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 イライアスからの約束は簡単であり、難しいものだった。


「ファーディナンド皇帝陛下を裏切らない」


「・・・それはまた、確かに有効な約束ですわね」


 軽々しく守るとも言えず、守ると言えばファーディナンドの身の安全は約束される。

ただ言い換えれば裏切らなければ、どんなことも許される。

その危うさを持つ約束だった。


「いいでしょう。その約束を守りましょう。ただ裏切らなければいいのですよね?」


「はい?」


「イライアス、つまりは裏切りでは無ければ、俺に毒を盛っても罰することはできない」


「はい?」


「その抜け道にグリフィカ嬢は気づいた。では、グリフィカ嬢、パーシェを頼んだぞ」


「御意のままに」


 敵は毒に詳しいのならグリフィカほど適任はいない。

あとは別の方法で黒幕を探すだけのことだ。

グリフィカは何事もなかったかのように宛がわれた部屋に戻った。

その様子はパーシェが死んでも生きても関係ないと思っていると周りに勘違いさせることができた。


「一体、誰があの毒を使っているというの?」


 ヴェホル家でも、地下倉庫のさらに奥に厳重に保管され、朝昼晩に薬の量を測り減っていないか確認する。

今のヴェホル家に伝わっている毒の知識では、再現することも解毒することもできない。

せいぜい緩和させて死なないようにするのが精一杯だ。

歴代のヴェホル家が少しずつ解析しているが、再現できない以上、使い切ってしまえば調べることができなくなる。

グリフィカも少しずつ解析し、ようやく全体の二割の成分について特定できた。


「あれを再現できるほどの薬師が黒幕なら心してかからないといけないわね」


 ありとあらゆる毒について耐性をつけているが、ひとつだけ耐性のつけられていない毒がある。

それがヴェホル家に厳重に保管されている毒だ。

もしそれを致死量使われればグリフィカでも助からない。


「そう言えば、どうしてあの二人は裁きの場にいなかったのかしら?」


 誰よりもグリフィカが断罪されるところを望んでおり、国外追放という名の帝国への嫁入りは二人にとっては好ましいはずはない。

ジュドアの性格からして、もっと騒いでも良かったはずだ。

言い知れない不安がグリフィカの中に育ったころに、パーシェが目を覚ましたと連絡が入った。


「・・・行きます」


 呼びに来た騎士はグリフィカを犯罪者のような目で見ていた。

毒を専門とするグリフィカがいるときに毒殺騒ぎがあったのだから疑いの目は向いて当然だった。

だが、ファーディナンドがグリフィカを罪人だと明言していない以上は何もできない。


「あっ」


「大丈夫かしら?」


 パーシェは自分のしたことを分かっているし、グリフィカが疑われる可能性も理解している。

殺されるのではないかと心配して顔を青褪めさせていた。


「パーシェが目覚めたと聞いたのだが?」


「・・・皇帝陛下」


 護衛のためについていた騎士はファーディナンドが部屋に入ったのと入れ替わりに外に出た。

イライアスは廊下に立ったまま周りに人が寄らないようにする。

これからの密談のためだ。


「パーシェ、聞かせて欲しいのだけど、誰を人質に取られているの?」


「それは」


「我々はパーシェの単独だとは思っていない。誰か指示した者がいると考えている」


「それは」


「言えば、殺すと言われているのね」


 無言だったが、それが答えでもあった。

それだけ分かればグリフィカには十分であり、あとはパーシェの大切な者を毒から守るだけのことだ。


「そうだわ。パーシェには兄弟はいるのかしら?」


「はい。年の離れた弟が一人。私に似ずに頭が良いので診療所のお手伝いをしています」


「そうなのね。なら話は早いわ。今度、城に連れて来てちょうだい」


「えっ?」


 人が脅されるとなれば身内を人質にされているのが相場だ。

おそらくは弟の命を天秤にかけられている。

保護する必要はあるが黒幕に怪しまれてはいけない。

幸いなのは弟が診療所に出入りしていることだ。


「帝国の市井の医療を知りたいの。でもお医者様を城に呼んでは町の人が困るでしょ?」


「ですが、城に上がれるような身分では」


「あら? わたくしも身分は平民よ。薬師という肩書は持っているけど貴族ではないもの」


 グリフィカが何としてでも弟を呼ぼうとすることでファーディナンドも意図に気づいた。

命令となると怪しいが、王国から招いている薬師の思い付きなら多少、怪しくても薬師なら仕方ないと言い切ることもできる。


「それと早く良くなってね? パーシェにはわたくし付きの世話係をしてもらわないといけないもの」


「待ってください。私は!」


「それ以上はだめよ。貴女は、わたくしの被害者なのだから」


「悪いが黙っていてくれ」


「皇帝陛下の信頼を得るために、わたくしはパーシェにわざと毒を盛らせ、さらにパーシェにも前もって毒を飲ませてから助ける。こういう筋書きよ」


 何のために、そんな話を作り上げるのか分かり、弟を城に上げるように言った理由にも納得がいったパーシェは静かに頷いた。

この毒殺は成功しても失敗してもパーシェは極刑で、弟も連座で極刑だった。

それでも弟を少しでも助けたいという思いから毒を盛った。


「あまり起きていると体に障るわ。安心してパーシェも弟も守るから」


「はい、申し訳ございません」


 生死を彷徨うほどの毒を飲んだのだから長くは起きていられない。

そのまま深く眠りについた。

眠ったのを確認してから廊下のイライアスを呼んだ。


「それで分かったのですか?」


「案の定、口止めをされているようだ。弟を人質に」


「下劣ですね」


「あぁ、許せないな」


 人質を取られたからと言って皇帝に毒を盛っていい理由にはならないが情状の余地はある。

今回は未然に防ぐことができたから状況によっては不問にもできる。

あとは誰が指示したか分かればいいが、簡単に足取りを追えるようには向こうもしていない。

この騒ぎから食事に毒が盛られることが毎回ではなくなった。


「・・・おかしいですわね」


「どうした?」


「いえ、のちほど」


「分かった」


 何かを探すようにスープを飲むグリフィカの姿に自然と食の手が止まるファーディナンドだった。

何も気にせずに食べている騎士たちが少しだけ羨ましいと思った。

食事が終わると食後のお茶という名の密談会が追加された。


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