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 執務室に移るとグリフィカは深く溜め息を吐いた。

このまま黙っていられればと思っていた話だ。


「まず、ドゥーフェ・シビリーは、わたくしの祖父の弟です。シビリーという薬師の家はありませんから家名の部分は偽名です」


「偽名? どうして? そのままヴェホル家を名乗っても問題なかっただろう」


「普通の薬師なら良かったのでしょう。でも当時、ドゥーフェ・ヴェホルは忌み名です。大罪人であることを示す名ですから」


 五十年前のモルビット王国ではドゥーフェの名は罪人の証であり、それ以来、ドゥーフェと名付ける薬師はいない。

ドゥーフェと名乗ったのなら本人で間違いないだろう。


「五十年前、ドゥーフェは己が開発した毒で大勢の人を亡き者にしました。それは薬師としてあるまじき行為です。もちろん極刑が言い渡されました。でもドゥーフェは天才であり、彼が作った毒は誰にも解毒できず、同じヴェホル家でも不可能でした」


「そんなに難しい毒だったのか?」


「今でも解毒薬はありません。だから極刑してしまえば毒の全貌も解毒薬もないままになってしまう。それを危惧した王家はドゥーフェには、解毒薬を開発することで免罪にすると宣言されました」


「破格だな」


「毒があとどれだけ残っているのか、分からないですから解毒薬の成分は必須です。成分が分かれば、ヴェホル家でなくとも調合できますから。当時からケルシー家も仕えていましたからヴェホル家に固執する必要はありません」


 ドゥーフェが犯した罪は一族全員を極刑にするくらいの大罪だ。

でも薬師を断絶させたとなると諸外国からの批判は強い。

王家に仕えない薬師を二つも仕えさせているということで普段から白い目で見られていた。


「そして、解毒薬があと少しで完成というところでドゥーフェは逃亡しました。意識が混濁する毒を散布し見張りを眠らせて堂々と正門から国外に」


「追っ手を差し向けただろう?」


「その薬師が大罪を犯してしても匿う国は、いくらでもありますわ。さらにドゥーフェが犯した罪は秘密裏に処理されています。モルビット王国でも事件が起きたことすら知らない者もいます」


「・・・そうだな。事実、婚約者を暗殺未遂したと知っていてもグリフィカ嬢を迎えた」


「それほどまでに薬師に価値があるのなら、ドゥーフェが他国を渡り歩くのは簡単なことです。そして、その解毒薬のない毒は自分を守る盾となる。モルビット王国も解毒薬が完成しない限り、殺すこともできませんから」


 他国にいると分かっていても引き渡しを要求すれば、何があったかを話さなければいけない。

それは最大の弱みになってしまう。

国外逃亡は生き延びるためには最善の策だった。


「そのこともあり、ヴェホル家はモルビット王国に頭が上がらないところがあります。それで第二王子のジュドア殿下の婚約者になるようにと言われたときも拒否できず、今回のユリスキルド帝国行きも受けることになりました。理由はそれだけではありませんが、今回のこととは関りが薄いので割愛させていただきますわ」


「薬師は時として王族よりも偉い。そう教わった。だから諸外国への体裁のために迎えに行った」


「薬師に何かを求める場合は、自ら足を運ぶべし。これが常識ですものね。これにもあることが関わっているのですが、まぁおいおいにいたしましょう。話には続きがありますの」


「続き?」


「ヴェホル家にはドゥーフェが作った毒が厳重に保管されています。厳密に量を測り、持ち出すことも禁止しています。わたくしも今までに三回だけ使ったことがあります。そんなヴェホル家でも取り扱いに困る毒が皇帝陛下のお食事に混入していたことがあります」


 グリフィカが続きだと言って話したことはファーディナンドとイライアスの顔色を変えるには十分な内容た。

解毒薬のない毒と聞いて、一気に身の危険を感じた。


「ほんのわずかで体調に影響を与えることもない量でしたが、それが皇帝陛下のお食事で感じられたということは五十年前のドゥーフェ・シビリーは己が開発した毒をこの帝国に残したということになります。それも使い方とともに」


「穏やかな話ではありませんね」


「わたくしが知る限りではありますが、一度だけということだけは分かっています。大罪人の血を引く者の言い分を信じてくださるのならと条件はつきますが。イライアス様」


「信じよう」


「陛下!? 何を急に!」


「だから、だろう」


 ファーディナンドは納得がいったという顔をしてお茶を飲んだ。

毒の話をしていて飲めるというのもすごいが、グリフィカのことを疑っていないということを態度で示したものでもあった。


「陛下、何を一人で納得されているのですか?」


「解毒薬のない毒が入っていることを知ったから秘密裏に我々にお茶を飲ませていたのだろう? 解毒薬はもう少しで完成していた。少量ならば、お茶で解毒できる。そう考えたのではないか?」


「ご推察の通りです。この毒はヴェホル家の者しか知りません。そんな毒が皇帝陛下のお食事に入っているなどと言えば、わたくしは疑われます。それに毒が食事に入っているから食べないでくださいと徒に騒げば、要らぬ不安を煽るとともに用意した宿の者が罰を受けます」


「確かに、婚約者を暗殺未遂した令嬢の家だけに伝わる毒が見つかれば、さすがに帝国に連れて行けませんね」


 過去のことはグリフィカに罪はないとしても疑いは強くなる。

そんな薬師が下す診断を素直に受け入れたかと言えば、自信はない。

冷静に考えると、先代皇帝陛下の診断を疑いもなく受け入れたスヴェルのことが、少しだけ怪しく思えた。


「約束をした通りに、わたくしは皇帝陛下を裏切りません。そのために昨日は陛下のお部屋にお邪魔したのですけれど」


「・・・今、何と? グリフィカ嬢」


「あら、口が滑りましたわ」


「昨日、陛下の部屋に行ったと? しかも夜に? 見張りがいたはずですが?」


「その見張りの目をかいくぐって、ですわ。皇帝陛下の子でも身籠れば疑いの目が和らぐかと思ったのですけど、効果はなさそうですわね」


「あたりまえです。だいたい夜這いなどと誰が思うのですか! 陛下の首を狙ったとしか思えませんよ」


 グリフィカの考えは、どこかずれていたようだった。

側室候補だったというのも王妃の想像だったから間違っていた。


「そうなのですね。肝に銘じておきますわ。それよりも」


「それよりも、の一言で片づけられないですけど、続きをどうぞ」


「ヴェホル家に秘匿された毒ですが、帝国でも解析をしたいのです。今回の黒幕は五十年前のドゥーフェ・シビリーに繋がっているようですから」


 グリフィカに毒を持たせるというのは危険な賭けでもあった。

だが、解毒薬のない毒は脅威だった。

どちらを選ぶかは悩ましいところだった。


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