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出歩くのは良い顔をされないので、与えられた部屋で大人しく分析を続けるグリフィカは突如として現れたツルカに怪訝な顔をした。
基本的に呼ぶまで来ないツルカが自発的に何かを持って来たということで喜ばしいことではない。
グリフィカが薬師だと分かった上で、貴族令嬢としての振る舞いを求めてくるからだ。
「何か御用かしら?」
「お忙しい皆さまがグリフィカ様が、同席されるということで食事を共にしてくださいました。お礼状をお書きください」
「・・・では、ツルカ。代筆をお願いします」
「はい?」
「たしか貴族令嬢のマナーにお礼状は代筆で送ると習ったのだけど、間違っているかしら?」
基本的にお礼状は直筆が望ましいが、未婚の令嬢が婚約者以外の男性に送る場合に侍女が代筆をして送ることが多い。
それは他の男性に心を許していないけれども、お礼はしないといけないから許してねということを示しているらしい。
「・・・いえ」
「間違っていなくて良かったわ」
「失礼いたします」
ツルカが出てから気配が離れるのを待って、扉に鍵をかけた。
グリフィカがしようとしているのは、絶対に人に知られては困ることだからだ。
これで少なくとも二時間は部屋にいないことに気づかれない。
「仕方ないわよね」
部屋の隅から一歩ずつ踵で床を叩きながら歩く。
わずかな音の違いを聞き分けて隠し通路を探した。
城から逃げるとなると、どこからでも逃げられるようにしておかなければならない。
「ここね」
素人目には分からないが絨毯に継ぎ目があった。
めくると取っ手の付いた板があり、持ち上げると隠し通路に入れた。
「・・・ランプの用意はないわね」
仕方なく燭台を持って進むことにする。
火が消えれば真っ暗闇になるので、慎重に進む。
「・・・執務室はあっち、なら、こっちね」
目的を持って進んでいるが、執務室で仕事をしているファーディナンドに会うためではないようだった。
グリフィカの目的は水面下で調べているであろうイライアスの方だ。
ファーディナンドに会うなら夜に隠し通路を通って行けばいい。
すでにその方法で会っている。
だが、イライアスにだけ会うのは昼間でなければ難しい。
「地下は地下に通じている」
グリフィカに隠し通路の歩き方を教えた暗殺者は、各地の王城の隠し通路に精通していた。
その経験から隠し通路は必ず資料室に通じていると言っていた。
その理由は分からないが通じている。
「・・・首と胴体が離れなければいいけど」
いつまでも通路にいることはできないので、火を消してから外に出るための板を持ち上げた。
音を立てないように出て、周りの様子を探る。
目的の資料室に辿り着けたようだった。
「・・・その方法で夜這いをしたのですね」
「何のことでしょうか?」
「とぼけなくてもいいですよ。貴女が夜這いをしたという当夜に見張りの兵たちから変わったことの報告はなかった」
「叱責を恐れて黙っているだけかもしれませんわよ?」
「それもありますね。それなら罰するだけのことです。己の進退を優先して陛下の御身を危険に曝した」
「・・・・・・あの夜、隠し通路を使って皇帝陛下のもとに行きましたわ」
忍び込んだのがグリフィカであることと、ファーディナンドが問題にしていないから何もないだけで、隠し通路を使って忍び込んでいることに気づかない時点で見張り失格でもあった。
秘密裏に配置換えをされるのだろう。
「それで、私に首を刎ねられる危険を冒してまで来た理由は何です?」
「今回の黒幕は、わたくしが思っているよりも長い年月をかけて用意してきたようですから、この際、尻尾を踏んでみようと思いましたの」
「踏んでどうするのです? トカゲのように切るかもしれませんよ」
「それはありませんわ。ただ、踏んだときに出てくるのは、虎か竜か、はたまた、それ以外か」
「・・・私は貴女のことを大人しい女性だと思っていましたが、考えを改めないといけないようですね」
行動を制限されるということが思いの外、グリフィカのストレスになっていたようだ。
それにモルビット王国では自由に毒の研究ができて、温室では好きに育てていた。
この状態はグリフィカが許容しているから成り立っている。
「それに、ヴェホル家の秘匿された毒が関わった以上は、わたくしの無実の罪を明かしておく必要があると思いましたから」
「無実の罪?」
「第二王子殿下暗殺未遂事件の全貌についてですわ」
婚約者でもあるジュドアをガーデンパーティで殺害しようとした。
すぐに箝口令は布かれたが、ついにグリフィカが毒殺しようとしたと陰では噂されていた。
その噂は王家からの睨みですぐに消え、ユリスキルド帝国の間者も詳しいことは分からず仕舞いに終わる。
「詳しくお聞きしましょう」
「話が早くて助かりますわ」
資料室には持ち出し厳禁のものも多数ある。
それらを閲覧するために机と椅子が用意されている。
そこならば人も近づいて来ないことと秘密の話をするのに好都合だった。
「事の始まりは、モルビット国の国王陛下が王妃陛下ではなく、行儀見習いの男爵令嬢を見初めたことにあります」
「王妃と寵妃が異なるというのは良くある話ですね」
「そして、寵妃が産んだ子が男子で第一王子と半年の年の差だったというのも良くある話ですわね」
「派閥ができそうですね」
「幸いにして、国王陛下は第一王子を差し置いて、第二王子を次期王だと宣言はなさらなかった。なさらなかったというだけで、子どもへの愛情は第二王子にしか注がなかった」
これも良くある話だが、好ましいものではない。
これが女の子で、継承権を持っていなければ、問題にはならなかったかもしれない。
「王妃と第一王子は面白くないでしょうね」
「えぇ、それで王妃は第二王子である義理の息子に毒を飲ませることにしたのです」
「今、何と?」
今までは目の前のグリフィカが第二王子のジュドアに毒を飲ませていると聞いてきた。
本人も否定していない。
だが、ここで一国の王妃が毒殺をしようとしてたとなれば話は大きく変わる。
さすがのイライアスも予想していなかった。




