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ファーディナンドとは違う意味で、寝ずに朝を迎えたグリフィカは起こしに来た侍女にイライアスへの伝言を頼んだ。
モルビット王国からの薬師だと説明は受けているが、未婚の女性が男性に会いたいという伝言はふしだらだとして拒否してしまった。
「つまりは取り次いでいただけないということですのね?」
「はい、未婚の女性が婚約者でもない男性とお会いになるのは好ましくありません」
「では手紙を渡していただけるかしら?」
「中身を検めさせていただければ問題ございません」
「それは困りますわ。他の人に知られては困る内容ですもの」
グリフィカの返答に侍女はわずかに顔を引き攣らせた。
逢引の内容かと邪推したが、グリフィカは徹夜して目を通した献立について分かったことを話したいだけだ。
直接、ファーディナンドでもいいが、それだと騒ぎが大きくなると思いイライアスにした。
「仕方ないですわね。この件は忘れてくださらない?」
「・・・かしこまりました。一時間ほどで朝食をお持ちします」
「えぇ、お願いします」
旅をしている間は四六時中いたから会うとなると大変だと初めて知った。
モルビット王国では自由に歩き回れる環境であったから会えないという考えがない。
「そうか。貴族令嬢はみだりに男性と会わないのよね。でも私は貴族じゃないし」
薬師という立場は貴族ではないが、貴族よりも強い権力を持つことができる。
本当ならグリフィカが会いたいと言ったら叶うはずだった。
「薬師がいない国では忘れられてるのね」
今は無くなったが、昔、薬師が王に会いたいと願ったが門番はそれを拒否した。
後でそのことを知った王は門番を処刑したという逸話があったりもする。
王族と関わり合いになりたい薬師は、ほとんどいないから王に会いたいと言うだけで重大な何かが起きた、もしくは、起きるとして緊急事態でもあった。
門番の行動は正しくもあり、間違ってもいた。
「昨日みたいに忍び込んでもいいけど、絶対に皇帝陛下に怒られるわよね」
寝巻からドレスに着替えると残りの献立を調べ始めた。
窓際に座って本を読む姿は絵になるほど美しいが、持っている内容は美しくなかった。
「・・・・・・山の中での野営よね?」
朝食の用意に入った侍女がグリフィカの不穏な呟きに肩を竦ませた。
ヴェホル家の薬師だと紹介されているから悍ましさを感じているのも事実だ。
薬師への対応の仕方を知らなくても、ヴェホル家が毒を専門にしていることは三つの子どもでも知っている。
「グリフィカ様」
「朝食ですね? ありがとうございます」
「あと、皇帝陛下より食後に執務室へ来て欲しいと伝言を賜っております」
「分かりました。伺わせていただきます」
グリフィカとの話をするために用意した時間だろう。
その時に今後の連絡の方法を決めておけばいい。
侍女に監視されながら食事を進めた。
この朝食はグリフィカ用の食事だから毒は入っていない。
だが、ファーディナンドの朝食には入っている可能性が高い。
「ご一緒できないのは寂しいですわね」
二週間の間の食事すべて、顔を合わせていた。
解毒のためのお茶を飲みながら他愛無い話をしたこともある。
「皇帝陛下の元には、いつ頃伺えばよろしいかしら?」
「グリフィカ様の身支度が整いましたらご案内いたします」
「整っていますわよ。寝巻からドレスに着替えていますもの」
「それは部屋着でございます。訪問着にお着換えくださいませ」
「訪問着?」
貴族は身分の高い人の前に出るときは訪問着を着る仕来りがある。
グリフィカは王城に半分住んでいたようなものなのと、訪問着というものを着たことがない。
侍女の口ぶりだと社交界で着るようなドレスではないようだった。
「お持ちではありませんか?」
「えぇ」
「・・・貴族の方のお屋敷に招かれたときはどうされていたのですか?」
「どうって、持っているドレスを着て行ったわ」
「つまりは部屋着を着て行かれたとのことですね?」
「部屋着と言われても分からないのだけど、部屋着と訪問着は別物なのかしら?」
グリフィカたち薬師は自分より身分が高い存在はいない。
つまりは王族が訪問着を着て、薬師を訪ねなければいけない。
そんな格式ばったことを好む者はいないから仕来り無用というのが暗黙の了解だった。
「グリフィカ様はモルビット王国で、国に仕える家臣でいらしたのですよね?」
「家臣ではないわ。確かにモルビット王国に長年仕えていますけど、給与をいただいていたわけではありませんし」
「一体、どういうことですか?」
「薬師は薬師ですわ。それよりも皇帝陛下から執務室へ来るようにと言われているとのことですが、お待たせしてもよろしいのですか?」
「・・・グリフィカ様が御前に立てる服をお持ちではないということで、時間が欲しいと皇帝陛下には報告をさせていただきます」
帝国に来るまでグリフィカが今の恰好と変わらない姿で過ごしていたことと、昨日は寝間着姿で夜這いをかけたことは知らないのだろう。
このままだと部屋からも出してもらえないと思い仕方なく黙っていることにした。
「その必要はないぞ」
「皇帝陛下!?」
「なかなか来ないからな。時間を作るのも大変なんだがな」
「も、申し訳ございません」
侍女は自分のせいで皇帝陛下が来たのだと思い、顔を青ざめさせて頭を下げた。
グリフィカは来るだろうと予測していたから特に驚きもない。
ファーディナンドの後ろに控えているイライアスが持っている古びた本に興味が出ていた。
「イライアス」
「はいはい。ようやく見つけました五十年前の法典」
「法典?」
「はい、そのときに滞在した薬師の方が待遇に不満を漏らして作らせたそうです」
薬師の行動を規制するなというものが細かく書かれていた。
薬師が滞在したのは三か月ほどだが、法典という形になっているから今でも有効だ。
「その滞在した薬師はどなたですの?」
「記録によりますと、ドゥーフェ・シビリーと名乗っていますね」
「ドゥーフェ・シビリー・・・なるほど、確かに彼なら不満を言うでしょうね」
「知っているのか?」
「はい。ただ立ち話できる話ではないので、場所を変えてもよろしいですか?」




