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 静かな馬車の中で、最初に口を開いたのはグリフィカだった。


「皇帝陛下。発言をお許しいただけますでしょうか」


「何だ?」


「なぜ、茶葉を持ち出すことを許していただけたのでしょうか」


「たかが茶葉であろう。量は多いが」


「はい、たかが茶葉にございます。ですが、茶葉の瓶の中に毒を仕込んで持ち出しているかもしれません」


 向かい合って座る二人は真っ直ぐに視線を交わした。

グリフィカの瞳には打算はなく、単純な疑問だと物語っていた。


「この道中で私が命を落とすことがあれば疑われるのは君だ。グリフィカ嬢」


「そうですわね。問答無用で切り捨てられるでしょう」


「そんな愚かなことをするとは思えないから許した。この答えで満足か?」


「お答えいただきありがとうございます」


 グリフィカは微笑み話を終わらせた。

窓から見える景色は次第に殺風景になり、代わり映えしないものになった。


「私からもひとつ聞きたい」


「はい、何でございましょう」


「帝国は君の持つ薬師の知識を欲している。その知識と引き換えに、君個人は見返りに何を望む?」


「わたくし個人でございますか? そうでございますわね」


 そんなことを言われると思っていないグリフィカは頬に手を当てて考えた。

個人の願いと言っても帝国では叶えてもらえそうにないからだ。

毒の研究がしたいと言っても却下されるに決まっていた。


「それでしたら、毎晩わたくしとお茶をしてくださいませ。わたくしの特別なお茶を淹れて差し上げます」


「お茶?」


「はい、皇帝陛下が許可してくださった茶葉は希少価値が高く、価値を知っているものからすれば自分の娘を売ってでも手に入れたいと思うものばかりでございます。ぜひ、召し上がっていただきたく」


「分かった。毎晩というのは約束できないが可能な限りお茶を飲もう」


 茶葉について話すグリフィカは生き生きとしており、とうてい毒を仕込んでいるとは思えず頷いてしまった。

グリフィカについて知っている者からすれば、毒について語るときも生き生きとしており、今の表情と区別がつかないから安易な選択だと批判するだろう。

もちろんグリフィカには皇帝を暗殺するつもりはない。

馬車は順調に進み目的の宿に到着した。


「夕食まで時間がある。部屋から出なければ自由にしてもらって構わない」


「かしこまりました」


 騎士に頼んで茶葉の瓶をひとつだけ取り出す。

いつもならあれこれと茶葉を混ぜて気分に合わせて飲むが、そこまでの自由は許されていないと思い、予めブレンドした茶葉を選んだ。

宿の人にお湯を頼み、休憩を兼ねてゆっくりと飲む。

世話係の侍女はいるが何かを頼むつもりはなく、いないものとして考えていた。

ただ窓の景色を見ているようで頭の中では研究途中だった毒のことでいっぱいだった。

だから呼びかけへの反応が遅れた。


「・・・様、グリフィカ様」


「えっ、あっ、はい」


「ご夕食の準備が整いました。食堂へお願いします」


 食堂に向かうと皇帝とグリフィカの分として食事が並べられていた。

宿の負担にならないように別のテーブルではすでに騎士たちが代わる代わる食べていた。


「お待たせいたしました」


「いただこうか」


「はい」


 まだ湯気の立っている料理は王宮ではなかなか食べられないものだ。

だが、グリフィカは一口食べて気づいてしまった。

常人なら気づかない程度のわずかな舌を差すような苦みに。


「このあたりでは香辛料を多く使いますのね」


「大きな町からは外れているからな。保存のためには仕方ない部分もあるだろう」


「そうですわね」


 香辛料の辛味に紛れて分からないが確かに慣れ親しんだ毒の味がした。

濃度が低すぎて今の料理全てを食べても効果は現れない。

だが、外で食べるときには、そんな危険が付きまとう。

これは気が抜けないとグリフィカは密かに気を引き締めた。

特に何かが起きることもなく食事は終わり、あとは湯に入って眠るだけとなった。


「皇帝陛下」


「何だ?」


「お約束は今夜からでも宜しいでしょうか?」


「いいだろう。だが行程の確認がある。一杯だけになる」


「構いません」


 昼間、馬車から降ろした茶葉で淹れたお茶は香ばしい香りがしており匂いだけでも安らぐ感じがした。

匂いのきつい薬のようなものを飲まされることを覚悟していた。


「匂いは普通なのだな」


「たしかに茶葉の中には匂いが強いものや独特なものがございます。飲み慣れない方にはつらいと思いますので、こちらにいたしました」


「・・・っ」


 匂いに騙されたが舌を刺すような渋みがあった。

向かいに座るグリフィカは平然と飲んでいるから普通なのだと思い黙って飲む。


「皇帝陛下には敵が多いと聞き及んでおります」


「そうだな」


「なぜ、わたくしを、いえ、薬師に何をさせたいのですか?」


「たしかに()()()()には敵が多い。周りの国々に戦争を仕掛けて領土を拡大していただからな。恨みぐらいは買うだろう」


「・・・・・・」


「俺が皇帝に就任したのは三月前だ。先代の体調が思わしくなくてな。突然、崩御されるよりは混乱が少ないと判断されて就任した」


 そんな話題なら王国にいても聞いていただろうが、三月前といえば新しい毒草がようやく収穫期を迎えて温室に籠っていた時期だ。

他国のことより目の前の毒草という行動理念で話題に乗り遅れたのだろう。


「かなり話題になったはずだが、知らないのか?」


「・・・お恥ずかしながら、遠方より取り寄せた毒草の収穫期でしたので」


「さすがに帝国で毒草を育てさせるわけにはいかないな」


「心得ております」


「・・・お茶ごちそうさま」


 一杯という約束だったから席を立つのはおかしくない。

だが、グリフィカの質問ははぐらかされた。


「飲んでくれただけましよね」


 いくら口では警戒しても仕方ないと言っても実際に飲むのは別問題だ。

遅効性の毒だって考えられる。

同じように飲んでも片方が毒が効き始める前に解毒薬を飲めば毒殺は可能だ。

もちろん毒は仕込んでいない。


「帝国に戻るまでに何かありそうね」


 皇帝が代替わりしたのが最近なら先代を慕っている者が現皇帝を面白くないと考えることもある。

あるいは皇帝になり得る可能性がある者が現皇帝を暗殺して、ちゃっかり皇帝の座に収まろうとするかもしれない。

国が大きくなれば、それだけ問題の数も多くなる。


「グリフィカ様、侍女のパーシェでございます」


「どうぞ」


「湯殿の用意が整いましたので、お手伝いいたします」


「わかったわ」


 一人でできると言っても、おそらくは叶わない。

逃亡、自殺、暗殺などありとあらゆる可能性を考えた上での見張りだ。

自分の立場が信用されていないのは重々承知だ。

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