。それでも起き上がれない日もある」


 風邪と違い確実に治せる薬がないため苦しむ者も多い。

グリフィカは会ってすぐに気づき、発作が出ないようにするための漢方薬を調合していた。

それがギムルに必要な薬という絡繰りだった。


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