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三章28 謝罪と赦しと涙滴と


 「ねえね、かがみん!」


 手術室前の廊下に、二人を呼ぶ暮月の声が響く。穹良が顔を上げると、キャスケット帽を被って角を隠した暮月と、葵が早足でやってくるところだ。


 「暮月……!」


 近づいて来る暮月が目の前までやってくるのを待ちきれず、かがみは思わず立ち上がる。そしてすがる様に手を伸ばした。その手を暮月がしっかりと掴み、引き寄せる。抱き締めた腕の中で、ようやく緊張から解放されたかがみが涙を流した。


 「怖かったんな」


 暮月の慰めるような声に、かがみは静かに首を振る。


 「あたしのせいで、お義兄ちゃんが……」


 「かがみんのせいじゃないんよ」


 だがかがみのすすり泣きは止まず、華奢な肩を震わせる。暮月はかがみが落ち着くまで、黙ってその肩を抱いた。


 そんな二人を見て、穹良は言葉にし難い虚無感を味わっていた。最近はかがみとの距離が縮まってきていたと思っていたが、暮月との距離の方がずっと近いということを、かがみの二人に対する態度の差から痛感する。


 そしてすぐに、自分の考えに対して溜息を吐いた。こんな時に考えることではない。過ごした時間の差というものがある訳であり、加えてかがみが攫われ、健吾が負傷したことの関節的原因は穹良にある。そんな穹良が暮月と同等の立ち位置になろうとするなど、おこがましいにも程がある。


 「葵、嫌な思いをさせてすまなかった」


 抱き合う二人の元に歩み寄り、かがみに声を掛ける葵に謝罪の言葉を口にする。


 「……いえ。その、西島さんは……?」


 「負傷した。いま緊急手術をしているが、いつ終わるかは分からない」


 「そんな……」


 愕然とした表情と共に肩を落とす葵の手を、目を赤く腫らしたかがみが握る。そして黙って首を振った。そんな事出来ないと分かっていながらも、気にしないでと言っているのだ。


 「さあ、説明して、穹良。どうしてこんなことになったの」


 かがみの睨みつけるような視線が、穹良を射抜く。穹良は静かに口を開いた。


 「葵は、かがみが半竜だということは知ってるんだったな」


 「あ、はい、前に羽を見ちゃって、それがきっかけで話しかけて……」


 「なら想像していたかと思うが、私も半竜だ。半竜の持つ力は強弱を含めて様々で、場合によっては狙われる対象になることがある。半竜というだけで狙われることもある」


 「人間に恐れられているから、ですか?」


 葵の問いに、黙って首を振る。落ち着いたのか、かがみはもう泣き止んでいた。


 「それも一つの理由だ。が、だけじゃない。奴隷、人身売買、臓器提供による資金源、兵士としての戦力。他にも色々だ。国内じゃ人間の子どもが行方不明になれば大きなニュースになるが、孤児になりやすい半竜の子どもは行方不明になったところで騒がれない。春に、武装集団のせいで街が破壊されただろ。あの時、奴らの狙いは私だった。だが、失敗した。奴らの襲撃から身を守れるくらいの力を、私は持っている。今回は、その時の復讐のために、かがみが狙われた、ということだと思う。かがみは、私をおびき出す餌にされたんだ。私の持つ力を渡さなければ、お前を殺すと脅された」


 穹良に視線を向けられたかがみは、しかし何も返すことが出来なかった。黙って先を促すと、穹良が再び口を開く。


 「健吾は、お前を助け出すと言って聞かなかった。あいつが怪我をしたのは、私が油断したからだ。私を守ろうとして、銃撃を受けた。謝って済む問題じゃないことは分かってる。だが、今の私にはこれしか出来ない。済まなかった」


 かがみに、そして隣に立つ暮月に向かって、穹良は腰を直角に折って頭を下げる。その頬を、暮月の手が優しく包んだ。


 「ねえね、顔を上げて。うちは、怒ってなんかないんよ」


 「なんで、お前はそんな風に言えるんだ……? 私のせいで、お前たちの義兄を傷つけたんだぞ……?」


 恐る恐る顔を上げる穹良の声は、微かに震えていた。二人が慕っている健吾を危うく死なせてしまうところだったのに、どうして暮月があっさりと赦しを口に出来るのか、穹良には分からなかった。


 「多分、にいにも怒ってないと思うから、なん。きっと、喜んでるんよ。かがみんとねえねが無事で。ね、かがみん」


 「そう、ね。血のつながってない、しかも半竜の義妹二人を育てるような義兄だもの。そんくらいの優しさが無いと、そんな事出来ないでしょ」


 話を振られたかがみが、ややぶっきらぼうに答える。巻き込まれたかがみとしては釈然としない部分があるものの、穹良を責めたところで何か変わる訳では無いということも分かっている。あの戦場から無傷で脱出してきたことへの疲れもあったし、これ以上穹良に腐っていて欲しくない気持ちもあった。第一、傷を負ったのは健吾だ。健吾が何か言う前に穹良を責める資格など、かがみにはない。


 「お前たち……」


 それぞれの言葉で謝罪を受け入れる暮月とかがみを、交互に見る。謝罪を受け入れられ、さらに慰めの言葉を掛けられる。そのことが穹良の胸に深く染み入り、感情をせき止めていたダムに亀裂となって広がった。声を上げることなく、大粒の涙が頬を伝って落ちて行く。


 いっそ一思いに、罵倒を浴びせて欲しかった。自分のせいだと、思いたかった。だが、穹良に与えられたのは、赦しだった。幼少期にも赦しが与えられていたら、今のようにはならなかったのかも知れない。これが赦してもらえる嬉しさかと頭の片隅で思いながら、穹良は暮月の腕の中で涙を流した。


 





 「また、こんなことが起こるかも知れないんですか」


 落ち着きを取り戻した穹良は、気分転換も兼ねて葵と二人で院内の休憩所に来ていた。自販機で缶ジュースを購入し、葵に手渡したところで投げかけられた問いに、穹良は少し考えてから答える。


 「おそらく、もうない」


 「なんでそう言えるんです? あなたの力を狙う人は他にもいるかも知れないじゃないですか」


 「理由は幾つかある」


 穹良に促されて、葵は休憩所のソファーに座る。午後八時半を過ぎた休憩所には二人以外の姿はなかった。穹良は葵の向いに座って、続きを口にする。


 「最大の理由は、今回連中が失敗したことだ。ワークドールや人質を使っても私の力を奪えなかったとなると、手段は大きく制限される。私を殺すつもりなら話は別だが、それだけの戦力を国内に揃えるつもりなら、自衛隊に気付かれる。勝ち目のない小規模作戦を今後展開してくるとは考えにくい。それに、多分だが、健吾も今回何らかの力を使えるようになった。どの程度のものかはまだ分からないが、相当なものだろう。そんな奴が私の近くにいれば、尚更私を狙いにくくなる。かがみも今回は不意打ちを食らって力を使えなかったが、相当なものを持っている。それでも仕掛けてくる奴がいるとすれば、相打ち覚悟の連中、ということになるだろうな」


 かがみの持つ氷結能力は、葵も目の当たりにしている。人間離れしたすごい能力だとは思ったが、半竜の中ではどの程度の位置に属しているのか分からない。だから葵は思い切って、聞いてみることにした。


 「あの、あなたは、どれくらいの強さなんですか」


 「そう、だな。この辺一帯を地図から消すくらいのことは出来る」


 相当ヤバい相手と普通に話をしているのでは、という思いを抱きながら、葵はおずおずと追加の質問をした。


 「え、じゃあ、かがみは……」


 「私もよく把握してないが、この病院を氷漬けに出来るくらいの能力はあると思う」


 「へ、へぇー……」


 引きつった笑みを浮かべながら、葵は手元の缶ジュースに視線を落とす。手品みたいな程度の能力かと思ったら、とんでもない力の持ち主と友好関係を築いてしまっていたようだ。友達をやめたいなどと言い出したら、命を奪われかねないと恐怖する。


 「葵」

 

 「は、はい……!」


 人と同じ姿をしながら、人智を超えた力を持つ存在、半竜。半竜に対する認識の甘さに気付いた葵は、途端に怖くなって、名前を呼ばれただけで委縮してしまった。だが、彼女を呼んだ穹良の目は、寂しそうに見えた。


 「かがみの友達になってくれて、ありがとう。だが、私たちの傍にいれば、また危険な目に遭うかも知れない。だから、離れてもらって構わない。あいつも納得する」


 「そんな。それに、学校に行けば会います。まさか、学校も辞めるんですか」


 「きっと今回の件もニュースにならない。なったとしても、真実は伏せられる。だからきっと、学校にもまだ居場所はあるだろう。だが、私たちがいることで周りに迷惑が掛かるようなら、そうせざるを得ないだろうな。ただ、普通に暮らしたいだけなんだけどな」


 穹良は立ち上がり、葵に背を向ける。手術室間に戻ろうかと思ったが、間もなく九時を指そうとしている壁の時計を見て考えを変えた。


 「送って行こう。明日はテストだな」


 「……そんな気分になれる訳、ないじゃないですか」


 穹良には、同意と謝罪の言葉を紡ぐことしか出来なかった。


 


 

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