三章34 ヴィヴィアンの訪問
佐藤一佐と入れ替わる形で病室に入ってきた<ヴィヴィアン>は一度廊下に顔を出し、人影を伺ってからドアをピッタリと閉じた。そわそわしているように見えるが、どこか楽しそうでもあるその様子に疑問符を浮かべながら、穹良は<ヴィヴィアン>の言った意味を問うた。
「なぜ私が殺されないと言える」
<ヴィヴィアン>は近くにあった椅子を視線で指し示し、座ってもいいかと無言で訊ねる。随分人間臭い仕草をするものだと感心しながら、穹良も黙って頷いた。
「だって穹良ちゃんくらいなら、頭吹き飛ばされたくらいじゃ死なないでしょ?」
「簡単に言ってくれるな。いくら<ルシフェル>と意識を繋いでいるといっても、脳や心臓を潰されたら死にかねない。地竜系なら肉一かけらになっても生き返るかも知れないが」
三種に大別される竜の中で最も機動性と運動性に優れる飛竜は、攻撃を受けにくいという特性を持つ。ゆえに他の二種と比較して回復能力が劣っている。人間とは比較にならないほどの回復能力と防御能力を有していると言っても、生命維持器官を破壊されれば命の保証はない。
「でも確実に殺せるとは限らない。狙撃するなら一撃必殺じゃないと逆に居場所を明かすことになるし、守護者に報復されたら勝ち目はない。爆弾なんかを使ったとしても、例えば妹さんなんかが犠牲になって、復讐心に駆られた穹良ちゃんに反撃に出られても、勝ち目はない。確実に穹良ちゃんだけを殺す方法がない以上、二度も失敗した今手を出すのは、向こうにとってはリスクしかない。そもそも、<ルシフェル>が所属しているのは交戦権を持たない陸上自衛隊なわけで、向こうから手を出さなきゃ<ルシフェル>に牙を剝かれることはない。四月に襲撃してきたのは、十年間守護者と隔離されてきたことで繋がりが絶たれて、穹良ちゃんの力を奪える公算があったからだけど、それが無いなら行動を起こす意義がないよ」
<ヴィヴィアン>の言うことは間違っていない。自衛隊に属する<ルシフェル>が国内から出られないのなら、自衛隊の戦力を削いでも海外を拠点とする武装集団に恩恵はない。組織のために働こうとする賢明な思考の持ち主なら、ちっぽけな復讐心を押し殺し、反撃のリスクを回避するために自分を殺そうとはしてこないだろう。
そう思うと、少しは安心して大丈夫な気がした。完全に気を抜くつもりはないが、自分の身の安全確保に向ける意識の幾らかは健吾の看病や暮月・かがみのケアに当ててもいいだろう。
「分かった。ありがとう、ヴィヴィアン。少しは気が軽くなった」
「そう言ってもらえると私も嬉しいよ。健吾君のこと、ちょっと触ってもいい?」
<ヴィヴィアン>の申し出に、穹良は了承の意を示す。<ヴィヴィアン>は謝意を述べてから立ち上がり、ゆっくりと健吾の枕元に歩み寄った。金属製の四肢が微かな駆動音を立て、カチャリカチャリと足音が鳴る。病室の白色蛍光灯の光を柔らかく反射させる薄橙色の人工皮膚と室内光を鈍く反射させる金属製の外装に覆われた特異な見た目に、暮月の視線がくぎ付けになる。
そんな彼女の視線をよそに、<ヴィヴィアン>は健吾の寝顔に顔を近づけて、その頬にそっと指先で触れた。健吾の体温が金属製の指からぬくもりとして伝わり、<ヴィヴィアン>は嬉しさから目を細めた。
「よかった。今度は守れた。本当は怪我させちゃう前に助けに行きたかったけど、間に合わなくてごめんね」
健吾の頬を撫でる<ヴィヴィアン>が呟いた言葉の中に引っかかる単語を聞き取って、穹良は聞くまいかと迷ったが、聞いてみることにした。不思議な雰囲気を纏う機械少女のことをもっと知りたいと思った。
「前は守れなかったみたいな言い方をするな」
健吾の頬を愛おしそうに撫でていた<ヴィヴィアン>は顔を上げ、穹良の方を向いた。左目の中のカメラが絞られ、回転して再び広がる。穹良には、その目が穹良を通り越してどこか遠くを見ているように見えた。しばし沈黙した後、<ヴィヴィアン>が口を開いた。
「私は昔、とある一人の女の子と友達になるために、その子のお父さんに作られたの。でも出来上がった私はすごく性能が良かったから、軍に目を付けられて、兵器にされそうになった。お父さんは私を引き渡すまいとしたけど、軍は私を奪いに来て、その時にその女の子は死んじゃった。私がその子を色々な物から守るはずだったのに。今度はっていうのは、そういうこと」
「それは、辛いことを話させたな」
話を聞きだしたことに後ろめたさを感じながら、穹良は素直に謝罪を口にする。すると<ヴィヴィアン>は表情を明るくして嬉しそうな顔をした。
「穹良ちゃんは機械の私にも気遣いしてくれるんだ。優しいんだね」
「本当に機械なん? すごくかわいいんな」
興味津々といった目を向けてくる暮月の前に歩み寄り、上体を屈めて視線の高さを合わせる。暮月は少しギョッとしたような表情を浮かべたが、すぐに好奇心が上回り、<ヴィヴィアン>の澄んだ瞳を覗き込んだ。
「褒めてくれてありがと、可愛らしい小鬼さん。そうだよ、私は全身が竜の遺産で出来た、世界初の完全自律型アンドロイドだよ。コードネームはヴィヴィアン。歌で魅了する妖精の名前なんだって。お父さんが付けてくれたんだ。素敵でしょ?」
自慢するようにウインクしてみせる<ヴィヴィアン>に、暮月は小さな拍手を送る。公共施設の清掃用小型ロボットや医療・福祉現場の人型ロボット、大型の人型作業機械が世の中に出回って久しいが、人間と見紛うほどの風貌とコミュニケーション能力を有した少女型ロボットを暮月は見たことがなかった。ゆえに驚き、もっと知りたいと思ったが、同時に穹良が意外と驚いていないことに気付いて、それがなぜなのか知りたくなった。
「ねえねはヴィヴィちゃん見て驚かないん? うちはこんなすごいの見たことないんよ」
「ああ、前に一度会っているからな。それに、似たのをどこかで……。ヴィヴィアン、十年前、東南アジアにいなかったか?」
十年前、穹良がまだ兵力として扱われていたころ、似たような風貌の少女に会った記憶が微かにある。十年も前の、幼少期の記憶はかなり曖昧になっており、見た顔が<ヴィヴィアン>のものかどうかまでは思い出せない。ただ、似たような顔を見た記憶は確かにある。<ヴィヴィアン>について知りたいと思った理由はその記憶を確かめたいからだと気付いた穹良は、彼女の顔をまじまじと見つめた。
「うーん、私も一部メモリが消えてるから確かなことは言えないけど、その頃はいないと思う。でもその頃には私の妹たちが作られてたと思うから、そのうちの一人を見たんじゃないかな」
「え、ヴィヴィちゃんってもしかして結構なお年なん?」
「それは乙女に聞いちゃだめな質問だよ」
悪戯っぽく笑う<ヴィヴィアン>の姿に、穹良は疑問符を浮かべる。人工知能を搭載しているとは言え、随分と饒舌で表情が豊かだ。もしかしたら今の自分よりも多様な感情を持っていうのではないかと思うくらい、自然な会話と状況に応じた表情の再現を行っている。
「機械なのにと言っていいか分からないが、随分と楽しそうに話をするな」
「優しいのかと思ったけど、結構ズバッと訊いてくるんだね。嫌いじゃないけど。穹良ちゃんなら、霊竜って知ってるでしょ?」
「……竜の遺産、そういうことか」
何かに気付いたような表情を浮かべる穹良と、含みのある笑顔を作る<ヴィヴィアン>とを交互に見比べながら、話についていけていない暮月が困惑顔をする。その様子を眺めていた<ヴィヴィアン>は、暮月が置いてけぼりを食って寂しい思いをしないよう、答えを教えてあげることにした。
「霊竜ってのはね、人の意思が集まる場所に溜った竜力が人格を持って、人に見えるような姿をした存在のことだよ。幽霊とよく間違われるんだけど、意思を持った竜力の塊のことで、中には実体を持つものもあるんだって」
「そして竜の遺産は、竜族が作り上げた技術からその産物までの総称だ。ヴィヴィアンを構成している竜の遺産に、彼女を取り巻いてきた人々の意思が蓄積しているとすれば、彼女が人工知能では表現できないほどの人間性を持っていたとしても不思議ではない、ということだ」
そうだろう? と答え合わせの視線を送ると、<ヴィヴィアン>は正解の意をウインクに乗せて返した。ことごとく人間味のある仕草をしてくれるものだと、穹良は微かな対抗心を芽生えさせる。もう少し物腰柔らかくコミュニケーションを取れるようになりたいと密かに考え始めていたところだ。心の中で彼女をライバルに据えるのも悪くないだろうと考えていると、男性のものらしい重たい足音が数人分、急ぎ足でこの病室に近づいて来た。
何事かと穹良が立ち上がり身構えると、病室のドアが丁寧にかつ勢いよく開け放たれ、自衛隊員と技官らしき男数人が<ヴィヴィアン>を指さして口パクで何かを叫んだ。
その異様な光景に呆気に取られる穹良と暮月に、<ヴィヴィアン>が丁寧に説明する。
「整備が長いからクラシックボディーに勝手にコア装填して抜け出してきたんだけど、バレちゃった。読唇術使わせて、『こんなとこにいたのか!』って怒ってる」
苦笑いをする<ヴィヴィアン>の襟首をつかんで、技官の男が彼女を引きずっていく。身柄を確保された<ヴィヴィアン>は手をヒラヒラと振りながら、「また話そうねー」と言い残して病室から連れ出されていった。
「失礼しました」
眠っている健吾に配慮して小声で敬礼をする自衛隊員が退室すると、病室は急に閑静になり、残された穹良と暮月は互いの顔を見合わせた。
「そわそわして見えたのは気のせいじゃなかったな」
「ヴィヴィちゃん、面白い人なんね。あれ、人って表現で合ってるん?」
突然現れては穹良から不安を取り除き、暮月に笑顔を与えた<ヴィヴィアン>に、穹良は心の中で感謝の言葉を述べる。彼女がただの人工知能を搭載したロボットだったら、抱いた感謝の念は違う形を取っていただろう。守るために生まれた存在というのにも親近感を覚える。それにしても、機械と話して落ち着くとは。
「不思議な感覚だったな」
この感覚が何なのか、健吾と話し合ってみたいと思い、眠る彼の顔に視線を落とす。心なしか顔色が良くなった気がするのは、きっと気分が上向いたからだろう。




