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 グリフィカに毒の研究をさせるかどうか、判断に迷っている間に次の話題が提供された。

即断即決は研究の基本でもあるが、簡単ではないことも分かっている。


「それでですね」


「まだ、こちらの理解が追い付いていないのですが?」


「それはさておき、ですわ。わたくしもまだ理解が追い付いていません。ドゥーフェのことは情報が少なすぎます。今、結論を出すのは難しいでしょう」


 グリフィカもかつてないほど動揺しているが、それとは別に頭の中では次のことが考えられている。

冷静と言えば、聞こえはいいが、冷たい印象もあった。


「とりあえず話をお聞きしましょう」


「献立についてなのですが」


「何か苦手なものでもありましたか?」


「・・・はい? 過去の先代皇帝陛下の献立についてですわよ。わたくしの今朝の食事について話してどうするのです?」


 献立と言われて違うことを思いついたイライアスは、グリフィカが食事について文句を言おうとしているのだと思い込んだ。

考えてみれば、今まで食事について何かを言ったことはなかった。

反対に好きなものや嫌いなものというものも分からない。


「今朝の食事と言えば、それも話すことがありますけど、それよりもです。話すことが多いのですから話の腰を折らないでくださいませ。物事には順序というものがあるんですのよ」


「・・・それは申し訳ございませんね」


「で、です。先代皇帝陛下の献立ですが、分かったことがございます」


「全部、読んだのか?」


 思ったことを言っただけなのだが、グリフィカの眉間には皺が寄った。

それだけで愚問だったと分かったのだが、今更、謝るわけにもいかず黙る。


「一晩で五年分を読めるわけないではありませんか。一年分だけです。それでも分かることは大いにあります」


「その一年に何があったのですか?」


「まずは、一番古い五年前の一年間ですが、戦場に出られていましたので簡易的ではありました。そして、確認したいのですが、先代皇帝陛下は山の中で野営をしていたのですよね?」


「あぁ、あの地域は谷が唯一の通り道でそこを襲撃するには山の中が定石だから間違っていない」


 確信を持った答えを聞いてグリフィカは疑問に思ったことが間違っていないと結論付けた。

献立には先代皇帝陛下と兵たちの両方の料理が載っていた。

そこには先代皇帝陛下は魚を、兵たちは肉を食べていた記述が多数見られる。


「戦場という限られた兵糧の中で、先代皇帝陛下が日持ちのしない魚を食べたという記録が八割近く見つかりました」


「魚? 川魚を食べたのではないか?」


「鯛が川を泳いでいたのならば、不思議ではありませんけど、わたくしは存じ上げませんわ」


「それは俺も聞いたことがないな」


 食事係がわざわざ調達したということになる。

同じ食事が続くことで士気が下がることを懸念して違うものを調達することは往々にしてあった。

だが、山の中で海の魚を調達するのは戦力ということから望ましいことではない。


「その鯛が頻繁に食べられているのと、他の海の魚もよく食べられていました。魚好きということでしたら川魚でも良かったはずです。それを山の中で海の魚というのは矛盾しているような気がするのです」


「そうだな。あのときの野営の場所から考えると海までは三時間くらいかかるな。それを頻繁にしていれば敵に見つかる危険性も高い」


「なぜ、海の魚を求めたのかを調べてみていただきたいのです」


「水を差すようで恐縮ですが、兵と同じものを食べさせるわけにはいかないという思いからかもしれませんよ」


 皇帝の立場にある者が同じものを食べては示しが付かないと考える家臣もいる。

それは国によって様々だ。

同じものを食べるときもあれば、自分で狩りをする者もいる。


「それならそれでも構いません。不思議に思っただけですから」


「今は情報が少ない。疑問は一つでも多く解消しておく方がいい」


「かしこまりました」


「・・・グリフィカ嬢には思い至る何かがあるようだからな」


「確証はございません。まだ可能性の段階です」


 グリフィカが考えていることが本当なら不幸な事故ということになる。

だが、事故ではない言い知れないものを感じ取っていた。

緻密に計算された致死量に至らない毒を飲ませている殺意のない殺意を持つ黒幕の姿を見た気がした。


「それで、グリフィカ嬢。朝食について何かあるのではないでしたか?」


「へっ?」


「へっ? ではありませんよ」


「あぁ、今朝は一緒に食べていませんので、皇帝陛下の食事に毒が入っていたのか分からないということを言おうと思っていただけです」


「きちんと毒見はしていますよ」


「毒見が食べるのは、せいぜい一口か二口でしょう。致死量になれば死にますが、料理全てを食べて、ようやくとなれば毒見の意味は皆無ですわ。毒殺は難しい殺し方であると同時に、防ぐのも難しいのですよ」


 部屋を出るときにグリフィカは袖に茶葉を包んだものを隠し持っていた。

王国から来るまでの間は自分でお茶を淹れていても人員が少ないということで黙認されていたが、城に逗留するとなれば自由は利かない。

そして誰が敵で味方か分からない状況で迂闊なこともできない。


「一応、代謝を上げる漢方を混ぜた茶葉です。気休めにお飲みください」


「・・・薬師を歓迎しているということで昼間に茶会を開くか」


「それでもグリフィカ嬢が用意するのは難しいのでは?」


 グリフィカの薬師という立場なら無理を通すこともできなくはないが、毒というものから周りから止められる可能性が高い。

そのお茶を調べられれば、解毒作用のあるものだということが分かってしまう。

今は水面下で動いていたかった。


「しばらくは後手に回りそうですわね」


「・・・毒について話を聞きたいから食事を共にするというのはどうだ?」


「食事中に毒の話ですか? 消化に悪そうですね」


「だが、イライアス。俺がゆっくりと話ができるのは食事のときくらいだぞ」


 その時間を狙って話をしたいという貴族も押しかけるが、何とか通さないでいる。

そこに薬師が同席しているとなれば、貴族は強く出られない。

幸いにも五十年前の法典があるからグリフィカが言えば、逆らえる者はいなかった。


「それなら皇帝陛下が召し上がっているものが分かりますし、香りでも分かりますから何とかなりますわね」


「無味無臭の毒というのもあるのでしょう」


「ありますが、それは本当に味が無い、匂いが無いのではなく、無いように感じているだけのことです。禅問答のようなことですが、わたくしなら無味無臭であっても分かりますわ」


 グリフィカが分かるというのなら、そこを信じるしかない。

毒見が分からない以上は、グリフィカ頼みになる。

そもそも毒見は致死量の毒であることを防ぐもので、全ての毒を防いでいるわけではなかった。


「話すことはこれくらいですわね。最後に、何かありまして?」


「いいえ、調べた結果が分かりましたら報告します」


「お願いします。それでは昼食のときにお会いしましょう」


 執務室を出るとグリフィカに服装について言っていた侍女が待機していた。

さすがに執務室の中には入れなかったようだ。

イライアスから薬師に対する法典について聞かされているはずなのに、態度が変わっていない。


「グリフィカ様、本日は皇帝陛下が不問になされましたが、皇族の前に出るには正装していただくことが常識でございます。採寸をいたしますので、お部屋にお戻りください」


 グリフィカの一言でクビでは済まない対応だが、特に気にすることもなく素直に部屋に戻る。

細かく採寸されて侍女が退席して初めて名前を聞いていないことに思い至ったが、機会はまだあるだろうと途中だった献立本に目を通した。

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