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王妃が寵妃の子を毒殺しようとしたなど醜聞どころの話ではない。
どの国でも愛憎蠢く話は掃いて捨てるほどあるが、よくある話ではあるが、他国に知られていい話でもない。
「グリフィカ嬢、貴女は王妃の罪を被ったということですか?」
「少し違いますわね。王妃が第二王子に毒を盛ったのは昨日今日の話ではありませんから」
それだけ長い間、毒を盛っていたのなら父親である国王が何か対処しても良さそうだが、グリフィカの口ぶりからは感じられない。
「第二王子が五才を迎えたころから王妃は少しずつ毒を飲ませました。歴史ある家の令嬢ですから王城に子飼いの者を手引きするくらい簡単なことですわ」
「そうでしょうね」
「最初は誰もが風邪をひいただけ、病弱なだけ、そう思っていたのです。ですが、寝込む第二王子を国王陛下は気にかけるあまり何度も見舞いました。第一王子が風邪をひいたときは顔も見せないのに。そのことで王妃はますます毒を飲ませました」
「薬師の方が診れば毒だと分かったのではありませんか?」
「分かったとは思いますわ。でも宮廷医師が毒かもしれないので診て欲しいなどと口が裂けても言いませんわ」
薬師と医師の仲は周りが思うよりも悪く根深い。
薬師に頼るということは己の未熟さを露呈するようなものだ。
天と地が返っても頼られることはなかった。
「第二王子があまりにも寝込むことと医師が原因を解明できないことで、国王陛下は最初、ケルシー家に頼りました。ケルシー家の者はすぐに毒だと気づきました」
「国王がもっと早くに判断していれば苦しみは少なかったかもしれないのに、可哀想なことですね」
「そうですわね。毒を飲まされているのは完全な八つ当たりですもの」
「それで、どうなったのです?」
「毒が関わっていると分かり、国王陛下はヴェホル家に解毒するようにと依頼しました。そのとき、すでに五年もの歳月が経っていましたので、王妃を処罰するのは国王陛下の無能さを公にするものでした」
王妃が関わっていると国王が気づかなかったのは、第二王子が寝込むたびに王妃は見舞いの品を用意し、我が子のことのように心配する素振りを見せていたからだ。
国王としては、王妃を蔑ろにして寵妃をすぐに相談もなく作ったことに負い目があった。
「そこで、第二王子と同い年であるグリフィカ・ヴェホルを婚約者にし、秘密裏に守るようにと依頼されました。最初は断るつもりでしたが、ドゥーフェのこともあり、強く出られないヴェホル家はそれを受諾しました」
「親の罪が子の罪ではないでしょうに」
「まぁ婚約者ともなれば側にいられますから毒にはすぐに気づきます。第一王子が即位するまでのことだと割り切ってはいました。ただ王妃はヴェホル家の者が婚約者になった理由に気づき、さらに強い毒を飲ませるようになりました。このままでは命を落としかねないと思い、王妃の代わりにわたくしが第二王子に毒を飲ませることにしたのです」
毒の専門家だからといって代わりに飲ませるという手段は常識からは外れていた。
だが、その効果はあった。
「婚約者から毒を飲まされ、苦しみ、毒を飲ませた相手から解毒を受ける。その生殺与奪を握った常軌を逸した方法は王妃の留飲を下げることができ、一応の効果はありました」
「もしかしたら代わりに殺してくれるかもしれない。死ななくても自分が飲ませるより苦しんでいる。確かに効果はありそうですね」
「国王陛下もこちらの思惑にはすぐに気づきました。ただ誤算だったのは、第二王子がルベンナを好きになってしまったことです」
「ルベンナ?」
「ケルシー家の養女ですわ。わたくしたちと同い年です」
「別に問題はないのではありませんか?」
薬師が血による世襲を取っていないことは常識として知られている。
あくまでも知識による継承を重んじているからだ。
「彼女が幼い頃から薬師として学んでいれば問題はなかったでしょうが、彼女はヴェホル家の娘が第二王子の婚約者になるという話を聞いて急遽、呼び寄せて付け焼き刃の知識を教えただけのなんちゃって薬師ですわ」
「なんちゃって薬師、ですか」
「ケルシー家の当主の子であることは間違いないですが、薬師としての知識もほとんどなく、第二王子の寵愛目的で送り込まれたのですよ。まぁそれに気づかずに第二王子は寵愛したのですけど」
「それでも貴女が婚約者であったのは最近まで変わらなかったと思いますが?」
「えぇ国王陛下はヴェホル家の娘が第二王子を守れる立場にあることが重要と考えていましたから寵愛がルベンナにあっても問題ではなかったのですよ。ゆくゆくは、わたくしを正室に、ルベンナを側室にすれば良いと思っていました」
国王は何度も言い聞かせていたし、周りもそれなら別に庶民の娘を寵愛していても良いと言っていた。
王族にすら傅かない薬師を王家の人間にすれば、国王から命令ができると見越してのことだ。
グリフィカが婚約者になったのは多くの思惑が重なってのことだった。
「第二王子は、自分が王妃に疎まれていることはご存じないのですか?」
「ありませんわ。王妃は第二王子を我が子のようだと公言しておりますし、側室とも姉妹のように気にかけていらっしゃいます。それは人目のないところでも変わらず・・・だから国王陛下が気づくのに遅れたのですわ」
政略結婚だから国王である自分に対して一歩引いた態度なのだろうと都合の良いように解釈していた。
そう考えていても王妃が側室をいじめることもなく、義理の息子を遠ざけるでもなく、非の打ち所がない王妃だった。
だから国王は気づけなかった。
「国王陛下ですら気づけなかったことを詳しく知っているのに疑問があるというお顔ですわね」
「えぇ、まるで全てを見ていたかのようですから」
「わたくしと第二王子の婚約が決まったときに、父と兄は王妃に呼ばれたのです。我が子同然のジュドアの妻は娘同然。その親兄弟は家族である。王妃という立場上、公務以外で後宮からは出られないので城に出向いて欲しい。そう王妃から誘いを受けたそうです。王侯貴族の柵は理解していますから王妃のもとに行きました」
グリフィカは少しだけ言葉を区切った。
ここから先の話は国王ですら知らない話なのだろう。
「そこで聞かされたのは、王妃が国王陛下を恨み、第二王子を妬ましく思っているということです。そして王妃は国王陛下に誰にも言えない苦しみを抱えさせたいのだと告白されました。最後に邪魔をするなら第二王子を殺して、その咎をヴェホル家に負わせる。とも」
「それは・・・脅迫ですね」
「そうですわね。もし、それが実現すれば、ドゥーフェのことがありますから貴族は軒並み信じるでしょう。あとは伝え方を間違えなければ薬師を断罪したことへの諸外国からの風当たりもないはずです」
ドゥーフェ・ヴェホルは罪なき民衆を毒で虐殺したうえに、それを隠ぺいするようにと王家に迫った。
それに逆らえない王家は隠ぺいをし、ヴェホル家を変わらず重宝した。
そのことを知った正義感の強い第二王子ジュドアは公表しようとし、ヴェホル家に毒殺されてしまった。
そんな筋書きで公表しておけば、ドゥーフェのことで同じ薬師からは疎まれる。
いくら薬師でも罪を犯してはいけないと諸外国も思うことだろう。
喉から手が出るほど欲しい薬師だが、それでも身を寄せることができる国は少なくなる。
王妃の目的は国王を苦しめることと息子の第一王子が即位することだ。
ならば、その二つさえ邪魔しなければヴェホル家が窮地に立たされることはない。
グリフィカが聞いたのは、そんな顛末だ。




