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 舌に残る苦味と戦いながら行程を相談するために部屋に戻る。

この宿で一番広い部屋で日当たりも良いが寝るだけなので勿体なくもあった。


「遅かったな」


「あぁ、グリフィカ嬢とお茶を飲んでいたからな」


 若き皇帝の幼馴染で右腕のイライアスは持っていた書類を落とした。

遅いのは外で剣でも振っていたからだと思っていたが、そうではなかった。


「ちょっと待て、今、お茶を飲んだと言ったか?」


「言ったな、イライアス」


「待て待て待て、どこをどうしたらあの毒を人に飲ませることを趣味にしている女と茶を飲むことになるんだ!? ファーディナンド」


 人目があるときは弁えるが今は二人だけだ。

言葉使いも今までのようになる。


「何か個人的な要望はあるかと聞けば、毎晩お茶を一緒に飲むことを希望されたから飲んできた」


「だからといって危険だろう。相手は毒に精通した薬師だぞ。一服盛られていたらどうする気だ?」


「そうなれば俺が死んで、他のヤツが皇帝になるだけだ」


「どうして、そう無茶をする!」


 今すぐに喉に手を入れて吐き出させたいが、時間的にも、もう手遅れだろう。

もし何かあればグリフィカをそのまま殺そうと心に決め、イライアスは僅かな変化も見逃さないように目を光らせた。


「そうだ」


「なんだ?」


「水を一杯くれ」


「おい!」


「大丈夫だ。飲んだ茶が渋かっただけだ。体調に変化はないし、むしろ体が軽い」


 ほんの僅かだが顔色も良くなっているような気がしないでもない。

水を飲んで落ち着いてからファーディナンドは行程表に視線を落とした。


「幸いグリフィカ嬢が馬車酔いしなさそうなのでな。行程を詰めた」


「そうとは限らないと思うが」


「やけに肩を持つじゃないか。情でも湧いたか?」


「そうじゃないが」


 何とも言えない気持ちがあった。

恋に落ちたのかと問われれば違うと即答できるが、あの打算のない瞳が脳裏を過ぎった。


「まぁ帝国に入るまでは丁重に扱う必要があるな」


「そうだな」


 薬師はどの国でも重宝される。

帝国が嫌だとグリフィカが声を挙げれば、どれだけ帝国が巨大でも他の国はグリフィカに手を貸すだろう。

それほどまでに貴重で厄介な存在だった。

そんな存在を帝国が求めたのは、先代の皇帝の病状に因る。

医師も匙を投げ、何度か打診した薬師には帝国に手を貸すつもりはないと断られた。

それならばと、ユリスキルド帝国の権力を使って、モルビット王国へ薬師の派遣を依頼した。

もし断る場合は、宣戦布告も辞さないと文面には書いた。


「だが、心配な点もある」


「心配性だな」


「ファーディナンドが楽観的すぎるんだ。あの令嬢は箝口令を敷かれたが、婚約者殺害未遂を起こしているんだぞ。うっかり間違った分量を処方されでもしたらどうする?」


「処方する前に医師に確認すればいい。それに医師が匙を投げたほどに悪いんだぞ。それこそ毒だと誰が分かる?」


 毒に関しては天才だと言われるグリフィカの調合した薬を他の薬師が扱えるとは思えない。

あとは自己判断で飲むしかない。


「このまま何もないといいがな」


「そうだな」


 見張りの騎士を残して休むことにした。

夜も更けて、グリフィカも寝ているかと思えば、窓から月を眺めていた。

侍女のパーシェには休むと言ったが寝付けなくて起きていた。


「お兄様に温室の毒草の水やりを頼むのを忘れたわ」


 兄のグレッグは少し大雑把なところがあり、種類に応じた水やりを苦手としていた。

水の調整を間違えると、すぐに枯れてしまう種類もある。

おそらくは一年も経たないうちに温室が枯草だらけになるだろう。


「・・・もっと大事なことを忘れてたわ。お母様に手紙を残していないわ」


 グリフィカとグレッグの母であるアンジーは冒険者で世界各地を飛び回っている。

そのついでに薬草と毒草の種や苗を持ち帰ってくれるので、有難い存在だった。

噂を聞いたら帝国に来るだろうが、きっと面倒なことになる。

その前に家族に手紙を出せるようにお願いをしておくのが無難だろう。


「お母様にたしか毒草の種をお願いしていたのよね。・・・お兄様が育てられるとは思えないけどお願いしておいた方がいいかしら?」


 毒のことを考え出すと止まらなくなり、夜が明けてしまった。

ぶつぶつと呟いているグリフィカを見たパーシェは思わず扉を閉めて、皇帝のもとに向かった。

あの状態のグリフィカに声をかける勇気はなかった。


「・・・分かりました。私が行きましょう」


「お願いします。もう怖くて怖くて」


 イライアスが向かうことになり、顔を青褪めさせたままのパーシェとともにグリフィカの部屋に行く。

入室の合図をしても返事はなく、そのまま開けて再度、声をかける。


「そう言えば、乾燥させていたものを取り込んでないわ。お父様が気づくかしら?」


「グリフィカ嬢」


「でも待って、地下室に保存していたものが無くなりそうだったから気づくわよね」


「グリフィカ嬢」


「へっ? はい」


「朝になりましたので、支度をお願いします」


「朝? あら、またやってしまったのね」


 窓から見えるのが月ではなく太陽に代わっていることから、あのまま考え事をしてしまったと気づいた。

興奮しているから眠気はないが、馬車では眠ってしまうだろう。


「本日出発ですので、遅れないようにお願いいたします」


「お手数をおかけして申し訳ありません。すぐに支度いたします」


 パーシェの手を借りて服を着替えると、食堂で簡単な朝食を食べた。

夕食と同じように僅かながら毒の味を感じた。

それも違う種類のものだ。


「・・・料理によって変えているのね」


「何か?」


「いいえ、何でもございませんわ」


 胸中で思ったことが口に出ていたことに気づき、慌てて誤魔化した。

ここで正直に言っても信用はされない。

毒の味を覚えておいて、あとで考えようと切り替えた。


「少し苦手な香辛料があっただけです」


「そうか」


 毒に慣れたグリフィカでも見落としてしまいそうなくらい微かだったが、気になる毒が含まれていた。

それはかつて、天才と言われながらも毒で人を殺すことに快感を覚えてしまった薬師が作った毒の味に似ていた。

そして、その毒の製法は失われ、残った毒はヴェホル家の地下室で厳重に保管されている。

天才と呼ばれるグリフィカでも再現は難しく、研究途中だった。


「食事が終わったら出発する」


「かしこまりました」

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