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パーシェの弟が城に通うようになって一週間が経った頃だ。
グリフィカは日記と献立を読む合間に毒の手解きをするという日々を過ごした。
「うーん、これは、五種類ですね」
「そうよ! すごいわ」
「・・・五種類?」
見張りのためにイライアスも同席し、グリフィカの調合する漢方茶の種類当てをする。
混ざった味の違いなど分からないから何度、飲んでも五種類は分からない。
それをパーシェの弟であるギムルは初日から難なく当てていた。
「すごいわね。それだけ分かれば、すぐに調合できるようになるわ。明日からは漢方の扱い方を教えてあげるわ」
「でも、師匠がまだ早いって」
「ギムルの年で漢方を扱うのは早いけど、でも扱ってはいけないということは誰も言っていないのよ」
「えっ?」
「それに漢方と言っても千差万別。師匠に怒られない漢方を教えてあげる」
毎日、漢方茶を飲んでいただけだが、勉強は始まっていたようだった。
それにギムルの師匠となると医師だ。
あまりグリフィカが関わりすぎると良い顔はしない。
「さっ、これが宿題よ。何種類か当ててみてね」
「うん」
漢方を混ぜた一包をギムルに渡して勉強会は終わる。
あまり長い間、拘束すると診療所に影響が出るからだ。
医師には医師の役割があることは理解していた。
ギムルが城に来ることを反対していたギムルの師匠は、グリフィカが持たせた宿題の漢方茶を見て、反対と言わなくなった。
その漢方の効能がギムルに必要なものだと医師が気づいたからだ。
「・・・・・・兵が送って行きましたよ」
「わかりました」
「今のところは何も無いようです」
「このまま何も無いと良いですけど、そうも言っていられませんわね。あれから一週間が経ちました。先代皇帝陛下の容態は聞いていますが、あまり芳しくないようですね」
グリフィカが鉱毒だと診断して、その治療を行っているが、改善があまり見られない。
ほんのわずかに良くなっているが、予想しているよりも良くはなっていなかった。
高齢だから、治療が遅れたから、そんな理由だけでは説明がつかない。
「本当はギムルも同席させようと思ったのですが、難しいですね」
「あまり長い間、通わせると反対に、自分のところの見習いも通わせたいと言い出す者はいるでしょうから」
「仕方ありません。これをギムルの師匠に渡してください」
「これは?」
「わたくしが調合した風邪薬です。ユリスキルド帝国では毎年、流行っており死者も何人か出ていると聞きました。気候の違いでモルビット王国では流行がほとんどないので、無駄になっていましたが、役立ちそうですね」
グリフィカが医師にも分かる言葉で書いた調合表だ。
モルビット王国では暇つぶしに薬も作っていた。
だが、何事も需要と供給がなければ成り立たない。
患者数がそもそも少ない上に、罹ることも稀な病の薬など誰も見向きもしない。
「それはギムルなら調合できます。今から作れば本格的な流行のときには十分な数を確保できます」
「よろしいのですか?」
「毒であろうが薬であろうが、人の役に立たなければ意味がありませんから」
これでギムルはしばらく城に来れなくなる。
だが、医師と共に調合できる限られた人材となれば、そうそうに危険なことにはならないはずだ。
確実ではないが、ギムルを黒幕から守るための手段として使った。
「なるほど、分かりました。あと、スヴェルより伝言です」
「スヴェル総医師から? 何でしょうか」
「先代の容態をもう一度、診て欲しいとのことです。快方の仕方がゆっくりなのが気にかかると言っていました」
「分かりました。明日、伺います」
「よろしくお願いします。彼も不安なのでしょう。一年前に先代が倒れられてから何か効く薬は無いかと、遠方まで足を何度も運んでいましたから」
城勤めの医師がそう簡単に外に出ることはできないが、先代皇帝の一大事ということで許されていた。
今も時間を見つけては先代皇帝のためにと色々、集めている。
その献身的な姿を見ているから先代皇帝には回復をして欲しかった。
「遠方まで・・・」
「モルビット王国にも行ったと言っていましたよ。王家に仕えているケルシー家に助言を求めたと」
「ケルシー家に・・・・・・」
この一年の記憶の中に、ケルシー家に接触した他国の医師の存在はない。
名前は知らなくてもそんなことがあれば覚えていても良かった。
少しだけ考えるが、ユリスキルド帝国の皇帝の代替わりですら毒草の収穫を優先した。
そんなグリフィカが覚えている可能性は低かった。
「今もほとんど寝ずに看病をしています。どうにかしてあげたいという思いがあります」
「鉱毒に目が行きすぎて他を見落としているかもしれませんね。明日はもう少ししっかりと診たいと思います」
「ありがとうございます」
そう答えたものの鉱毒以外の毒の症状は見られなかった。
だからと言って他の毒の可能性があると迂闊なことも言えない。
少しだけ眠れない夜を過ごした。
グリフィカがもう一度、先代皇帝を診ると言い出したのはスヴェルだが、カイウェルは納得していない。
それはグリフィカが女で年若いというところも影響している。
「先代皇帝陛下、御身を失礼いたします」
「あぁ」
触ると痛みはあるものの以前のように激痛に苛まれるということはない。
だが、ベッドから起き上がれないのも事実だった。
「先代皇帝陛下に鉱毒以外の毒の影響は見受けられません」
「ふん、ならば何故、先代は快方に向かわん? お前が無能だからではないのか?」
「そうかもしれませんね。ですが、鉱毒であると気づくこともできずに、一年を過ごし、さらに、先代皇帝陛下が鉱毒の脅威に侵されるまで気づかないのは、そちらの非ではありませんか?」
「言う事欠いて、何を言うかと思えば」
「そうでしょう。先代皇帝陛下が野営をされていた地域は鉱山があり、百年前に鉱毒に苦しんだ地域です。そんなところだと気づかずに先代皇帝陛下へ鉱毒を持つ魚を献上していることに気づかなかった。わたくしの非ではございませんわ」
このまま平行線の言い争いが続くかと思ったが、それを止めたのは病床の先代皇帝だった。
小さな声ではあったが、誰もが口を閉じるには十分だ。
「止めよ」
「失礼しました」
「先代・・・」
「グリフィカ・ヴェホルと言ったな」
「はい」
「わしの病の原因を突き止め、治療法を見つけてくれたことは感謝する。だが、彼ら医師は今まで、わしを献身的に治療してくれた。まるで我が身が苦しんでいると同じように、心を痛めていた。そなたの言うように、そなたに非はない」
長く話すのは体力が落ちた体には重労働なのだろう。
スヴェルがゆっくりと水を飲ませる。
「スヴェルもカイウェルも、あの訓練された兵ですら逃げ出す戦場で医師として務めた。スヴェルは少しでも、わしに活力が戻ればと、早馬で水を汲みに行ってくれている。その思いだけは本物だと信じたい」
「・・・かしこまりました。グリフィカ・ヴェホルは先代皇帝陛下の御身が快癒されるようにお手伝いさせていただきます。ですが、それでも医師として甘いと申し上げなければいけないようです」
「わしの言葉を無視するということか?」
病に気力が落ちていても、その眼力は皇帝の座にいたものだと知らしめるに十分な力があった。
その目を真っ直ぐに見てグリフィカは言葉を続けた。




