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 爽やかな香りのするお茶を飲みながらグリフィカの報告を待つ。

今までのように香りと味の違いに悩まされることはなくなった。


「まず食事に盛られていた毒ですが、パーシェが寝込んだ今、毒は入っていないと思っていたんです」


「入っていたのか?」


「毎食ではありませんが、一日に一回は必ずです」


「つまりは別の者がいる」


「その可能性は高いです」


 すべての毒がパーシェの仕業でないとすると、パーシェを隠れ蓑にした第二弾が待っている。

こちらは態度だけでは判断できないだろう。

完全にグリフィカの毒を探知できる能力にかかっている。


「毒の量から考えて体調を崩すということもありませんが、念のために解毒はいたします」


「その方がいいだろうな」


「あとは黒幕がどこまで手下を潜り込ませているかによりますね」


「今回、同行させている者は何代にも渡って国に仕えている軍人ばかりだから間者というのも考えにくいが」


 命を狙われる立場であることは重々理解している。

連れて来る護衛については細心の注意を払って選んでいる。

それでも全ての危険を排除できるわけではない。

グリフィカは毒の特性を誰よりも理解していた。


「忠誠心があるからと言って毒を盛らないとは限りませんわ」


「どういうことだ?」


「本人に毒を盛っているという意識がない場合です。毒を盛る場合は毒を入れているところを見られないように周りを気にします。それは不自然であるから見咎められることもあるでしょう。でも本人に隠す意思がなければ不自然な仕草にもならないから誰も気にしない。記憶に残らない。そんなこともおきますのよ」


 毒を盛る方法などいくらでもある。

ヴェホル家は毒を扱う以上、よく暗殺者に声をかけられる。

毒殺のための毒を求めて。

もちろん教えることはないが、時折、毒の盛り方を反対に教えてくれる酔狂な暗殺者もいる。

毒の特性をよく理解して扱っていると感心するときもあった。


「忠誠心のある者に『皇帝陛下は食事に毒を盛られている。だが敵に知られないように解毒したい。これは解毒薬だ。知られないように食事に混ぜてくれ』そう言われ任務として受け取った者は殺すつもりはないから殺気もなく、善意からのこと。もし死んでも解毒が間に合わなかったと思い、よもや自分が殺したなどとは欠片も思っていない。暗殺者がよく使う手口だそうですわ」


「・・・暗殺者の手口などよく知っていたな」


「毒という特性上、向こうから接触してくることはありますわ。そんなことよりも」


 グリフィカは思っていた以上に状況が悪いということに危機感を覚えていた。

このままパーシェを唆してグリフィカが毒を盛らせてファーディナンドの信用を得るための自作自演をしたという筋書きを用意した。

だが、それでは不十分な状況になっていた。


「パーシェを罰することは免れないですわね」


「そうだな」


「唆したでは、わたくし自身も罰しなければいけません。守ると言った手前、心苦しいですが今、わたくしが皇帝陛下の側から離れるわけにはいかないので筋書きを変えましょう」


 毒を盛ったのはパーシェの単独犯で、グリフィカは単純に気づいたという構図にする。

グリフィカの思惑にファーディナンドが騙されているというのでは、黒幕はグリフィカを排除しようとするだろう。

それでは困ることになるから筋書きを変える必要があった。


「パーシェの弟が間に合えばいいがな」


「・・・そうですわね」


 どんな事情であれ、パーシェを唆した人物が他にも手下を潜り込ませているのなら失敗は知られているだろう。

保護するまでに間に合えばいいが、失敗をしたという罰で弟が殺されているかもしれない。

今、事を大きくするわけにはいかなかった。

パーシェの弟が無事であることを祈るばかりだった。


「敵は思っている以上に用意周到のようだな」


「はい」


 今の今まで気づかせないほどの手段と時間を考えれば、ファーディナンドの死後、一度たりとも怪しませることなく過ごすことだろう。

それは並大抵のことではなく、根深い何かを感じさせた。


「そろそろ休もう。明日には城に到着する」


「そうですわね。パーシェの様子を見てから休みます」


 姿の見えない敵に思いのほか精神が疲れていたようだ。

ベッドに入ってすぐ眠りについたファーディナンドだった。

その眠りは深く、足音を消して部屋に入ったグリフィカに気づかなった。


「・・・・・・」


「・・・夜這いですか?」


「イライアス様」


「足音を消して入ってくれば何かあると思いますよ。しかも気配に敏感なファーディナンド様が目を覚まさい。一服盛りましたね」


「残念ながら、わたくしではありませんわ。今宵の食事に混ぜられていたものです」


 毒ならば解毒する方法はあるが、眠り薬の類は一度飲めば眠る以外に方法はない。

グリフィカも常人よりは効きにくいが、一定量を飲めば眠りにつく。


「そういうことにしておきましょう。それで、足音を消して入って来られたのは何故ですか?」


「イライアス様がわたくしを疑っていたように、わたくしもイライアス様を疑ったからです。宰相として最も側にいて毒も何もかもが、思いのままという立場なら怪しまれることはありませんでしょう?」


「それと足音を消して入ったことへの関係はありませんね」


「毒の場合は盛ったあと、死ぬなり苦しむのを待つだけです。でも眠り薬は己が手で引導を渡す必要があります。なら眠り薬を入れた者が皇帝陛下の部屋に来るのではないかと思い、来たまでです」


「もし、貴女の仮説が正しいのなら犯人は私ということになりそうですね」


 グリフィカの追及にも焦った様子のないイライアスだが、この余裕は犯人ではないか、もしくは、犯人ではあるが知られても問題はないと思っているか判断がつかなかった。

グリフィカもイライアスが眠り薬を盛ったと告発したところで皇帝陛下に信じてもらえるとは思っていない。


「わたくしはイライアス様が眠り薬を盛ったかもしれないということは言えても、盛ったと断言することはできません。毒ならば僅かな香りを頼りに断言できますが眠り薬は何とも判断しにくいのです」


「そんなこと私に言ってもいいのですか? これ幸いと眠り薬の量を増やすかもしれませんよ。皇帝陛下だけでなく貴女にも」


「わたくしは婚約者に毒を平気で盛るような女ですのよ。そんなわたくしが信じてもらうには手の内を晒す以外に方法などないと思いません?」


「いいでしょう。貴女が眠り薬を盛った犯人ではないと信じましょう」


「ありがとうございます。ただわたくしはイライアス様が眠り薬を盛っていないと信じることはできませんけれどもね」


「信じる必要はありませんよ。ファーディナンド様を裏切らなければ、ね」


「・・・わたくしは裏切りませんよ」


 その呟きがただの返答ではないことにはイライアスは気づいたが何も言わなかった。

外では梟が鳴いていた。

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