三章26 降下作戦
「健吾……!」
右腕が再生し、サントソを殴り倒した健吾に、穹良は思わずその名を呼ぶ。だが穹良の呼びかけに答えるふうではなく、生気なくだらりと立つ後姿に、安堵はどこへやら、不気味さを覚えた。
「……健吾?」
「コノ、死ニゾコナイガ!!」
獣の咆哮の如き怒声を上げながら、デブがショットガンを三連射する。面制圧を可能とする散弾の襲来を察知してかせずか、健吾は避けようとしない。今度こそ木っ端みじんに吹き飛ばされるかと思いきや、そのことごとくが火花を散らして防がれた。
健吾の背後に現れた竜力防壁が、彼を散弾から守ったのだ。
「……この竜力は……」
健吾から湧き上がる竜力の量と濃度に、ルディが驚きの声を上げる。つい先ほどまでとは打って変わって高濃度の竜力を放出する健吾に、恐怖心すら抱いた。所有者の少女と、所有者レベルの竜力を有する少年を相手にするのは、少々分が悪く思えた。
健吾の竜力防壁の出力に畏怖したデブが、装弾数が尽きるまでショットガンを放つ。だが防壁を形成しながらゆっくりと歩み寄ってくる健吾には一発も届かない。艶のある漆黒の右腕から竜力の輝きを放ちながら近づいて来る健吾の姿に、デブは思わず後ずさる。
「ひ、く、来るなっ、来るなぁ!」
弾切れしたショットガンを放り、懐から拳銃を出して健吾に向ける。マガジンが尽きるまで撃つが、すべて弾かれる。そうして目の前までの接近を許したデブは、顔面に健吾の右ストレートをもろに食らった。
殴り飛ばされ、咳き込むデブを健吾の冷徹な双眸が見下ろす。そこに光はなく、負の感情が渦巻いていた。人のものではなくなった右腕がデブの首を掴み、重量を感じていないかのような動作で高々に持ち上げる。
「……放せ、放せえ……!」
必死に健吾の右手を離そうと指を掛け、脚をバタつかせて抵抗するが、首を絞める握力は弱まりそうにない。わずかな間、デブにとっては長い時間が過ぎ、デブが暴れるさまを見飽きた健吾は手近な壁に叩きつけた。
これまでの戦闘で強度が低下していた壁は、デブの質量と健吾が叩きつける運動エネルギーの前に崩壊し、デブと共に地上へ落ちていった。
「は、はは……」
大穴を穿たれた壁から見える雨の夜空を眺めて、健吾が乾いた笑声を漏らす。その狂気が含まれた笑い声は次第に大きくなり、敵味方構わず注目を集めた。
ひとしきり笑った健吾がゆっくりと背後を振り返る。目が合ったサントソはすぐに仲間に指示を飛ばした。
「散開だ。接近戦に持ち込ませるな。今のあいつはまともじゃない!」
言い終わる前に、次の獲物を見つけたとばかりにサントソめがけて飛び込んできた。二十メートル近くの間合いを一気に詰め、サントソ他二名がいた地点に右腕の拳を振り下ろす。三人はすんでのところでこれを回避したが、床にはクモの巣状のヒビが入った。巻き上がった粉塵の中で、ゆらりと健吾が立ち上がる。
その背中から、蛍光緑色の四条の光が噴き出した。四条の光が膨らみ、爆ぜると、トンボの翅を思わせる形状の、厚みのある四枚の羽が現れた。その羽もまた黒く、そして蛍光緑色の模様が刻まれている。
「自己防衛本能が竜力を活性化させて、羽化したのか。飛竜寄りだったとは。しかし……」
穹良の見立てでは、四枚の羽から竜力の粒子を放出し続ける健吾の活動時間は長くない。右腕の再構成にかなりのエネルギーを消費したはずだからだ。それだけでなく、健吾の体は自分の変化に追いつけていない。体内で生成したはいいものの貯蔵できず、羽から放出している竜力がその証拠だ。今は溢れ出る竜力を変換して防壁を構成し、サントソ達を驚かせているが、遠距離火器で防壁を削られ続ければじきに消耗して生身を晒すことになってしまう。
そうなる前に健吾を正気に戻し、サントソ達の隙をついてかがみを連れださなければならない。
「まったく世話を焼かせてくれる!」
近接戦を避けようと距離を取った三人からの銃撃を竜力防壁に受ける健吾に近づこうと、穹良は立ち上がって駆け出す。竜力から変換した電撃をディオに放ちながら、声を張る。
「健吾、聞こえているか! 防壁に頼るな! 長くは持たないぞ!」
三重の防壁の内側から、健吾の虚ろな瞳が穹良を捉える。正気でないのは一目瞭然だ。
「この女ぁ!!」
健吾への銃撃の邪魔をされたディオが、小銃に銃剣を取り付けて構える。上から振り下ろされた銃身を懐に入って左腕で受けていると、健吾が組み合う二人を見据えた。
視線に気付いた穹良とデュオが、健吾の方を見る。健吾の腕が上段に構えられ、手刀を振るように二人に向けて振り下ろされた。
健吾がいるのは三重の竜力防壁の向こう側で、二人との距離は五メートルほどある。だが健吾の挙動に嫌な予感を覚えた二人は、互いに後方に飛びずさった。二人の間を、超高濃度の竜力が上から通りすぎる。ディオが手にしていた小銃の先端部分が解けるように消え、振り下ろされた手の延長線上にあった壁と天井に大きな切れ込みが入った。
見えない竜力の刀が、自分が展開した竜力防壁ごと空間を切り裂き、触れたものを竜力に分解して霧散させたのだ。
「まさか、これほど精密に竜力を操れるようになったのか」
十メートルほどの位置にある壁に入った切れ込みは、幅五センチに満たない。それ以下の幅に竜力を凝縮しつつ、最低でも十五メートルの竜力の刃を形成したとなると、その出力と操作能力は、下手をすれば穹良をも上回る。出力を上げることと、それを自在に操る能力は別物なのだ。
だが直後、穹良が恐れていたことが起きた。健吾の防壁が次々と崩れて溶けるように消えていく。体内での竜力生成量と消費量のバランスが取れなくなったのだ。一発の銃弾が薄くなった防壁を貫通し、健吾の左太ももに命中する。声もなく崩れる健吾に、穹良は自分も覆うような形で竜力防壁を形成した。
「健吾!」
防壁の中で膝を突く健吾に駆け寄り、穹良も屈みこむが、健吾の応答はない。防壁に当たる銃弾が火花を散らし、消耗した穹良の竜力も削っていく。三人の意識がこちらに向いているからまだいいものの、今はかがみを守れる位置にない。防壁の内側から放電攻撃ができない訳ではないが、自身の防壁に回したエネルギーを上回る竜力を使えば、防壁の強度低下は免れられない。防壁にピンポイントに穴を開けてそこから攻撃することも出来なくはないが、今の穹良には難しい芸当だ。
どうすれば、と穹良は唇を噛む。その時、天井が豪快に砕け、何かが降ってきた。
<ヴィヴィアン>が佐藤司令から作戦変更の連絡を受けてから三分後。<ヴィヴィアン>を乗せたヘリは、高度千メートルの位置にいた。地上にローター音を轟かせるわけにはいかないので高度を取る必要があったために、降下作戦の準備完了までに時間を食ってしまった。だが現在地点からなら、<ヴィヴィアン>の推進力で目標地点に到達することが出来る。
「準備出来てる。いつでもいいよ」
自身に搭載されたGPSとヘリから転送されてくる地上の様子、風向風速などの情報を収集しながら、<ヴィヴィアン>は機長に話かける。
『了解。確認を取る』
機長が副機長に命じ、新琵琶駐屯地と連絡を取った。すぐに機長からの通信が<ヴィヴィアン>の耳の中に直接流し込まれる。
『よし、作戦開始だ。頼んだぞ』
「了解、任せて」
<ヴィヴィアン>は額に装備した複合センサーバイザーを下ろし、アイボールセンサーと連動させる。機体側面のドアを開けると、風圧が短い銀髪を揺らした。
『降下開始』
機長の指示で、<ヴィヴィアン>が空中に飛び出す。わずかな時間の空中浮遊の後、小型のパラシュートを展開して減速する。それでも勢いは大きくは下がらない。今回降下する目的の一つは、建造物のコンクリート製の屋根を位置エネルギーと自重を用いて破砕することにあるからだ。
腰部に装備した制動用のスラスターを噴射して目標のビル直上に位置する。複合センサーバイザーで計測すると、強大な竜力が円形に展開され、その周囲に三つの竜力反応があった。その周囲にも竜力の反応があるが、微弱だ。人質となった人物の竜力は分からないが、<ルシフェル>と似た竜力の反応はフロアの端にある。
円形に展開された強大な竜力は<トラク>のものと同じだと<ヴィヴィアン>は結論付けた。ならば、その周囲にある三つの竜力反応は今回の首謀者たちのものとみていいだろう。うちの一つを降下地点と定め、<ヴィヴィアン>は背面のパラシュートユニットを切り離す。
「司令、火器の使用許可を」
『搭載火器の使用を全面許可する。ただし、要救助者の救出を最優先とすること』
「了解」
目標のビルが眼下に迫る。大腿部後部に装備したスラスターユニットから蒼い炎が噴き出し、急制動。コンクリート製の屋根を押し壊す形で突き破る。「なんだ!?」という顔をした褐色の男の顔が、脚の下のコンクリート片の隙間から見えた。
男をクッション代わりにし、そこから前転して着地の衝撃を和らげると同時に立ち上がってフロア内をスキャンする。
「要救助者三名確認。これより作戦を開始します。擬似竜力精製炉最大出力」
バイザーを上げた<ヴィヴィアン>の瞳と頬のラインが緑色に輝き、擬似竜力が放出される。無味無臭な竜力がフロア内に満たされていくのを感じ取ったサントソが、小銃を構えた。
「こいつ、人形か!」
「違うよ。私はヴィヴィアンだよ。まあ、どっちでもいいだろうけど」
少し不満そうな声音で答えながら、<ヴィヴィアン>もまた小銃を構えた。




