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 夜、寝静まったときにグリフィカの部屋には隠し通路を通ってファーディナンドが訪れた。

特に約束をしていたわけではないが、何となく来るような気がしてグリフィカは寝ずに待っていた。


「夜に、すまないな」


「かまいませんわ。どうせ眠れませんもの」


 テーブルの上には色々と書き出した紙が広がっている。

何か見落としたものがないか調べているのだろう。


「俺は、皇帝になりたかったわけじゃない」


「・・・」


「ただ父の最初の子だということと父が後継に指名していた。それだけだ」


「・・・」


「俺の祖父は臆病で誰も信用せず、常に毒に怯え、そして少しでも疑わしいと思えば処刑していた。それが長年、連れ添った側近であっても、訓練中の兵であっても」


「それは・・・」


「側近は、雨が降り出したから窓を閉めようとした。それがたまたま背後に立つことになった。理由はそれだけだ。訓練中の兵は抜刀した。理由はそれだけだ」


 すべてを自分の命を狙うものだと思い込み、そして、恐怖から処刑した。

側室の中には、髪に簪をしていたというだけで、処刑された。

全員が正式な手順を踏んで処刑されたわけではない。

その場で切り伏せられた。


「そんな姿を見ていたからだろうな。父は年齢、立場関係なく実力がある者は評価した。その分、裏切り者にも容赦はしないが、気分で殺されるということはないから離れていた側近たちも戻って来た。父にとって苦楽を共にした者は裏切らないという思いがあるのもしれないな」


「・・・」


「とくにスヴェルのことは殊更、可愛がっていた。だから今回のことはスヴェルの手柄にしたかったのだろうな」


「そういう話でしたの?」


「そういう話だ」


 実力で評価されることも重要だが、ある程度の年齢による順序というものも必要だ。

ファーディナンドには、まだ家臣たちにどちらも示すことができない。

皇帝の座を降りることは許されなかったが、認められてもいないという微妙な立場だった。


「わたくしは薬師として役に立ちましたでしょうか」


「あぁ十分なくらいに」


「それを聞いて安心しました。ファーディナンド陛下」


「今・・・」


「何のことでしょうか? 皇帝陛下」


 自分の死を望まれるというのは、思っているよりも負担が大きい。

誰が味方かはっきりしないうちは心情を表に出すのも許されない。


「・・・皇帝陛下が毒に侵されている間は、お手伝いします」


「なんだ、それは? そう言われたら自分で毒を飲みそうだな」


「それですわ!」


「何だ!?」


「えぇえぇ、ぜひともそうしましょう! とても良い案ですわ」


 今まで静かな語り口調だったのが、一気に変わった。

そんなグリフィカにはファーディナンドは嫌というほど見覚えがあった。

毒について語っているときだ。

子どもが新しいおもちゃを手にしたときのように輝いている。


「そうですわ。なぜ気づかなかったのでしょう」


「嫌な予感しかないのだが」


「大丈夫ですわ。辛いのは最初だけです。慣れれば、それすらも癖になりますわ」


「その表現はどうかと思うが」


 まだ学校に通っていたころに悪友の一人が特殊な性癖を持っており、同じような台詞を言ってファーディナンドを誘った。

そのときは丁重にお断りをしたが、ふと記憶が蘇った。


「大丈夫です。何も怖いことはありませんわ。わたくしが優しく手解きいたします。どうぞ、その身をお預けになってくださいませ」


「・・・・・・遠慮しておく」


「どうしてですの? 毎食毎食、飽きもせずに毒を食べているのに、今更、二つ、三つ増えたところで変わりはありませんでしょう。何を躊躇っているのです? 毒に体が慣れてしまえば、毒殺の恐怖から逃れられるのですよ。さぁ」


「・・・・・・・・・楽しんでいないか?」


 このまま流されて頷いてくれると思ったグリフィカは、明らかに落胆した表情を見せて溜め息を吐いた。

ファーディナンドは、その表情を見て己の勘に救われたことに気づいた。


「勘が鋭いのも考え物ですわね。まぁわたくしの欲はともかく、もう少し毒に耐性を持った方がいいというのは事実ですわね」


「欲・・・という言葉聞かなかったことにする。それで、もう少し毒の耐性というのは、どういうことだ?」


「他国がどうなのかは存じ上げませんが、モルビット王国なら痺れ薬程度なら効かないように耐性を付けていますわ」


「俺はそういうことはしていないな」


「今からでも遅くありませんわ。致死量まで、とは申しません。寝込むにしても回復が早くなる程度には慣れておいた方がいいです。皇族が毒の耐性をつけていない方が驚きですわ」


 歴代の医師たちが秘伝の薬で耐性をつけさせるものだと思っていた。

ただ、本人に知らせるかどうかは、そのときの医師たちに任せられるが、少なくともジュドアですら痺れ薬には耐性があった。

ファーディナンドにも本人が知らないうちに、と思ったが、今までの毒に対して耐性があるようなことは一度も見られなかった。


「全部などと贅沢なことは言いませんから、せめて毒の味が判別できる程度には慣れてください」


「一度、分かったぞ」


「あれは、ものすごい分かりやすくて、知らない者でも違和感を感じます。まぁそうですね。そうです。それで良いので、他の毒も分かるようになってください」


「・・・・・・・・・やっぱり遠慮しておく」


「どうして!?」


「何となくだ」


 無言の応酬があり、先に折れたのはグリフィカだった。

がっくりと肩を落とし、ファーディナンドを上目遣いに見る。


「どうして、分かりましたの?」


「だから、勘だ」


「・・・せっかく毒の研究ができると思ったのに」


「俺で実験をするな」


「ゆくゆくは、ファーディナンド陛下の御身のためになるから良いではないですか!?」


「良い訳ないだろう!? そして、そこで名前を呼ぶな。うっかり許可したくなるだろう」


 不毛な平行線を辿る言い争いは、ファーディナンドに軍配が上がった。

だが、ファーディナンドも毒の耐性の重要性は理解している。


「先に、何を飲ませるか。どんな症状が起きるか。説明してからだ」


「飲ませてもよろしいのですね!?」


「そこで喜ばれると複雑な気分だ」


 すでに何を飲ませるか考え出したグリフィカには聞こえていなかった。


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