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 ゆっくりと視線をスヴェルに向けると、水差しを差した。

その意味を誰もが測り兼ねている中、視線を受けたスヴェルは思い至った。


「まさか!」


「なぜ先代皇帝陛下の容態がなかなか良くならないのか。それは、その水にあります」


「そういうことですか」


「その水は、湧き水を汲んだものではありませんか?」


「えぇ」


「そして、その湧き水の源流は、あの鉱山に繋がっている。魚を召し上がらなくなっても、治療を始めても、良くならないのは、鉱毒を取り込んでいるから。本当に先代皇帝陛下を思うなら、全てに気を配らなければいけない。それをお忘れなきようお願いいたします」


 先代皇帝が水からすべてを変えると、すぐに快方に向かった。

今までの停滞が嘘のように快癒し、落ちた筋力を取り戻すべく散歩できるまでになった。

グリフィカのことは気に食わないが、先代皇帝が回復したことと医師としての甘さを痛感し、カイウェルは大人しくなった。

スヴェルは不甲斐なさに総医師を辞めようとしたが、先代皇帝より止められた。


 先代皇帝が回復したことでファーディナンドも皇帝を辞めようとしたが、さすがに諸外国に発表しているからという理由で叶わなかった。

大きな心配事がひとつ無くなったことでファーディナンドの表情が心なしか軽やかに見える。

グリフィカを含めた食後のお茶も復活し、相変わらず香りと味が一致しないお茶に翻弄されていた。


「・・・まずは礼を言わせてくれ。ありがとう。グリフィカ嬢」


「いえ、当然のことをしたまでですわ」


「私からもお礼を言わせてください。グリフィカ様」


「イライアス様から様付けで呼ばれるとおかしな感じがしますわね」


「では、今まで通り、グリフィカ嬢でいかせていただきます」


 グリフィカは皇帝が招いた客人なのだから身分に関わらず、様付けをしなければいけない。

だが、婚約者を殺すような人物ということで警戒していた分、言葉遣いに現れていた。

グリフィカも気づいてはいたが、気にすることでもないと本当に気にしていなかった。


「ただ、目に見えた脅威が無くなっただけで、皇帝陛下の脅威は消えていませんわ。未だに誰がしているのか分からない。毒も定期的に入っている。これが解決しない限りは、終わったとは言えませんね」


「先代のことは不幸な事故のようですし、犯人は分からず仕舞いのようですからね」


「何を言っているのです? よくよく考えてくださいね。わたくしは先代皇帝陛下の鉱毒は、ゆるやかに摂取したものだと結論を出し、そして、その結果をスヴェル総医師にも伝えてくださいましたのよね?」


「伝えましたよ。そんな方法があったことに驚きと落胆をされていましたよ」


「そして、納得された」


「えぇ」


 先代皇帝の鉱毒の摂取経路はイライアス経由で話が通っている。

だから、グリフィカが先代皇帝のもとに行ったのは、本当に容態を見るためだ。

容態がきちんと回復してから鉱毒は人為的に摂取されたものだと、ファーディナンドの監視がある場で言うつもりにしていた。


「納得したということは、魚を食べ続けたことが原因だと認めたということです。なのに、先代皇帝陛下が口にするものを改めて見直さないというところに、わたくしは問題だと言っているのです」


「うん? そんな話だったか?」


「そんな話です! たとえ、これが未必の故意だったとしても先代皇帝陛下が体調を崩されてもいいと思っている人物がいるだけで、皇帝陛下への危険は高まるのです」


 グリフィカが言いたいことは分かるが、話が飛び過ぎて付いていけていない部分があった。

だが、先代皇帝が回復したからと言って、ファーディナンドの毒殺未遂は終わっていない。


「先代皇帝陛下が苦しんだ原因を見過ごした者と皇帝陛下へ毒を盛っている者が同一人物であるとも、ないとも言えないこの状況で悠長にしていられないのです」


「焦っているようだが、何があった?」


「・・・・・・イライアス様が見つけてくださったドゥーフェ・ヴェホルの手記です」


「話には聞いている」


「この部分です。『私は王国にいたときに作った解毒できない毒。同じヴェホル家の者でも解毒薬を作ることができていない。そんな毒を“あの子”は何も知ることなく。解毒できない毒という言葉だけで作った。末恐ろしい才能だ。だが“あの子”は薬師としての誇りを持っていない。そこは最初に教えたはずだが、育て方を間違ったようだ』」


 グリフィカが読み上げた一文はファーディナンドとイライアスを黙らせるには十分だった。

ヴェホル家は毒を扱ってはいるが、薬師としての誇りは持っている。

大罪人であるドゥーフェも持っていた。


「ヴェホル家ですら、調合することも解毒することもできない毒をドゥーフェの養い子は作り上げた」


「その“あの子”が誰かは分かっていないのですね」


「名前は記されていません。それとドゥーフェは、もう一人、育てたようです」


「もう一人?」


「正確には“あの子”の暴走を止めるために“あの子”の“養い子”として引き取らせたようです」


 どうして、そんなことをしたのか。

グリフィカには分かる気がした。

多くの人を殺したドゥーフェだが、薬師であることまでは捨てていない。

だから誰かのために殺すのではなく、あくまでも自分の研究のために殺した。

その心意気があるなら許されるわけではないが、手記にある“あの子”は、次第に毒で人が死ぬことに快楽を覚えていたようだった。

それを止めるために、子どもを育てさせた。


「“あの子”もしくは“養い子”がドゥーフェの知識を引き継いでいるということか。それも薬師としての誇りを持たずに」


「そうなります。もしかすると、先代皇帝陛下も皇帝陛下も毒の実験台にされたのかもしれませんね」


「それはご免被りたいな」


 ドゥーフェの最後は“あの子”による毒殺だった。

最初は毒の研究結果だったのが、途中から毒を飲んだときの効果を細かく記している。

ヴェホル家に伝わる言葉で書かれているからファーディナンドとイライアスには気づかれていないが、読み進めていくうちに、気づいた。

そして、緻密で計算されており、毒殺するうえで無駄のない方法だった。


「先代皇帝陛下の鉱毒による中毒が人為的なものなら、わたくしは黒幕に真っ向から喧嘩を売ったことになります。おそらくは何か行動があると思います。黒幕は毒殺だと気づかれないで毒殺したいようですから」


「そうだな」


「先代とともに戦場にいた者については引き続き内偵をいたします」


「頼んだぞ」


 鉱毒による中毒は回復した先代皇帝自身で、不運な事故であったと宣言し、回復できたのは医師たちの懸命な治療のおかげだと言った。

そこにグリフィカの名前はない。

グリフィカも名前を売りたいわけではないし、懸命な治療をしていたのは医師だ。

だが、先代皇帝が宣言してしまったことで大々的に調べることができなくなってしまった。


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