前触れ4
次の日。学校の帰り道、裏門をくぐり普段使わない道を歩いた。目的は、近くの神社に寄り道する為だ。
人気の無いこの神社は、一人になりたい時や勉強をする時。家に帰るまでの少しの時間を埋める為に使っている。
所謂、ただの暇つぶしだ。
神社の境内に入り本殿に向かう。
そこで、本殿の縁側に座る。ここでの時間だけが、唯一ゆっくりと流れている。
一年の時から、気が向いた時に訪れている代わり映えのしない場所。
だが、今日は先客が居た。縁側に座ってしばらくすると何かの物音がした。
それは、本殿の裏の方から聞こえる。
動物か…或いは人か…。
もし、人ならば裏からこっそりこちらの様子を伺っているに違いない。
恐る恐る、音のした方へ近づいてみると、本殿裏の縁側の下に見慣れない黒猫がいた。
見た所、随分と歳を取っているようで、あまり鳴き声は出さない。
それに、誰かが餌をやっているのか人懐こい性格のようだ。こちらが、しゃがめばすぐ来る所を見ると、警戒心もあまり無い。
無防備にすり寄る猫に、久々に何か湧き上がるものを感じた。衝動である。
そこに、善意の心はもう無い。
こんなにも、懐いてくれている猫を前にして
酷い想像しか出来ない。そんな自分が、一番怖い。常に、自分ではどうする事も出来ない自分がいるからだ。
本当はこうゆう時、誰かに止めて欲しいとも願う。でも、それはいつも叶わない。
そして、それは今日も叶わないのであろう。
可哀そうな猫は、やはりその運命には抗えないのだ。
血色の薄い金色の目。くすみの無い綺麗な目をしている。
だが、その目の色が一瞬変わった。何か殺気のようなものを感じたのかも知れない。
猫は、こちらを伺うよう様な目をしている。その光の奥に、怯えが見える。
その光景には、見覚えがあった。
それは、いつか見たあの目に似ていた。
まるで、自分を映す鏡の様にも見える。
隙を見て、逃げようとした猫の後ろ首を掴んだ。抵抗されると、更に歯止めが効かない。
低い声が、神社の境内に鳴り響く。今まで鳴かなかった猫が鳴いたのだ。
猫の首を絞めた。鳴き声が詰まっていく。
触れた位置に、空洞の感触があった。丁度、喉の奥の方である。
そこに、圧をかければ一瞬で片がつくのは分かっている。
「…何をしているの?」
後ろから声がした。声の主は、杉崎である。
急に声を掛けられ、驚いた拍子に猫を離してしまった。猫の運命は、変わったのだ。
杉崎に、驚いた様子は無い。責めるどころか怖がる事も無い。ただ、平然としている。
いつもの、杉崎だ。その様子に、こちらが戸惑ってしまう。
「杉崎こそ、どうしてここに…?」
あえて、こちらから質問した。何をしていたかなんて答えられる訳がない。
杉崎は、普段からよく暇つぶしにここに来るのだと言った。何という事だ…。
自分だけの穴場だと思っていた場所は、杉崎にも共通していたのだ。
つくづく、自分達は似ている。
「もう、帰ろう…。」
ふいに、杉崎が言った。
気まずさを抱えたまま、杉崎と神社の境内を出た。そのまま、階段に差し掛かった所で足を止めた。
「どうしたの…?」
気が付いた杉崎も足を止めた。振り返って、もう一度同じ所まで登って来る。
「いや…。」
今、言わなければ…。そう思い決心が鈍る。
この異常性を、許容してもらえるはずも無いのに期待してしまっている。
でも、もう誤魔化しが効かないのも、重々承知である。
「本当は…さっきのあの猫…。」
「え…?」
「…殺そうとしてたんだ。」
少し、間を置いてから杉崎は「あぁ…。」とだけ言った。それから、更にこう続けた。
「知ってたよ。でも、殺さなかった…。」
「うん…。」
杉崎が来たから…。とは、何故か言えなかった。けれども、杉崎の冷静な態度が妙に安心した。
「いけない事だとは分かってる。だけど、いつも止められないんだ…。ただ、普通でいたいだけなのに…。」
「ふぅん…。」
どこか、他人事のように聞いて杉崎はまた階段を降り始めた。その後を、すぐに追ってまた確認する。
「…こんな話、変だよな?」
「いや…別に…。」
「そう…。」
「…だって、俺達が普通に合わせる必要は無いだろ…?」
杉崎は微笑んだ。最後まで、拒絶する事も無く、驚く事も無く。それが、嬉しくて階段で杉崎を追い越した。
やっと、いつもの定位置に戻った。杉崎よりも少し前を歩く。
これは、学校でもこうなのだ。
だが、階段の半分まで降りた所で、また後ろから声がした。
「でもさぁ…。」
「ん…?」
振り返るまでも無かった。その前に、自分は階段から転げ落ちていた。
押されたのも一瞬で、もう痛みすら無い。
ただ、頭から熱い何かが垂れている感覚だけがあった。
「真山君、僕は普通になりたいと思った事は一度も無いよ…。」
杉崎の声がする。反論する事も出来ず、意識だけがそこにあった。
「君も、僕と同じだと思っていたのに…。」
その場を過ぎ去る靴の音と、遠くで杉崎の声だけが聞こえた。




