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一週間後、グリフィカたちを乗せた馬車は無事、帝国に入った。
帝国は周りの国を飲み込んで大きくなった国だから皇都に行くまでにも時間がかかる。
その間に立ち寄った宿の食事はグリフィカが考えた通りに全て毒が入っており、その種類は多岐に渡った。
変化と言えば、ファーディナンドとの夜のお茶にイライアスが加わったことだ。
これはグリフィカによる毒殺を防ぐためだが、その意思がない以上は無駄なことだった。
帝国に入ったからと言って食事が変わるかと思えば、毒は入っているし、その濃度は王国に居た時よりも濃くなっている。
王都で毒殺をすれば、責任を王国に押し付けることもできるのに、わざわざ帝国で毒殺をしたい理由が分からなかった。
「・・・ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか? グリフィカ嬢」
「何なりとどうぞ」
「なぜ、このお茶は甘いのですか?」
「甘味の強いお茶だからですわ」
グリフィカとしては質問される意図が分からなかった。
渋いお茶があれば、苦いお茶がある。
同じ考えで甘いお茶もあれば、酸っぱいお茶もある。
さらにお茶と言っているが少しずつ漢方も混ぜている。
単純にお茶とは言えない。
「それでは中のお茶は何でできていますか?」
「何で? と言われましても色々混ぜていますから一概には申せませんわ。そんなに気になるのでしたらお飲みになるのを止めてしまわれたら良いのです。ただのお茶なのですから」
「説明できないものを陛下に飲ませているのですか?」
「説明してもお分かりにならないと思いますけど、それでもよろしければ、ご覧になります?」
日付と使った茶葉と漢方の分量とお湯の量が事細かに書かれており、知らなければ読み解けないものだった。
効能効果の相乗効果から減少効果、さらには個人差への考察までびっしり書かれている。
読んでも分からないことと読む気が失せるノートだった。
「ひとつ伺ってもよろしいですか?」
「えぇ、ですが、ひとつというのが多いのですね」
「ご不快に思われたのなら申し訳ございません。癖ですので」
「癖というものはなかなか直せないものですもの。お気になさらないでください。それでお聞きになりたいことは何ですの?」
グリフィカは聞かれれば答えるし、それは答えられないと言うこともない。
ファーディナンドを殺そうとする意志が無いから後ろめたいことは何もない。
「モルビット王国では毒を研究されていたとか」
「えぇそうですわね。わたくしだけでなく、父も兄も研究しておりましたから改めて確認されると不思議な感じですわね」
「どのような毒を研究されていたのですか?」
「恐れながらイライアス様は薬師ではないことと、薬師とお話になられる機会が少なかったので、ご存知ないと思いますが、研究内容を聞くことはご法度ですわ。わたくしは構いませんが、けして他の薬師には訊ねてはいけませんよ」
今まで笑顔だったグリフィカが急に真剣な顔をしてイライアスに忠告した。
秘密主義というものではない。
研究途中のものを知られて、先に完成させられる。
これはまだ良い。
能力が無かったから先を越されたと考えることができる。
だが、それを中途半端なまま使われて死人がでるなどということだけは許せない。
「研究内容は時として人の命を奪うことになりかねません。研究で必要なものがあるか? 困ったことはないか? それは聞いていただいてかまいません。でも内容を聞くことはイライアス様の命の保証ができません」
「それは何か困ったこと、後ろめたいことを研究しているからですか?」
「ここで言葉を尽くしてもご理解はいただけないでしょう。わたくしが皇帝陛下を毒殺しようとしていると思われるのならば、それでもかまいません」
時として薬師にとって研究内容は命よりも大切なものになるときがある。
それは薬師でない者には理解されがたく、理解してもらおうと思わない領域だった。
「わたくしが皇帝陛下とともにいることが不安なのでしたら明日より毎晩のお茶は結構ですわ」
「・・・そうですね。私としてもその方が安心です。婚約者を毒殺しようとした令嬢が淹れるお茶には何が入っているか分かりませんから」
イライアスの嫌味にも顔色ひとつ変えずにグリフィカは新しくカップに淹れたお茶を飲んだ。
王国では嵌められたときから死ぬことを覚悟していた。
今、処刑されても騒ぐつもりはなかった。
「グリフィカ嬢、気分を害されたのなら申し訳ない。イライアスに代わって謝罪しよう」
「陛下!?」
「いえ、わたくしも言い過ぎてしまいましたわ。申し訳ございません」
冷静になればグリフィカは何でも聞いてくれと言ったのに、答えをはぐらかした。
今まで暗黙の了解で質問されて来なかった研究内容についてだったため、ふと我を忘れた。
「今日はゆっくりと休むといい。イライアス、戻るぞ」
「・・・はい」
「明日のお茶も楽しみにしている」
グリフィカが毒を入れると思っていないのかファーディナンドはいつもと変わらない挨拶をした。
イライアスも疑いの目だけで質問をしたことに居心地が悪そうにしながら退席の挨拶をする。
薬師に対する扱いは、良くも悪くも王国は長けていたのだろう。
外に出て初めて薬師への普通の扱いを知った。
「グリフィカ様、お休みの用意が整いました」
「ありがとう、パーシェ」
「失礼いたします」
この夜のお茶会が形式的なものなのは分かっている。
ファーディナンドもイライアスもお茶を飲むが、グリフィカよりは少ない。
それは最初に気づいている。
もし毒が含まれていれば、グリフィカよりも少ない量であれば助かる可能性が高い。
「わたくしより少ないからと言って助かるとは限らないのに」
イライアスが同席しているのは、グリフィカが毒を混入させないか監視するため。
何かあったときに人を呼ぶだめ。
「明日から一人になるわね」
思っているよりも夜のお茶会が楽しかったようだ。
匂いと味が乖離したお茶を飲んだときの表情を見るのが好きだった。
あとから苦みが追いかけてきて悶絶しているのも面白かった。




