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 昼食と夕食ともにファーディナンドと食べることができた。

会話の内容は、毒殺の歴史という毒殺を企む者と防ぐ者との攻防の内容がグリフィカによって語られた。

給仕する者はその内容に怯え、スープを溢したり、フォークを落としたりしたが、それ以外は平和に終わった。


「・・・グリフィカ様」


「何かしら?」


「皇帝陛下の御前に姿を出すには正装していただくことが常識です。仕立て上がるまでの間は、食事を共にされるのをお断りください」


「・・・皇帝陛下からの申し出を断るのは失礼ではないの?」


「もちろん失礼に当たりますが、その恰好をお見せする方がさらに失礼になります」


 グリフィカも貴族令嬢としての教養は学んだが、それを実践する必要性がなかった。

だが、この調子で小言を言われるのは面白くない。


「正装をすればいいのね?」


「・・・はい」


「なら明日からは正装をして待っているわ」


「かしこまりました。おやすみなさいませ」


 正装ということにこだわっているなら、それに従えばいい。

あまり部屋に居座られると考えに没頭できないという難点があった。

しろと言うなら、してやるからごちゃごちゃ言うなというのがグリフィカの言い分だった。


「グリフィカ様・・・」


「これが薬師の正装よ。それとも正装したのにダメなのかしら?」


「いえ・・・」


 灰色のロングドレスに灰色のフードの付いたマントを着たグリフィカは怪しかった。

正装という恰好は確かに薬師なら絶対にする格好だった。

毒と言わず、薬を調合するときに肌に触れないようにするためのものだ。

薬師共通の恰好であるから正装であるとも言えなくはなかった。


「・・・グリフィカ嬢、その恰好は?」


「薬師の正装ですわ。正装でなくば皇帝陛下の御前に立つには失礼に当たると、無知であるわたくしに親切にも教えてくださった侍女の方がいましたので」


「侍女?」


「お名前を存じ上げないのですわ。大変、慎ましやかな方のようですから」


 グリフィカについている侍女が誰かは把握しているが、法典の内容を知ってなお、グリフィカの行動を制限するのは確実な意思を持ってのことだというのが分かる。

それ以上の追及はせずに、穏やかに食事が始まった。

グリフィカの恰好を見て怯え、話の内容で怯え、この一回の食事で配置換えを望む者が多数出てしまった。

それがグリフィカの恰好が原因だというのは皆が口を揃えて言うことだった。


「今後は普段の恰好で構わないという皇帝陛下からのお言葉でございます」


「そう。ありがとうございます」


 今回の配置換え希望者多数が、自分が正装であることをグリフィカに求めたためというのは、他の使用人の間で広まっている。

確かに間違ったことは言っていないが、薬師の行動を制限するなという法典を知っているから余計なことをしたと責められることになった。

もともと親しい侍女もいない彼女は孤立が深まったところで気にしなかった。


「それと、名前を教えてくださるかしら?」


「ツルカでございます」


「そう。ありがとうございます」


「ご用がございましたらベルをお鳴らしください」


 部屋から出てくれるのはありがたいが、ツルカの瞳は何かこちら側を探ろうとする意図が見え隠れする。

毒の魔女であるグリフィカを怪しく思っているのなら良いが、そうではなくグリフィカがどこまで気づいているのかを探ろうとしている。

そんな思惑がツルカの瞳には浮かんでいた。


「ツルカが犯人だとすれば話は早そうなんだけどね」


 昼食はグリフィカとお近づきになりたいという貴族たちが押しかけて、ゆっくりと話ができなかった。

一方的にグリフィカへの媚と毒殺の防ぎ方を聞くというだけで、気疲れして終わった。

王族ですら薬師に会えないのだから貴族ならもっと会えない。

この機会を逃したくないという者が徒党を組んでくれば、全員を追い返すのは至難の業だ。

だが、一度でも受けてしまえば、なし崩し的になるので加減が難しい。


「グリフィカ嬢、毒殺されない方法を教えていただきたい」


「先に毒殺してしまえば良いのではありませんか?」


「これは手厳しい」


「では気づかれない毒というものを教えていただきたい」


「ふふふ、すべてのものが毒になりますわ。皆様がお茶にいれている砂糖も摂りすぎれば死にますわ」


 食後に甘いお茶を飲むことが習慣の貴族たちは砂糖を入れるのを止めた。

その分かりやすい反応にファーディナンドは笑いを堪えるのに必死だった。

ファーディナンドも砂糖を入れていたが、グリフィカの淹れるお茶を飲むようになってから入れる習慣が無くなった。


「あら? 皆様、お茶に砂糖を入れませんの? 今回のお茶はわたくしが用意した毒入りお茶ですのに」


「はい?」


「冗談ですわ。ただ毒によっては砂糖を飲むことで毒が効かないということもあるような、ないようなですのよ」


 恐る恐る砂糖を入れて周りの様子を見ながら飲む。

お茶はグリフィカが用意したものではなく、いつものお茶なのだが、言葉だけで疑心暗鬼にさせるのは流石、毒の魔女と言えた。

いつ毒を飲まされるか怯えながらという食事をしたくないのか、貴族たちは一様に家に帰って行った。


「・・・さすがだな」


「わたくしの持つ毒の知識を広めたいわけではありませんもの。それに貴族の方とお話をするの、苦手ですのよ」


「そうなのか?」


「誰も彼もがどんな毒にも効く解毒薬を作れと言いますので、鬱陶しいという以外にないのですよ」


 どんな毒も解毒できるものを開発できれば、各国が挙って欲しがるだろう。

そして完成前には命すら狙われそうだ。


「そんなものがあれば俺も欲しいな」


「お望みなら全ての毒というのは無理ですが、ある程度までのものは作ってもよろしいですよ」


「はぁ?」


「人が一度は不老不死の妙薬を望むように」


「そうとは限らないが」


「薬師は一度は全ての毒を解毒できる薬を望みますのよ」


 グリフィカも研究している。

これは完成することのない生涯をかけた研究で、おそらくは陽の目を見ることもなく消えていく。


「いや、止めておこう。何か裏がありそうだ」


「その勘はすごいですわね。簡単なことですわ。致死量の毒を飲んでも効かないように耐性をつけてしまえばよろしいのです」


「やっぱりな」


 グリフィカは毒の耐性を持つからほとんどの毒が効かない。

自分の体で解毒できるなら毒に怯える必要はなくなるだろう。

そうなるまでに、どれだけ苦しむか分からないが。


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