三章24 被弾
「状況は?」
新琵琶駐屯地司令室。司令室に戻ってきた佐藤一佐は、正面のモニターに映し出された画質の悪い映像に目を向けた。
「安曇野さんたちが交戦状態に突入しました。映像は、安曇野さんの視覚情報を〈ルシフェル〉で変換したものです」
暗闇の中で戦闘を行っているせいで、状況が判別しにくい。それでも何となくは見て取れるため、ぶれて乱れた映像は見ているだけで酔いそうになる。
「酷いな」
「意識がこちらに向いていないんです。〈ルシフェル〉への竜力の流れが安定しません」
夏冬副司令の言葉に、佐藤一佐は渋い顔をする。
「安曇野さんが持ったとしても、西島くんが持たんぞ。突入部隊の出撃準備は?」
「完了してます。命令があり次第、いつでも行けます」
となればあとは〈ヴィヴィアン〉の準備の問題かと佐藤が呟くと、タイミングよく通信が入る。〈ヴィヴィアン〉の出撃準備完了だ。
「これより人質救出及びテロリスト確保の作戦を開始する」
司令室から発せられた命令を受け、〈ヴィヴィアン〉を載せたヘリが駐屯地を飛び立つ。雨降る闇夜に紛れてその機影を溶かした。
新琵琶駐屯地からヘリが飛び立った頃。廃墟群では健吾と穹良が苦戦を強いられていた。
健吾が鉄パイプで戦線に復帰したノッポを、穹良が調整に慣れてきた電撃攻撃で一人を、それぞれ戦闘不能にしたが、三対二という数的に不利な状況が続いていた。
しかも三人ともそれなりの力を持った半竜らしく、サントソ以外の二人も手強かった。既に沈黙させた三人とは明らかに戦闘経験が異なるようだということは、健吾にもよく分かった。強力な竜力を有しているはずの穹良がサントソ相手に苦戦しているというのが、何よりの証拠だ。
竜力防壁を三重に展開したサントソに、穹良が電撃攻撃を叩きこむ。副産物の強力なフラッシュは目くらましには十分すぎる威力だったが、視界を確保するうえで余分な光エネルギーは竜力防壁に相殺され、光の壁の向こうから繰り出すはずだった穹良の渾身の拳は、防壁に完全に防がれた。
「接近戦をするなら、自分の防壁は解除しないといけないってのを忘れたか?」
拳を受け止めていたサントソの防壁が飽和して消失し、勢いが余った穹良の体が前方に崩れる。その腕を取り、腹に膝蹴り。局所的に展開した穹良の竜力防壁がこれを防ぐが、今度は掴んだままの腕を強引に振り、軽い体を投げ飛ばす。
「ぐは……!」
羽を展開して制動を掛ける間も、竜力防壁でダメージを相殺する間もなく手近な壁に叩きつけられた穹良が、肺から空気を押し出して壁からずり落ちる。
「大丈夫か穹良!」
倒れて動かない穹良に声を掛ける健吾の元へ、便宜上ゴリと名付けた筋骨隆々の男が巨大なコンクリート片を投げつけてくる。
「女を気に掛けている余裕がお前にあるのか!」
健吾の回避した先にコンクリート片を投げながら、ディオが叫ぶ。更に便宜名右腕からの銃撃が加わり、健吾の戦況は悪くなる一方だ。それでも窮地に陥るほど、健吾は自分の中の竜力が高まっていくのを感じる。もともと少し自信があった動体視力が向上し、右腕が撃つ小銃弾の弾道すらも見切れるようになってきている。だがいかんせん、反撃の手段が乏しかった。唯一の飛び道具のSFP9は既に弾切れしている。
銃弾を避けた先で、またもコンクリート片が襲い掛かってくる。だが今回のコンクリート片は比較的小さかった。人の頭大のコンクリート片に狙いを定め、健吾は竜力を込めて強度を増した鉄パイプを思い切り振りかぶる。
「せいやぁ!!」
鉄パイプはコンクリート片の中心にクリーンヒットし、これを粉砕。大小のつぶてが二人に向かって飛散する。
「このガキ!」
竜力防壁と自慢の肉壁でつぶてを防いだディオが、突撃を敢行してくる健吾に正拳を突き出す。健吾は首を傾けてこれを躱し、大柄なディオの懐に入り込んで鉄パイプでわき腹を殴打する。苦悶の声を漏らして体勢を崩すディオの腕を掴み、小銃を構えるルディの元へと投げつける。
形勢が逆転しつつあることに確かな手ごたえを感じながら穹良の方に目を向けると、首を掴まれた穹良がサントソに持ち上げられているところだった。
「穹良!」
呼びかけに応じず目を閉じたままの穹良を吊り下げながら、サントソは不気味な笑みを健吾に向ける。
「お前がここまで粘るとは予想外だったが、あの天使を駆る穹良がこの程度というのも予想外だった。まさかこの程度とはな。どうする? こいつが今から食われるのを見るか? それとも、先に死ぬか?」
健吾の背後で、ルディとディオが立ち上がる。小銃を構える音も聞こえた。どこが形勢逆転だ、笑わせると健吾は自嘲気味な笑みを浮かべる。
「……接近戦をするなら、自分の防壁は解除する必要があるのを忘れたか?」
首を掴まれた穹良の口が小さく動き、薄ら笑いを浮かべる。言葉と笑みの意味を理解し、サントソが首を掴む手を離そうとした時には、手遅れだった。
穹良の体の表面を紫電が爆ぜ、ゼロ距離の電撃がサントソの体を拘束し、焼く。筋肉の制御を奪われ、神経回路を荒らされたサントソは、奇声を上げながら悶え苦しむ。
「がああぁぁぁぁ!!」
言うことを聞かない筋肉を無理やり動かし、サントソは穹良を強引に振り払う。解放された穹良は羽を展開して着地したが、呼吸がままならなかったために体に力が入らず、膝を着いた。だがサントソが半ば投げ飛ばすような形で開放してくれたおかげで、拘束されているかがみの近くに位置取ることが出来た。
サントソが一時行動不能になった隙をついて、健吾はサントソを盾にするような軌道を描きながら穹良のもとへ駆け寄る。
「大丈夫か」
「……なんとかな」
荒い息を整えながら、静かな闘志の火を宿す真紅の双眸を健吾に向ける。強力な半竜であることに自負を抱いてきたはずの穹良はボロボロにされ、着衣にも綻びが生じて傷ついた肌が露わになっている。ここまで追い込まれれば、プライドが傷ついて戦意喪失してもおかしくないような状況だ。
それでも穹良は、闘志を燃やし続けている。ならまだ戦える。
「お前も、よくここまで無傷で来れたな。すごいじゃないか」
「俺も意外とやるもんだろ? さあ、かがみを助けだすぞ」
背後にいるかがみを一瞥して、健吾は穹良の肩を支えて立ち上がる。サントソはまだまともに動けないらしく、ルディとディオはサントソのカバーに回っている形だ。向こうも相当疲弊している。勝機はある。
その時ふと、かがみの傍で倒れていたデブの位置が異なっていたことに気付いた。嫌な予感を覚えて振り返ると、頭から流れ出た血で顔の半分を赤く染めたデブが、狂気に取り付かれたような笑みを浮かべていた。悪寒が健吾の背を駆け抜ける。
「危ない穹良!!」
咄嗟に穹良を押し倒すのと、デブがショットガンの銃口を健吾に向けるのはほぼ同時だった。驚きの表情を浮かべる穹良を横目に見ながら、健吾は体の向きを反転させてデブに相対する。散弾から逃れられないのなら、接近する気迫で銃口を背けさせようと思ったが、正常な思考能力を失っているデブ相手には通用しない手だった。
銃声が鳴り響き、穹良に血しぶきが降りかかる。何か大きな肉片が、穹良の頭上を舞って後方にどさりと落ちる。右方向にゆっくりと回転しながら、健吾の体が崩れ落ちた。




