三章27 自衛隊病院へ
サントソに向けて小銃を構える機械少女に、穹良は顔を上げる。
「お前は、前に商店街で会った……?」
<ヴィヴィアン>は視線をサントソから逸らさずに、穹良の問いに応じる。
「久しぶり、穹良ちゃん。色々お話したいところだけど、まずはここを脱出して。私が道を開くから」
「やれるもんならやってみろ!」
サントソの咆哮を合図に、ルディとディオの小銃が火を噴く。健吾と穹良を背にする<ヴィヴィアン>は
擬似竜力防壁を面状に展開して銃弾の全てを弾いた。
「そこのあなたは頑丈だね。私に踏まれても立ち上がっていられるなんて」
頭から血を流し、ふらつきながらも銃を構えるディオを<ヴィヴィアン>は睨みつける。
「ほざけ小娘が。これでもそんな口を利いていられるのか!」
ディオが銃口の先を<ヴィヴィアン>から拘束されているかがみへと移す。
「させる訳ないでしょ」
背後に健吾と穹良を守っている状態にも関わらず、<ヴィヴィアン>は擬似竜力防壁を解除してかがみの前に再構成する。同時に下腿と前腕に装備した増加装甲をスライドさせてシールドを展開し、増加装甲と機体の防御力のみでルディからの銃撃を防ぐ。
「ヴィヴィアン!」
全身から火花を散らしながら銃弾を防ぐ<ヴィヴィアン>に、穹良の声が届く。<ヴィヴィアン>は左腕のシールドの側縁を支えにして小銃の引き金を引きながら、擬似竜力の反重力作用を利用して機体を浮かせ、腰部と大腿部後部のスラスターユニットを利用して滑るように後退。健吾と穹良の目の前でシールドを展開して二人を守る。
「今からスモークを散布して敵を攪乱する。私はあのデカブツに仕掛けるから、二人を連れて脱出して。自衛隊病院で受け入れの準備が出来てるから」
銃撃音に負けないように声を張り上げながら、<ヴィヴィアン>は引き金を引き絞る。だがすぐに弾切れを起こした。
「そーのー前に、閃光弾を使う。目と耳を塞いで」
言うが早いか、片膝を立てた<ヴィヴィアン>の人工皮膚に包まれた右大腿に分割線が浮かび上がり、大腿側面がガバリと開いて銀色の内部機構が覗く。ユニットがせり上がり、超小型の擲弾が圧搾空気音ともに射出された。
曲線を描いてサントソの元へと向かう超小型のスタングレネードの弾道を見ながら、穹良は好機を確信する。意識のないかがみと健吾の二人を運び出すことは今の穹良には難しい。スタングレネードの膨大な光エネルギーを竜力防壁で相殺したうえで音量を調節してやれば、かがみの目を覚まさせることが出来るかも知れない。
「いや、利用させてもらう」
かがみの前に竜力防壁を展開し、健吾を担ぐ。次の瞬間、スタングレネードが爆ぜ、大音量の爆音と、闇を真っ白に染め上げる暴力的な光がフロア内を満たした。
「ぎゃああ!」
「目がぁ!」
男たちの苦悶の声が交錯するなか、穹良は健吾を連れてかがみの元まで移動する。閃光が引き切らないうちに<ヴィヴィアン>は大腿部の発射管から二発のスモークグレネードを射出し、煙幕を形成する。
「……え、なに? 何が起きてるの?」
ようやく目を覚ましたかがみが、煙幕の煙を吸い込んで咳き込みながら目を白黒させる。その話声を掻き消すように、<ヴィヴィアン>が銃撃音と駆動音を立てる。サントソ達と派手に戦闘することで、健吾たちから意識を逸らさせているのだ。
「話は後だ。お前も飛べたはずだな」
「え、うん、飛べるけど。って、健吾、どうしたの血だらけじゃん!」
何が何だか分からず混乱するかがみに、穹良は出来るだけ落ち着かせようと声音を選ぶ。
「悪いがその話も後だ。ここにいてはお前も健吾のようになりかねない。私の合図でそこの穴から飛び立て」
黙って頷くかがみを先導し、煙幕を盾にしながら健吾が開けた壁の穴まで近づく。
「待てコラぁ! 逃がさんぞ! 許さんぞ!! 俺たちの技術を持ち去り、排斥した人間たちと暮らすことを選んだお前を、俺たちは絶対に許さんぞ!!」
<ヴィヴィアン>との戦闘音を縫って、サントソの咆哮が木霊する。
「なぜ蔑まれなければならない? なぜ居場所を求めていけない? この世界は、俺たちのものでもあるんだぞ! なのに、なぜ俺たちの邪魔をする!!」
鉤爪を振りかざして突進してくるサントソに、<ヴィヴィアン>は下腿部側面に装備したグレネードランチャーを発射する。サントソの竜力防壁に防がれたものの、爆音がフロアを満たした。その瞬間にかがみに合図を出し、穹良はかがみを脱出させる。
「私の十年間を奪い、妹を傷つけた。十分な理由だ」
大きく広げられた穹良の羽から竜力がほとばしり、穹良の前に力場が形成される。力場から放たれた真紅の電撃はサントソへと、まるで巨大な手を伸ばすかのような軌跡を描きながら迫った。電撃はサントソの体内で暴れ回り、背後の壁を粉砕して消える。その破砕音に紛れて、穹良は健吾を抱えて未だ雨降る夜空へと翼を広げた。
「穹良、あれ」
先に空中で待機していたかがみが、眼下を指さす。先程までいたビルの周囲には陸自の車両が殺到し、武装した隊員たちが突入していく。後発の制圧部隊が到着したのだ。
「あとはあいつらに任せよう。健吾の体が持たな……、どういうことだ、右手が」
穹良の脇に抱えられてだらりと垂れ下がっている健吾の右手の先が、竜力に変換されて消えていく。そのまま解けるように構成が解かれていき、あっという間に右腕が消滅した。
「そんな、右腕が……」
「病院へ急ぐぞ、ついてこい」
両手で口元を抑えて絶句するかがみを先導して、穹良は進路を北に取る。脇に抱えた健吾が軽くなっていく気がして、大して遠くない病院までの空路がやけに遠く感じた。
自衛隊新琵琶病院は、新琵琶駐屯地に隣接した病院であるが、ここには全国有数の特色がある。それは、隊員の多くが半竜である新琵琶駐屯地勤務の隊員を治療するための、半竜専門の診療体制が整っていることである。もともと人間より体が丈夫で病気にもかかりにくい半竜が病院を利用する機会は限られており、絶対数も少ないため、半竜に特化した医学は発展途上なのが、日本の現状だ。
穹良が新琵琶病院のヘリポートに到着すると、待ち構えていた医療スタッフたちが手際よく健吾をストレッチャーに乗せ、院内に運び込んでいく。健吾はそのまま手術室へと運び込まれ、穹良とかがみは廊下で待機することとなった。
「……なんで、あたしがさらわれたの?」
手術中を示す赤い電光板を眺めながら、かがみがぽつりと疑問を投げかける。廊下に設置されたベンチに腰掛ける二人の間には、微妙な距離があった。午後七時を回った院内には往来する入院患者や医療スタッフの姿があるが、手術室周辺には人影は少ない。静寂が二人の両肩にズシリと圧し掛かり、鬱々とした空気が流れた。
「なんで健吾があんな目に遭わなきゃならないの?」
押し黙る穹良に苛立ちを覚え、かがみは怒気を孕んだ声を押し出す。
「なんであたしたちがこんな目に遭わなきゃならないの。あたしたちが何したっていうの」
「私が、奴らの欲する力を持った半竜だから、だ」
一度言葉を区切り、穹良はうなだれる。両手で顔を覆い、こぼした言葉には、深い後悔が滲んでいた。
「私が、お前たちの元にやってきたからだ」
「それじゃ、分かんないよ」
目元に涙を浮かべたかがみが、眉間にしわを寄せて押し殺した声を吐き出す。穹良はかがみの思いを受け止めて頷き、顔をわずかに上げる。
「暮月と葵を呼ぶ。事の顛末を一緒に聞いてもらった方がいい。だがなぜこうなったのかという話は、葵が帰ってからにしてくれ」
かがみが同意を示したのを確認してから、穹良はスマホを取り出し、暮月に繋いだ。




