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 この世界には爵位を持つ貴族よりも、あるいは王族よりも価値のある者たちがいる。

彼らの持つその知識は大金を積んででも欲しいと思うもので、各国が何度も何度も囲い込もうとして失敗をしてきた。

ありとあらゆる薬と毒に精通し、医師よりも詳しい知識だけで彼らは何代にも渡って身を守ってきた。

知識の伝承は師匠から弟子へとおこなわれるが、必ずしも親から子へとは限らない。

知識を受け継ぐことに重きをおき、血を受け続くことを重視しない彼らを人々は敬意を表して【薬師】と呼ぶ。

やがて流派ができ、その流れを受け継ぐ者を区別するために貴族と同じように家名を持つようになった。

その家名は、どんな薬や毒に精通しているか分かる者には分かり、そして家名だけでどれだけの規模を持つかも分かる。


 【薬師】は爵位と同じだけ身分を示すものになった。

リブル薬師、ベノアノ薬師、キングスダ薬師と細かく分かれる。

そんな中、珍しく世襲を取り、王家に使える二つの流派があった。

ケルシー薬師とヴェホル薬師だ。

他の薬師は好きなように仕事をし、国に仕えることもあるが数年だけということもある。

たった数年でも得難い知識であることは変わりないが、もっと多くの知識を求めた。


 国に王家に仕えることを良しとする風潮の二つの家を各国は求めた。

だが二つの家は変わらずモルビット王国に仕え続けた。

他の国が喉から手が出るほど欲している薬師を二つも持っていることに優越感と傲りがでた。

彼らを王家に取り入れる。

そうすれば薬師が国から出ても知識は残ると、そんな思惑で薬師・ヴェホル家の令嬢と第二王子の婚約が結ばれた。

第二王子にとっての災難は、薬を専門とするケルシー家ではなく、毒を専門とするヴェホル家の令嬢が選ばれたことだ。


「ぐっ、今度は何を飲ませた?」


「何を? と言われましても色々混ぜましたから一概には申せませんが、死ぬことはございませんわ。致死量の二十倍に薄めたものですから」


 薬師の少女は未来の夫となる婚約者に毒を飲ませること数十回。

普通は暗殺を疑われるが、綿密に書かれた調合表に解毒薬も用意していることから疑われていなかった。

むしろ、その天才的なまでの調合能力から王家の医師でも太刀打ちが出来ず、死なないのならと黙認されていた。

いや、推奨されていた。

国庫を空にしてでも欲しい調合表を第二王子の文字通りの犠牲で手に入るのなら安いものだった。


「効き始めるまで、およそ三十分少々。個体差を鑑みても計算通りね。こちらが解毒薬になります。楽になりますわよ」


「早く寄越せ」


 小さな瓶に入った緑色の怪しげな液体を一気に呷った。

トロリとして、ほのかな甘みに一息付くと呼吸が楽になった。


「いい加減に僕を実験体にするのは止めてくれ」


「実験体になどしておりませんわ。わたくしは殿下のことを思って心苦しさ半分で毒を調合しておりますのに」


「心苦しさ半分って何だ! 半分って」


「半分は半分ですわ」


 優雅に笑っているが毎回、毒を飲まされる者からすれば冗談ではない。

だが、誰も少女を止めないし、王である父親に相談をしても我慢しろと返されること数十回、今ではお前に必要なことだと言われるようになった。

王は第二王子を溺愛しているが、婚約に関してだけは厳しい。

どれだけ訴えても婚約解消に同意してくれない。


「グリフィカ」


「何でしょう、殿下」


「僕は明日から学校に戻ることになる」


「そうですわね。夏休みも今日までですから」


 学校にいる間はグリフィカの毒から逃れられるかと言えば単純なものではなかった。

解毒薬がない分、苦しみが長く続いた。

死なないだけましなのか、いっそのこと一思いに殺して欲しいと思ったこともある。

いつもグリフィカとのお茶会で口にするものに怯えながら食べてきた。


「君はいつになったら登校するのだ? もう最終学年なんだぞ」


「いつ? と言われましても気が向いた時に、とだけ申し上げておきますわ。それに本来ならわたくしは通える身分ではありませんので」


 貴族の子息が通う学校に貴族ではないグリフィカは通うことができない。

それでも籍があるのは第二王子の婚約者であることと薬師の一族であるということで特例として認められているからだ。


「はぁケルシー家のルベンナは真面目に通っているというのに」


「・・・まぁ彼女は通うでしょうね」


「なぜ僕の婚約者はグリフィカなんだ。どうして、ルベンナではないんだ」


 薬師一族でありながら学校でも真面目に授業を受けて人当たりもいい。

同じ薬師ならルベンナの方が好きだという学生も多い。

グリフィカを一度も学校で見かけていないというのもルベンナに傾く要因ではある。

どれだけ嘆いても婚約者が変わるわけでもなく、何度、父親に打診をしても頷いてくれない。

周りの家臣に相談をしても必要なことですということだけで終わってしまう。


「お望みならルベンナを側室として迎えてはいかが?」


「ルベンナを迎えてもお前に毒を飲まされるのは変わらないのだろう」


「よくお分かりですわね。彼女ではわたくしの毒を見抜くなど夢のまた夢ですもの」


 ヴェホル家が毒を専門にしているように、ケルシー家は薬を専門にしている。

毒と薬は紙一重ではあるが、病を治すことに重きを置いているケルシー家では毒に対する知識が浅い。


「だが、そうか」


「どうしたのです?」


「同じ薬師ならルベンナでも問題ないのか」


「そういう問題でもないのですけどね」


「ルベンナを正室にして、グリフィカを側室にすれば良いのか。こんな単純なことに気づかないとは我ながら恥ずかしい」


「まぁ国王陛下が許可されるのなら、わたくしは正室でも側室でもこだわりはないですからお好きにすればいいですけど、止めた方がいいと思いますよ」


 第二王子がグリフィカではなくルベンナに心を寄せているのは有名な話だった。

それでもルベンナを側室にゆくゆくはしておけばいいかというくらいには周りも軽く考えている。

重要なのはヴェホル家のグリフィカが婚約者であり、妻となることだから寵愛の有無は重要視されていない。


「さっそく父上に相談をしてこよう」


「まぁ無駄だとは思いますが、いってらっしゃいませ」


 名案だと信じて仕事中の父親のもとへ行く第二王子を憐みの目で見ながら護衛騎士たちは付き従う。

残ったグリフィカは第二王子の食べかけの菓子を手に取り、池の鯉目掛けて投げた。

匂いに釣られて我先にと啄むが、一匹、また一匹と腹を水面に向けて動かなくなる。

その様子を無表情で見届けるとグリフィカは黙って王城を後にした。

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