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第一王子は王妃の子であり、公爵家から嫁いでおり歴史も古く何度も王族が嫁いだことがある由緒ある家柄だった。
政略結婚であり王と王妃の間に愛情はないが、王は王妃に頭が上がらない状態だ。
周りに急かされるままに跡継ぎを作ると、王は外に癒しを求めた。
側室を望もうにも王妃の実家がそれと無く潰してしまうため必然的に手近になってしまう。
そこは王妃の実家の息のかかった令嬢を嫁がせておけば良かったのだが、まさか王が隠れて手を出すと考えなかったことによって判明する。
見目が良く、穏やかな娘ということで行儀見習いに侍女をしていた男爵令嬢に手を出した。
たった一度の逢瀬だったが令嬢は身籠ってしまい、王が手を付けたということはすぐに分かった。
仕方なく側室にしたが身分が低く王妃からは嫌われたが、王からの寵愛を誰よりも受け、第一王子に遅れること半年で元気な男の子を産んだ。
第一王子のときは何も気にしなかった王はジュドアが産まれるときだけは仕事を前倒しにして立ち合い、名前も必死で考えるという子煩悩ぶりを発揮した。
それを面白くないと思う王妃からの風当たりは強くなり、王がさらに守るという悪循環を引き起こした。
それでも王の子を産んだため側室となった男爵令嬢は肩身の狭い思いをしながら後宮でひっそりと過ごしている。
「ジュドア」
「異母兄上」
「また毒を盛られたんだって?」
「はい、解毒薬も用意したうえで」
「グリフィカの悪癖にも困ったものだね。私からも言っておくよ」
「ありがとうございます」
年は半年しか違わないが母親の身分の違いから誰もが、第一王子が次期王であると信じ、法によっても長子が継ぐと明記されている。
例外は双子くらいだが、ジュドアはそこを失念していた。
「ローランド殿下はお優しいですね」
「たった一人の異母弟だからね。大切なのは変わりないさ」
「異母兄上、それで相談があるんですが」
「うん? 何だい?」
「ルベンナを正室に、そして、グリフィカを側室にしたいのですが父上の説得に協力してもらえないでしょうか」
優秀さで言えばローランドの方が学力武芸ともに好成績を修めており、ジュドアの成績は今一つ物足りないものだった。
そんなところからローランドには余裕があり、異母弟の頼みに力を貸すことに躊躇いはない。
「うん。婚約破棄よりは現実的な願いだね。いいだろう。力を貸すよ。折を見て母上にも話をしておこう。父上の説得に力を貸してくれるはずだ」
「ありがとうございます。異母兄上」
「ありがとうございます」
喜ぶジュドアとルベンナにローランドも笑顔で答える。
王妃と側室の最悪な関係を知っているローランドは、母親である王妃がジュドアとグリフィカの婚約を何とかして破棄させようと動いていることも知っていた。
知らないのは笑顔で喜ぶジュドアとルベンナだけだ。
「じゃ私はシルヴェリアと昼食を取るから、また連絡をするよ」
「本当にありがとうございます。異母兄上」
廊下で待っているシルヴェリアは純粋にお礼を言っているジュドアを可哀想なものを見る目で眺めていた。
そして、婚約者であるローランドに僅かながら批難する目を向けた。
そんな視線をものともせず、悪巧みする笑みで受け止めると食堂へと向かう。
「悪いお人ですわね」
「何を言うかと思えば、そんなことか。可愛い異母弟の願いを叶えようとする健気な異母兄じゃないか」
「そうかしら? 幼気な異母弟を手のひらの上で弄っている非道な異母兄ようにしか見えませんでしたわ」
「グリフィカがどうして婚約者なのか気づかないところが虐めたくなるだろう?」
「グリフィカ様もお可哀想ですわね。わたくし、つくづく薬師でなくて良かったと思いますわ」
王妃のお眼鏡に適ったシルヴェリアは、物語に出てくる王子像そのものであるローランドの本性を出会ってすぐに見抜いた。
それからは数多いた婚約者候補の中からローランド自身に選ばれ、戦友のような恋愛を育んでいる。
「それで? 首尾は?」
「残り半年というところで先方も焦りがあるようですわね。なりふり構わず吹聴していますわ」
「まったく、その能力を違う方向に使えば可能性はあったものの」
「本当に、まったくですわね。何もしなくても上手く進むようですけど、万に一つの抜かりはないように徹底しておきますわ」
ルベンナはどうしてもジュドアの妻になりたい。
ジュドアはどうしてもルベンナを妻にしたい。
その思いを誠実にグリフィカに伝えれば叶えられたかもしれない。
「グリフィカに頼めば史上初の毒を専門とするケルシー家が誕生したかもしれないというのに」
「えぇ必要なのは毒の知識を持つ令嬢。身分も血筋も何一つとして必要とされていませんわ」
「そこが分からないから可愛いのだけどね」
「分かっていないのはルベンナ様もですわね。必死なのは分かりますけど、お茶会で風邪に効くと言って薬を持って来られましても困りますわね」
爵位を持っていなくても薬師であるルベンナを無視することはできないから、必然的にお茶会に招くことになる。
何代にも渡って王家に仕えているから最低限の貴族のマナーなどは学ぶ機会もあるが、ルベンナにはそれが見られない。
「風邪薬は庶民にはなかなか買えない高級なものだが、貴族が買えないものではないな」
「えぇそれならば庶民でも買えるように安価な風邪薬を開発していただけると助かりますものを」
「その分かっていないところを可愛いとは言えない」
「一般的に殿方は女性の至らないところを好ましいと思うのではありませんの?」
「確かに一般的にはそうだろうが、その至らなさの内容によるな。微笑ましいのなら好ましく思うが、今回のルベンナ嬢の行動はいっそのこと縊り殺したくなるな」
自分が認められるように努力しているのなら良いが、ルベンナのこれは自分ができることしかやらない。
それでいて自分はこんなことができるのだと示すと同時に、風邪薬しか作れないけどと謙遜するという相反することを同時に見せたい。
「そうでございますか」
「私はシルヴェリアのそういう達観したところが好きだよ」
「・・・ありがとうございます。より一層の精進に努めたいと思います」
「その調子でお茶会も頼むよ」
「かしこまりました」
シルヴェリアは精力的にお茶会を開き、毎回、ルベンナを招いていた。
反対に、グリフィカは一度も招いていない。
そのことで王家はグリフィカ支持とルベンナ支持で二分していると思われていた。
グリフィカが招かれないことを良いことに、ジュドアが婚約者から何度も毒を飲まされて苦しんでいると嘆き、婚約者でないから側にいて助けることもできないと吹聴していた。
最初は嘘だと信じていた令嬢たちもジュドア本人から毒を何度も飲まされていると証言され、今ではジュドアとルベンナに同情的な令嬢が多い。
グリフィカがジュドアに毒を飲ませているのは王家も非公式ながら認めているから、ルベンナの味方というよりもジュドアの味方が増えていった。
そんな勢力関係からシルヴェリアひいては第一王子のローランドはルベンナの味方なのだと思われていた。