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 執務室にいる王のもとに先触れもなく現れた第二王子に扉の前の護衛は止めようとしたが、偶然にも中から扉が開いてしまいタイミングを逃した。


「父上!」


「どうした? ジュドア」


「僕の結婚のことです」


「ようやくグリフィカ嬢と結婚する気になったか」


「違います。まぁ違わないけど」


「話は中で聞こう。そうかそうか何ともめでたいな」


 毎日のようにグリフィカとの婚約破棄を言い続けているジュドアが、結婚に前向きになった信じている王は上機嫌にソファに座った。

どうにかして二人を結婚させようとしてきたことが実ることに、執務中であることを忘れてガラス棚からウイスキーを出した。

ジュドアが産まれた年に作られ大事に寝かされてきたウイスキーだ。

ジュドアの結婚が決まったら飲もうと大切に棚に入れていた。


「話というのは結婚の日取りのことか?」


「その前に僕はグリフィカを側室として娶ろうと考えています」


 結婚の日取りではなく、グリフィカを側室にするというジュドアの言葉に王はウイスキーの瓶を取り落とした。

幸いにも割れずには済んだが、わずかにひびが入った。


「はぁ? 側室? どうしてまた」


「正室にはルベンナを据えたいからです。心優しく僕を癒してくれます。何より僕に毒を盛るなどという凶行をしない。僕は安心して食事をしたいんです」


 今まで婚約破棄を声高に言って来たジュドアがようやくグリフィカを妻にすると言った。

それは側室ではあるが、大きな進歩ではあった。

問題は正室に据えると名が挙がったルベンナのことだった。


「どこかの貴族令嬢を妻にするためなら、グリフィカ嬢が正室であろうが側室であろうが構わない。だが、正室にルベンナ嬢を迎えることはできない。諦めろ。逆ならまだ妥協できる」


「どうしてですか!? 薬師であることが重要ならルベンナでも問題はないはずです。貴族でないことが問題ならグリフィカも同等のはず」


「だめだ。ルベンナ嬢を妻にしたいならば、グリフィカ嬢が正室であることが何よりも重要なのだ」


「薬師との繋がりを強固にするためですか?」


「そうではない。先も言ったが、正室に貴族の娘を娶るというならグリフィカ嬢が側室になっても構わん。だがルベンナ嬢を正室することだけはだめだ。とにかく話は終わりだ。今まで通りグリフィカ嬢が婚約者で正室だ。いいな」


 また断られジュドアは肩を落として自室に戻った。

明日から学校が始まるから準備をしなければいけないが、やる気が起きなかった。

婚約者がいながら別の女性と堂々と逢瀬をしているジュドアに対する風当たりは強いが面と向かって言う人はいない。


「はぁ」


 深く溜め息を吐くと机の上の手紙に目を向けた。

ほとんどが学校が終わってからの貴族たちのお茶会の誘いだが、一通だけ違った。

可愛らしい便せんでお茶会の誘いではなく、デートの誘いだった。


「ルベンナ」


 ジュドアの想い人であるルベンナからの誘いだった。

内容は町に新しくできたカフェに行こうというものだ。

これが普通の貴族なら問題ないが王子となると町に行くのも難しい。


「おい」


 だがルベンナのためならどんなこともしてしまうのがジュドアだ。

廊下にいる護衛騎士に声をかけると町に行くから準備しておけと指示をする。

命令をされれば従うしかない護衛騎士は当日に万に一つの抜かりもないように準備を始めた。

憂鬱だった気持ちが晴れ、学校でルベンナに会うために黙って荷造りをする。

自分でする必要はないが、休みの間に買い集めたルベンナへの贈り物を丁寧に鞄に詰めた。

グリフィカには花の一つすら贈ったことはない。


「ルベンナが僕の妻でなければ僕は休まらないな。グリフィカは手紙のひとつも送って来たことがないな」


 ルベンナからの手紙ひとつで機嫌よく過ごしたジュドアは、翌朝に出された食事をしっかりと食べ学校に向かった。

馬車に揺られている間は大丈夫だったが、教室に着くと何とも言えない吐き気に襲われた。


「ジュドア様? 大丈夫ですか? お顔が真っ青ですわよ」


「ルベンナ」


「これをお飲みください。気分が良くなります」


「ありがとう」


 透明ではあるが、舌を刺すような苦味のある水を飲み干すとジュドアは止めていた息を吐いた。

ゆっくりとではあるが吐き気は治まり顔色も戻った。


「ルベンナは優秀な薬師だな」


「そんな。私はまだまだですわ。お義兄さまにもまだまだだと言われていますし」


「いや、僕の体のことを気遣ってくれるのはルベンナだけだ」


「と言いますと、またグリフィカ様に毒を飲まされましたの?」


「あぁご丁寧に毒が効き始めるまでの時間まで計っていた。本当に僕のことを何だと思っているのか」


 憤慨するジュドアに同調しながら毒が体を巡って苦しんでいたというところになると口元を手で押さえて涙を浮かべた。

その姿にジュドアはすっかり絆されており、一緒に怒ってくれるルベンナを殊更、大切にしていた。


「私が居れば、すぐにでも介抱して差し上げられたのに、悔しいですわ」


「ルベンナ、僕には君しかいないんだ。いつか必ず結婚してみせるよ」


「待っていますわ。ジュドア様の妻になることをずっと」


 毎日がこんな調子で気づかないはずがなかった。

第二王子と謂えど娘を側室にと望む貴族は少なくない。

それでも相手が薬師の一族ということで踏み込めないバランスで保たれていた。

同じ薬師であるグリフィカが何も言わないというのも大きい。


「しかし父上も頭が固い。薬師であることが重要ならルベンナでも十分じゃないか」


「仕方ありませんわ。私の専門は薬ですから病を治すことしかできません。その点、彼女は毒が専門ですから王家としては欲しいのでしょう。薬ならお医者様でも調合できますし」


「だが、人を殺すための毒を使うより人を治すための薬を使う方が民のためになり、ひいては国のためになる。そのことが父上には見えていないのだろう」


「ジュドア様が王になられたらきっと変わるわ」


「そうだな」


 第二王子であるジュドアが王になるには兄である第一王子が失脚する必要があるが、そこには思い至らない。

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